第6話 おまけ かわいいもの

「船、船がいっぱいあるよ! でっかいよ!」


 港ではしゃいでいるのは先日妻になったクレア殿である。

 妻。である。

 三男と生まれたからには、自力で稼いで生涯独身もやむなし、と思っていた数年前から比べるとあり得ない奇跡である。

 それも自分の趣味を理解してもらえて、良いと褒めてくれるような人とである。


 その幸運を噛みしめながら、港の奥まで歩く。 

 海というより港までやってきたのは俺の事情だ。地元でもお披露目が必要ということになり、久しぶりに故郷に帰ってきた。町の様子は変わらずにいるようで少しずつ違う。ちょっと散歩と出るところに一緒に行くとついてきた。長旅で疲れていそうで休んでいてほしかったのだが、育った街を見たいと言われれば断れなかった。


「青い旗の船がいくつかあるでしょう」


「あー、五隻くらいあるね」


「実家の船です」


「は?」


 ぽかんとして見返してきたのがちょっとかわいい。

 家業は海運会社で歴史は古い。武装商船団などと名乗っていた過去があるため、今も海賊と呼ばれることもある。


「今は航行に出てるみたいですが、大小二〇隻ほど所有しています。

 商才がないみたいでうちが直で仕入れるのではなく、護衛とついでに積み荷を請け負う形ですね」


「そこまで大きいって聞いてないよ!」


「出ていく身の上ですし、俺が継ぐわけでもありません」


 船を任せたいと言われたこともあったが断った。人を率いる立場になるのはどうにも性に合わなかったからだ。

 威圧感があるという理由で騎士団に誘われたのも都合はよかった。

 ただ、思ったよりも人に避けられるようになるとは思っていなかったが。


「乗りたい。ちょっと乗らせて」


「……え」


「波しぶきと揺れる帆、煌めく海洋へいざゆかん!」


「どこに冒険に行くつもりですか」


 少し有名な児童書の一説だ。色々な地で冒険して、ひどい目にあったりお宝を見つけたりする話だ。


「行かないよ。これは叔父の口癖。あ、今度帰ってきたときに紹介するね。

 で、ちょっと乗りたい」


「船員に聞いてみます」


 僕は兄弟の真ん中でね。自由が過ぎる兄と弟に挟まれ、しっかりしなきゃと思ったら領主になっていた。と彼女の父が言っていた。

 もしや、その叔父というのは。実際のところは本人に会ったときでも聞いてみよう。


 近くの船の船員にすぐに出航しない船を確認し、クレア殿を案内する。ずっと昔は女性厳禁という不文律もあったが、今はない。そうはいっても気にするものもいるにはいる。

 断れないように相手を選び、古くからいる船員に声をかけたのが間違いだった。


「坊ちゃんの奥さん! なんと!」


「……坊ちゃん」


「恥ずかしいからやめてほしいとは言ってるんだけどね」


 ふふっと笑う彼女は楽しそうだったが、こちらは恥ずかしい。いつまでも子供扱いされているようで。

 その話はとりあえず置いて、船に乗り込む。航行はせず乗るだけだったが彼女は楽しそうにしている。


「いいところだね」


 そうクレア殿に言われて、どう返せばいいのか少し迷った。

 ここにいたころは息苦しい気がしていた。好ましいものを選ぶこともできず、望まれるように振る舞うことが正解だとわかっていたから。

 それは王都に行っても変わらなかった。あの裁縫室は最後の砦のようなものだった。


 海へ視線を向ける。


 揺れる波のきらめき。

 船につく帆の揺らめき。

 海の匂いのなつかしさがある。


「そうですね」


 ようやく、そう故郷を思える気がした。

 あの窮屈さから連れ出してくれた頼もしくも愛しい手があったから。


「あなたが、俺を選んでくれてよかった」


「そ、そういうことをしれっというところが、ほんともう……」


「嫌ですか」


「好きなのでもっと要求したい」


 赤くなりながらもそういう彼女が可愛すぎて誰にも見せたくない。

 都合よく体が大きいのだから隠すように覆ってしまえばいい。


 もう少し小さく生まれたくはあったが、今は役に立つのだからいいかと思えた。

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