【連載】シノビ×ファミリー ~現代のリアル忍者家系の長男に生まれた俺、鍛え抜いたリアル忍術でこの世に蔓延る悪を誅殺する~
岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう)
第1話 現代の忍者たち
「お願いします! 助けてください!」
狭い個室に青年の悲鳴が響く。
冷たいコンクリート製の床と灰色の壁、天井には蛍光灯が二本だけ点っている。
青年は茶髪の長髪が乱れた、二十代前半の男だった。
高級スーツは刃物で切り裂かれ、彼の身体はロープで縛られ身動きが取れない。
彼を見下ろすのは三人の男たち。
傷のある小柄な男・江崎、プロレスラーのような恭介、スキンヘッドの数馬だ。
三人ともヤクザである。
そして全員、漆黒のスーツに金色のバッジをつけていた。
「てめえ、ふざけんなよ」と江崎が青年を踏みつける。
スキンヘッドの数馬が「処分はまだっすか?」と尋ねると、江崎は「親から金を引き出してる最中だ。
組長の娘に手を出したこいつには落とし前をつけさせる」と応じる。
江崎は数馬に「上に行って結果を確認しろ」と命じ、数馬は部屋を出ていった。
しかし、時間が経っても戻らない。
異変を感じた江崎は恭介に様子を見に行かせた。
恭介が扉を開けた瞬間、通路から彼の怒声が響き、喉にナイフを突き刺され絶命する。
「恭介!」
江崎は銃を構え、扉の影に隠れる。
目の前には漆黒のナイフが突き刺さった恭介の姿があった。
冷静を装いつつも心臓の鼓動は速まる。
敵の正体を想像するが、確証はない。
江崎は静寂の中、じっと敵の動きを待ち構えた。
「ヤクザのくせに神経質なんだよ」
江崎はビクッと身体を硬直させた。
いきなり声が聞こえてきたからだ。
すかさず江崎は拳銃を懐から抜くと、声が聞こえてきたほうに向けた。
聞こえてきたのは右側の壁である。
瞬間、江崎は信じられないものを目にした。
コンクリート製の壁には黒ずくめの男の上半身だけが見えていた。
江崎の思考が一瞬だけ停止した。
それだけではない。
あまりにも現実味がない光景を目にした江崎は、目の前の不思議な現象を理解しようとすることに思考が支配され、拳銃のトリガーを引くことを忘れてしまった。
一方、黒ずくめの男は壁から完全にすり抜けてくると、呆然としていた江崎のベレッタを回し蹴りで蹴り落とした。
江崎の顔が苦痛に歪んだ。
黒ずくめの男が放った電光のような回し蹴りは、江崎の手首の骨も見事に蹴り折っていた。
しかしそれがかえって江崎の思考を復活させた。
手首に走る凄まじい痛みに顔を歪ませながらも、江崎は無傷な左手をズボンのポケットに突っ込んだ。
隠していたナイフを取り出そうとしたのだ。
「遅いッ!」
黒ずくめの男は江崎の行動を読んでいた。
江崎がポケットの中に隠していたナイフの柄を握った瞬間には、黒ずくめの男が放った裏拳が江崎の顎を掠めるように打ち抜いていた。
半目開きになった口から汚らしく涎を垂らしながら江崎は床に倒れた。
大の字に仰向けになり、朦朧としながらも襲撃者を見上げた。
江崎を見下ろしていた黒ずくめの男は大きく呼気を吐くと、顔に被せていたヘッドマスクをおもむろに脱いだ。
その瞬間、江崎は薄れていく意識の中で襲撃者の顔を見た。
薄っすらと紅潮した肌に汗を滲ませていた襲撃者は、まだ年端もいかない少年であった。
「遅すぎるぞ。あんな奴らを制圧するのに何分費やした」
仕事が終わった早々、父親にかけられた第一声がそれだった。
「仕事の内容は制圧じゃなくて救出だろ?」
「同じことだ。ああいう手合いの人間たちを相手にする場合は徹底的に無力化する必要がある。一人一人の実力がない分、奴らは数で補おうとするからだ。甘く考えているとそのうち痛い目に遭うぞ、涼一」
ライトバンのバックドアを開けながら、四十代後半と思われる壮年の男は向かいに立っていた
涼一を一喝したのは、父である
やや七・三に分けた髪型に黒縁眼鏡をかけており、顔だけを見るとどこかの会社の課長クラスの人間かと思ってしまうが、身体には上下とも漆黒のシャツとズボンを着用し、その上からポーチつきのベストを羽織っていた。
まるでどこかの国の特殊部隊風の格好である。
一喝された涼一は「わかったよ」と軽く聞き流しながら、肩に担いでいたホスト風の青年をライトバンに放り込んだ。
青年は気絶しており、荷物のように扱われても何の不満も漏らさなかった。
涼一はつい今しがた、山川組系の指定暴力団・白樺組から皆川真一郎というこの青年を救出したばかりであった。
何でもこの皆川という青年は親が大企業の社長だからと散々息巻いた挙句、遊びが過ぎてヤクザの女に手を出した。
それも運が悪いことに手を出した女は白樺組組長の一人娘であり、今日の夕方に皆川は他の女性を飲み屋で口説いている最中に殺気立った組員に拉致されたという。
馬鹿な男だ。
涼一は内心、皆川を罵倒していた。
親の権力を自分の快楽のために利用した結果、踏み込んではいけない領域に足を踏み入れたのだ。
普通ならばそれ相応の落とし前をつけられて当然だろう……普通ならばだ。
「見たところ顔の傷や腹部に残っている打撲は軽いものだ。依頼内容には生きて救出とだけあったから報酬が破棄されることはないだろう」
父親の正義が青年を見ながらそう呟くと、涼一はバックドアを思いっきり強く閉めた。
「どうした? 何を苛立っている?」
正義の問いに涼一は鋭い眼光で返した。
今にも食ってかかりそうな雰囲気である。
