探偵、オリエント急行に迷い込む。

沼津平成@空想≒執筆

プロローグ 探偵、再会する。

 下田優人しもだまさひと、二十歳。キャップに彫られし赤くM.Sの文字。

 就職ずみ。仕事は探偵だ。シリーズ三作目に三作目にして一つ歳を取った。

 この前の事件で、鑑識の役割を果たした助手は、もう一人前だ。

 今日の依頼は、低価格のゴミ拾い、以上だ。ひどい仕事だ。

 落ち葉集めをする家は、洋館である。大富豪ムッシュ夫人が、家の主だ。


「ムッシュ氏の家は、どこですか?」と優人は付添のBMWの運転手に聞いた。浪執事のような顔立ちをした彼は不審そうな顔で答えた。


「高架下をくぐると現れるあの大通りのパン屋・ベグの奥の路地裏だ。——けれど、それが何か?」


「いや、いいんだ」


 という優人の答えに、付添の運転手は「やっぱり、こいつと関わらないほうがいいらしい」と判断したのか、急いで車を飛ばして駅の方へ行ってしまった。

 付添の運転手は知っていた。ムッシュ夫人は二時間前、この洋館で惨めな姿で殺されていたということを。


                  *


 下田は一刻も帰りたい衝動に駆られた。落ち葉を拾い集めてゴミへ出してくるという往復を、多分五つくらい終えると、箒をほっぽり出して、逃げるように駅へ走った。

 駅で下田は、見覚えのある女に出会った。女と目が合った。暗い顔だった。

 職業柄、話しかけてみたくなった。


「あ……失礼します。どこかで見たことがあるようですが」


「あら、そうですか。私もそんな気がします。何かの縁でしょうか。差し支えなければ、お名前を……?」


「下田優人といいます」


 女の顔がぱっと晴れた。「あっ、下田さん!」


 その笑顔には見覚えがあった。いよいよ下田は女の名前を思い出した。「阿笠紅莉栖あがさくりすさんですか!」

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