母の無茶ぶり!
崔 梨遙(再)
1話完結:1700字
僕が小学4年生の頃、姉が見ていたドラマの影響で、ドラマの原作の文庫本を買ってきて読もうとした。SF小説や推理小説だった。
ところが、母に本を没収された。
「こういう本が読みたかったら、先にたしなみとして文学全集を読みなさい。文学全集を読み終わってからなら、SF小説や推理小説を読んでもええから」
「家にある文学全集?」
「日本文学全集だけとちゃうで、世界文学全集も読まなアカンで」
僕は、小学4年生の時に日本文学全集を読破し、小学5年生の時に世界文学全集を読破した。それで、ようやく小学6年生から読みたかったSF小説や推理小説を読ませてもらえるようになった。僕は、小説ばかり読む文学少年に育っていった。友人と外で遊ぶより、本を読んでいる方が楽しかった。小遣いはほとんど本に使った。
そして、僕は自分で小説を書くようになった。勿論、SFや推理。誰に見せるわけでもなく、プロ作家の作風を必死で真似て書いた。ただの自己満足だったが、小学6年生の夏休みの自由研究で、原稿用紙100枚ほどの推理小説を提出したら好評だった。まあ、“小学生にしては、よく頑張った”ということだろう。
意外に、母の本の好みと僕の好みは違っていた。僕が感動した小説には、母はあまり感動せず、母が感動した小説では、僕は感動しなかった。そして、僕に文学全集を読めと言った母自身は文学全集を読破していなかった。一通り読んではいたが、冒頭から気に入らない作品は読んでいなかった。だから、同じ作家の作品ばかり読んでいて、読んだ本に偏りがあった。僕には好き嫌いを問わず全部読ませたのに。
という不服はあったが、僕は優雅な読書ライフを楽しんだ。母が何を読んでいて、何を読んでいなくても、僕には関係無い。僕は、自分が読みたいものを読めればそれで良かったのだ。SFと推理にははまった。今では懐かしい先生様方の作品ばかりだった。きっと、皆様も“懐かしいなぁ”と思われることだろう。
そんな僕に、或る日、突然、母が僕に言った。
「SFや推理じゃなくて、一度、文学を書いてよ、私が読むから」
「はあ?」
日本文学というと、私生活を描くことが多いイメージだった。小学6年生に、そんなもの書けるわけがない。17歳でデビューした人はいるが、それでも17歳だ。12歳とは大違いだ。僕は、聞かなかったことにした。聞き流せば、もう母は言わないだろう。軽く考えていた。
と思ったら、母はなかなかしつこかった。
「まだ?」
「まだ?」
と、催促してくる。そこで、“あ、お袋は本気だったんだ”と気付いた。仕方ない。お袋を黙らせるために何か書くことしした。書けるとしたら、家庭内のことだ。僕は兄姉と母親が違ったので、ギスギスした家庭だった。文学として書くならそのくらいだ。だが、腹違い云々に関しては書きたくなかった。書いてはいけないと思った。後、強いて言えば、裕福じゃない家庭だったので貧乏話くらいか? そんなの書きたくない。書く前に憂鬱になる。
だが、裕福ではないので、どこかに連れて行ってもらえることも少ない。何を書けば良いのだ? 私小説、私小説、私小説……。どう考えてもネタが無い。ネタが無ければどうしようもないではないか。
僕は、先日病院に行った時の老婆達のやり取りが少しおもしろかったので、静かな私小説として書いた。タイトルはおぼえている、『病院にて』だったはずだ。
母に渡したら、喜んで読み始め、読み終わったら激怒された。
「こんなの文学じゃない!」
「うん、違うで。経験も無いのに何を書けって言うてるねん? 書かせたければ、どこかに連れて行ってくれや。それとも、腹違いの兄姉のことでも書こうか? 貧乏自慢でも書いたらええんか? 多分、書かない方が良いような気がするで。ネタも与えずに書けって言うのは無理やで」
翌朝、目が覚めるまで、母の機嫌は悪かった。でも、この件に関しては母が悪いと思う。書かせたければ、ネタを用意してくれ!
母の無茶ぶり! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます