第2話

「姉ちゃん、さ……離婚したんだよ」

「え……い、いつ?」

「最近、かな……数年前から喧嘩ばかりになったんだけど、あの人が不倫し始めた事でついに離婚したんだ。そしてあの人は不倫相手と一緒になるために姉ちゃんの前から去っていったよ」

「そうだったんだ……」



 夕希さんの恋人は結構爽やかな人で、俺としても好感を持っていたからこの人なら仕方ないと思っていた。けれど、夕希さんを裏切ってそんな事をしていたなんて許せない。今度会ったら殴ってやる。



「姉ちゃん、離婚してから無気力になってさ。仕事も辞めちゃって毎日ボーッとして過ごしてるんだ。あんなパワフルだったのに今ではまるで別人みたいだ」

「なんか想像出来ないな、それ」

「母さんも話はするんだけど、父さんがもうカンカンでな。結婚は今後二度とさせたくないって言うくらいになったんだ。もっとも、姉ちゃんもする気にはならないと思うけど」

「まあそんな事があったらな」

「まあ、一番傷ついたのは中々子供が出来ない事で言われた暴言だろうけどさ」

「……どんなのだ?」



 聞くのは怖かったけれど、俺は唾をゴクリと飲み込んでから聞いた。



「こんなの人間とシてる気がしない。これなら一人の方がマシだ。そう言われたんだってさ」

「なんだよそれ……!」



 まるで自分には非がないかのような言い分に俺はテーブルを叩きそうになった。けれど、ここは自分の家じゃない。だから、それをグッと堪えて拳を握るだけに止めた。



「アイツ……!」

「それで、さ。お前に頼みがあるんだよ。お前にしか出来ない頼みがさ」

「なんだ? 夕希さんについての頼みか?」

「流石は親友。察しが良くて助かるよ」



 泰希は笑みを浮かべた後、スウッと息を吸ってから真剣な顔になった。



「ウチの姉ちゃんと付き合って欲しいんだ」

「……え? つ、付き合う?」

「交際……とまではいかないけど、たまに出掛けたり愚痴を聞いたりしてあげてほしいんだよ。姉ちゃん、お前の事を本当に気に入ってたから、お前が色々付き合ったらきっと喜ぶはずだ」

「そ、そう言われても……」

「一応、この件は父さん達にも相談はした。母さんも乗り気だったし、父さんもお前なら姉ちゃんに近づくのは許すと言ってくれた。だから、頼む。この通りだ」



 泰希は頭を下げた。こんなに真剣な親友の姿を見るのは恐らく初めてだ。それだけ夕希さんの事を考えているわけであり、俺にこの件を飲んでほしいのだろう。


 俺としても夕希さんの事をどうにかしてあげたいのは事実だ。俺みたいな子供じゃ力不足だと思うけど、泰希達が乗り気なら力を貸したい。



「……わかった。やってみるよ」

「ほんとか!? よかった……姉ちゃんに惚れてたお前に頼むのはその気持ちを利用するようで気が引けてたんだけど、頼んでみてよかったよ」

「……やっぱりバレてたか」

「お前、俺目当てよりも姉ちゃん目当てな感じだったしな。親友として少し妬いてたんだぞ、このこの~」

「止めろって」



 泰希はからかうような顔をしていたけど、とても安心したような雰囲気を漂わせていた。やっぱり緊張はしていたんだろうし、合流した時の暗い顔も断られたらどうしようという気持ちが表に出ていたんだと思う。



「よし、そうと決まれば姉ちゃんもここに呼ぶか!」

「ああ! え……ええ!?」

「姉ちゃんへ、ファミレスまで来て……と」

「おい、おいって!」

「はい、送信ー!」

「早いな!? というか、来てくれるのか!?」

「来るさ。お前がいるって伝えてるからな」



 泰希は自信満々に答える。まあ、俺の事を気に入ってくれていたそうだから、もしかしたら本当に来てくれるかもしれない。そんな期待をしながら待つ事十数分、俺達のテーブルの近くに一人の人物が立った。



「お待たせ、二人とも」

「おう、姉ちゃん」

「夕希……さん……」



 そこには少しやつれながらも記憶の中の姿よりも少し大人の色香を増した夕希さんがいた。

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