「こんな奴を助けるために三人殺した。いくら相手がヤクザだからって良心は痛む」
「仕事だ」
「そんなことはわかってる!」
涼一はライトバンの後部に蹴りを入れた。
六人乗りのライトバンが地震に見舞われたように激しく揺れる。
その行動を見て正義は呆れるように溜息をついた。
「いちいち仕事のたびに良心の呵責に悩まされるな。すべては仕事だ。そう完璧に割り切れ。それも修行のうちだ」
吐き捨てるように言った正義は、足元に置いてあったスポーツバックを拾うと、怒りを必死に抑えている涼一に投げ渡した。
涼一は焦ることなく両手で受け取る。
「何だよ」
自分の着替えが入っているスポーツバックを渡された涼一は、自分一人だけ運転席に乗り込もうとする正義に冷ややかな視線を送った。
運転席のドアを開けた正義は、半ば呆然としている涼一に人差し指を突きつけた。
「少し頭を冷やしてから帰ってこい。それと着替えるのも忘れるな」
涼一は顔を下に落として自分の着ている服装に注目した。
正義とまったく同じ服装をしていたが、所々に血痕が付着していた。
ヤクザの組事務所に単独で乗り込んだ際に浴びた相手の返り血である。
いくらシャツやズボン、羽織っていたベストの色が目立たない漆黒だったとしても、光が当たる場所で誰かに見られれば一発で血だとわかるだろう。
正義は運転席に乗り込むと、涼一を一人置いてライトバンを発進させた。
それを黙って見送った涼一は周囲を一望した。
二人がいた場所は十台ほどの車を駐車できるこぢんまりとした駐車場であった。
だが一台も車は駐車されていなかった。
あまり目立たない場所に作られているので利用者が少ないというのも理由の一つだった。
だが、それとは別にこの駐車場の所有者には仕事の際にこの駐車場を隠れ蓑にする話をつけている。
涼一はとりあえず着替えることに決めた。
この駐車場は四方をコンクリートの壁で囲われ、入り口が狭まって作られている。
そのため、端に行けば外の道路から死角になるスペースが何箇所かあった。
そこまでスポーツバックを持って歩いていくと、涼一はポーチつきのベストを脱ぎ捨てた。
そして上半身のシャツや下半身のズボンも脱ぐと、タンクトップとボクサーブリーフ一枚という姿になった。
夜空から降り注ぐ淡い燐光が涼一の肉体を青白く照らし出す。
常に体重を六十キロに維持することを心掛けていた涼一は、かつ日頃から厳しい鍛錬を己に課しているたせいで綺麗な逆三角形の肉体をしていた。
胸板は厚く、腕の筋肉も盛り上がり、タンクトップで傍からは見えないが腹筋も六枚に割れている。
背中の僧帽筋も見事に発達していることから、片手で懸垂することなど造作もないだろう。
徹底的に機能美を追求したような肉体の持ち主であった。
スポーツバックからタオルと携帯用の手鏡を取り出した涼一は、まず手鏡で自分の顔を確認した。
男にしては細い眉にすらっと伸びた鼻梁、引き締まった唇や頬が手鏡に反射して映っていた。
「嫌な顔だな」
呟くなり涼一は自分の顔をタオルで激しく拭いた。
汗や血痕は付着していなかったが、涼一は仕事のあとになると鬼のような形相に変貌していることが多い。
過酷な仕事のときはいつもそうだった。
特に人を殺したときなどは……
タオルで激しく拭いたのは、鬼のような顔を普段の屈託のない顔に戻す作業だと涼一自身は自覚している。
一分ほど拭き続けたあと、手鏡でもう一度自分の顔を確認した。
時間が経って気分も落ち着いてきたせいか、手鏡の中に映っていた顔は何気ない日常を過ごす雑賀涼一という十七歳の顔であった。
最後にくしゃくしゃになっていた黒髪を手櫛で撫でつける。
「さっさと帰るか」
普段の顔つきに戻ったことを確認すると、あとは服を着て帰宅するだけであった。
スポーツバックの中に手を突っ込みTシャツとジーンズを取り出す。
それらをさっと着ると、最後に黒い皮製のジャンパーを羽織った。
十一月も半ばを過ぎたせいか最近ひどく肌寒くなってきた。
こんな日はさっさと帰って熱い風呂に浸かり、熱が冷めないうちに布団に潜り込みたい。
仕事着であるシャツやズボン、ポーチつきのベストを無造作にスポーツバックに詰め込むと、はめていた手袋も外してバッグの奥に押し込んだ。
涼一は帰り支度を終えると、ジーンズのポケットからスマホを取り出した。
切っていた電源を入れ、液晶画面に表示されている時刻を見る。
現在の時刻は十一時七分。
予定していた終了時間よりも二十三分も早く終わった。
これならば帰ってから口うるさい祖父に小言を言われることもないだろう。
涼一はスポーツバックを携えると、外の道路に顔を出して人気がないか確認した。
人間どころか野良猫一匹通っていない。
「誰もいないな」
安堵の息を漏らした涼一は、そのまま道路に躍り出た。
ここから自宅まで軽く十キロは離れていたが、涼一にとっては散歩するような距離である。
アスファルトの道路を照らしている街灯の明かりを頭上に受けながら、涼一は悠々と自宅の方角に向かって歩き出した。
その後、涼一は目撃する。
いたいけな少女に群がる、下卑たクズな人間たちの姿を――。
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最終話まで書き上げてありますので、絶対にエタりません。
よろしくお願いいたしますm(__)m
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