⑨「精霊の森」
◆
「この森は、昔からある。ずうっと昔からある。サルーム王国が存在しなかった時代から。そしてそんな時代、この土地には我々の先祖が住んでおった。彼らは精霊と寄り添い、共存してきた。精霊を祀り讃え、逆に精霊の力を借りても来た」
ジャハムとリオンは精霊の森へ足を踏み入れ、奥へ奥へと進んでいった。
道のりは険しい。
全く人が踏み入っていないことは明らかだった。
「もう少しじゃ。なかなか大変な道のりじゃが、これもまた祈りの一つの形。祈りは言葉ではなく所作に宿る……」
まだジャハムが何を言っているのかわからなかったが、それでもリオンはジャハムの背を追う。
引き返すチャンスは多くあったが、リオンは不思議とそうしようとは思えなかった。
それはジャハムから発される妖気のような気迫に気圧されていたからかもしれない。
それに、シーラを精霊の森に埋葬するというのは良い案のように思えていたというのもある。
シーラは猫でペットであったが、家族でもあった。
少しでも良い場所で安らかに眠ってほしかった。
「もう少し、この丘の頂上じゃ。我々の先祖は特別な祈りを捧げる時、こうして苦難の道を歩んできた。これは必要なことじゃ。道中が苦難に満ちていれば、あるいは途中で心変わりをするかもしれん。それでもまだ決心が変わらなければ、その時は……」
そしてジャハムとリオンは息を荒げ、最後の坂を登り切った。
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二人がたどり着いた場所は、少し小高い丘の上で、そこからはサルームの王都を一望できた。
「良い場所ですね」
たどり着くまでに苦労したこともあり、リオンは心からそう思った。
ジャハムは「まあの」と短く答えるが、すぐに自身の言を訂正した。
「良い場所か悪い場所かはまだわからん……
「すみません、ジャハムさん。一体何のことを言っているのかわからないんですが……シーラを埋めに来たんですよね?」
やや焦れた様子でリオンがそう言うと、ジャハムは頷いた。
「そうじゃ、埋めるんじゃ。リオン、お主が自分の手で」
ジャハムの指が穴掘り道具を指さしてそう言う。手伝う気はないようだった。
──まあ、ご老体だしな
そう思いつつ、リオンは道具の柄に手を掛け、地面を掘り起こす。
「か、硬いな……まるで石を掘ってるみたいだ」
呻くように呟くリオン。
地面は土とは思えないほどに異常に硬かった。
強く叩きつければ火花でも出るんじゃないかというほどに。
思わずジャハムの方を見たリオンは、ぎょっとする。
ジャハムは真剣どころではなく、怨敵を睨みつけるかのような凄絶な気迫で地面を睨みつけていたのだ。
まるで地面の中に何か邪悪なものが潜んでいて、ジャハムがそれを威圧し、この世界に出てくるのを抑えつけているような……そんなことを考えてしまう。
とはいえ考えていても仕方がないため、リオンは必死で手を動かす。
土を掘り、掻き出す。
掻き出しては、土を掘る。
◆
リオンが穴を掘り切った時、彼は既に満身創痍といった様子で、怪我はしていないのに全身をまんべんなく打撲したような気がしていた。
正直、まともに歩けるとは思わなかったが、穴の近くにいるシーラの遺体を見ると、まだどこにそんな力が残っていたのかと思えるほどに力が湧いてきた。
シーラは所詮猫に過ぎない。
移住してきたばかりの二人を直接的に助けることはできない。
それどころか世話の手間もかかるし、いってしまえば足手まといですらあった。
しかし、シーラの存在は二人を目に見えない部分で支えてくれたのも事実だった。
──夜、布団に入ってきてくれたっけな。シーラが完全に眠った時はすぐに分かった。彼女はとても暖かくなるから
冷え込んだ夜、クラウディアと抱き合い体温を分け合って眠っても、心細さは拭えなかった。
異国の地で二人ぼっち、頼る相手もいない。
近所の人たちは二人に優しく接してくれたが、他人は他人なのだ。
そんな中、シーラという小さく暖かい命が寄り添ってくれることで、夜闇の冷たさが少しだけ紛れた気がした。
リオンはシーラを抱えると、ゆっくりと穴の底へ横たえる。
そして最後の別れを告げ、土を被せていった。
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