ディスティニーブレイカーズ
イータ・タウリ
第一章 ディスティニーピーク
第1話 登頂への道
本日、新たな冒険の地『ゼニスエリア』が開放された。
ゼニスエリアは、エリュシウム世界の北側、『北峰壁』と呼ばれる場所に位置している。
エリア開放と同時に、この地域を封じていた結界が解かれ、未踏の魔の森『シャドウフォレスト』への侵入が可能となった。
シャドウフォレストを抜けると、その先にエリュシウム最高峰、標高1万メートルの霊山『ディスティニーピーク』が聳え立つ。
さらにその麓を越え、いくつかの関門を通ると、機械獣の巣窟『サイバネティック城塞』に到達する。
より挑戦的なモンスターとの戦いを求めるエリュシウムの猛者たちは、この城塞に果敢に挑み続けることだろう。
少なくとも1万人のプレイヤーがシャドウフォレストに集結し、数ヶ月にわたってモンスターとの激闘を繰り広げることになるはずだ。
だが、僕の目指すところは違う。
僕の目標は霊山ディスティニーピークの登頂だ。
◆◇◆
エリア開放当日午前4時
セレス(僕)とフローラは、強い吹雪の真夜中にこの山を登ってきた。
フェアウェイと呼ばれる秘密の狭路を通ってシャドウフォレストを抜けてきたのだが、その名とは裏腹に道のりは紆余曲折し、予想以上に時間を要してしまった。
頭上に浮かぶ明るく光る球体が、二人の周囲だけを照らしている。
ここは標高一万メートルの霊山、ディスティニーピークの五合目だ。
標高5000メートルの地点では空気が薄く、酸素マスクが必須だ。深夜の低温と相まって、生身の人間なら凍死するほどの過酷な環境だ。
一方、
VRゴーグルを装着し、両手にモーションコントローラを握りしめている。
右手の
モンスターに遭遇すれば両コントローラーを振り回して戦うのだが、そんな事態には至らず、ただ黙々と進んでいた。
「セレス、もう計画通りにいってないわ。予定以上に酸素が消費されている!」
追従するフローラが前方の僕を呼び止めた。
「わかってるよ、フローラ。こうなったらプランBにしよう!」
と言い返したものの、内心穏やかじゃない。
「テントを捨てて荷物を軽くすれば、酸素消費量が減る。それで、一気に頂上まで登り切るんだ」
「それはやらないって言ったじゃない! ディスティニーピークを強硬手段で登るのは無理よ!」
と、フローラは強風に耐えながら言った。
「いやこれはチャンスなんだ! 準備万端で出発して、誰よりも早くこのエリアに突入できた。真っ先に頂上に到達すれば、ディスティニーブレイカーがもらえる! 念願のプラチナ称号だよ!」
そう言って、僕は前進した。
「待って! もう4時よ。五合目まで来たんだから、この辺りでキャンプを……」
フローラは僕を追いかけたが、僕はすぐに立ち止まった。
「えぇ……マジかよ……出発は僕らが先だったのに」
眼前の山肌にある台地に、見覚えのあるドーム状の建造物があった。
「疾風旅団のシェルターじゃない!? いつの間にあんなところに!」
フローラも驚きの声を上げた。
「シャドウフォレストを突破してきたのか!? あそこにはボスクラスのモンスターもいるはずなのに……」
「さすが疾風旅団ね。瞬く間に進んで、あっという間に拠点を築く……」
「とにかく、様子を見に行こう」
僕らはシェルターへと足を進めた。
◆◇◆
シェルターはテントのようなものではなく、堅牢な建物だった。疾風旅団所属の建築士のスキルによるものだろう。
オートドアの鍵のステータスには『パブリック』と表示されていた。誰でも入れるということだ。さすが疾風旅団らしい。
僕は意を決して中に入った。内部は外界から遮断され、暖かく、酸素マスクを外しても問題なかった。
共に防寒着を脱いだ。セレスはシルバーのデジタル迷彩ジャンプスーツ姿に、フローラは白地にピンクのラインが入ったスキーウェア風の格好だ。
ドアの内側にはもう一つ扉があり、それを開けて奥へと進んだ。
中はバスケットコートほどの広さのドーム状の部屋になっていて、中央には十人ほどの疾風旅団団員が円形に並べられたベンチに座っていた。
全員がグレーの制服にエンジ色のマントを身にまとっている。
「大丈夫?」
フローラが心配そうに僕を見た。
団員の中央に立つ赤いロングヘアが目を引くテラニアンの女性が、他の団員と会話していた。
テラニアンとは一般人類のことで、セレスもテラニアン(男性)だ。一方、フローラはエルフを模した人種、エルダーン(女性)である。
団員に指示をする彼女が疾風旅団の副団長ジュノーだ。その居高な態度はちょっとキツイものがある。
「大丈夫、知っている人がいる。でもあの人は苦手だなぁ」
そう言いながら、僕は団員たちの方へ歩み寄る。
メニューを開き、表情リストから陽気な表情を選んでセレスに適用する。
そして、ボイスチェンジャーをオンにし、セレス用の快活で男らしい声質に切り替えた。
「やあ、みんな! お邪魔するよ。久しぶりだな、ジュノー」
ボイスチェンジャーは声質だけでなく話し方まで変換できる。一人称の『僕』が『俺』に変わるほど高性能だ。
ジュノーが驚きの表情で振り向いて答えた。
「あら、もしかしてセレス? 久しぶりね! 西アリア侵攻作戦以来かしら?」
「あの時は悪かった。早々に離脱してしまって……」
「気にしてないわ。生き残ることが最優先よ」
そう言って、ジュノーは団員にセレスを紹介した。
「みんな、注目! こちらがエリュシウム随一の腰抜け、セレスよ!」
場は笑いに包まれた。
すかさずフローラが真剣な表情で抗議する。
「ちょっと、何てことを! セレスはそんな人じゃないわ!」
ジュノーは挑発するように続けた。
「このシェルターに足を踏み入れたということは、あなたたちの計画が狂ったってことでしょう?」
「なんですって!?」
フローラは怒りを隠せずにいた。
「まあまあ、フローラ。怒らなくてもいいだろ? ここは俺たちが間借りさせてもらうんだから」
と、僕は間に入ってフローラを落ち着かせようとした。
フローラは拗ねたような表情を浮かべる。
ジュノーに尋ねた。
「もちろんお前たちも山頂を目指しているんだよな? アタッカーは出したのか?」
その問いにジュノーは首を振った。
「まさか! こんな低い地点からアタックするわけないでしょ? 今日はもう終わり。ログアウトの準備中だったのよ」
するとフローラが自分のピンクのボブヘアをかき上げながら言った。
「あら? 偉そうに言って、あなたたちも計画通りに行ってないじゃない」
僕はセレスに呆れた表情を当てはめた。ここで喧嘩しても仕方ないのに。
◆◇◆
「じゃあ、ここは間借りさせてもらうな。俺たちもログアウトの準備とやらをやるんで……」
と、僕は言いながら話を切り上げ、フローラの肩を押してシェルターの壁際へ向かわせた。
「私たちの邪魔をしなければ、好きに使っていいわ」
と、ジュノーは笑顔で言った。
「グラビティ団長によろしく伝えてくれ」
と言いながら、僕はミギコンを振ってセレスの手をひらひらさせた。
「自分で言いなさいよ」
ジュノーはそう返して、僕たちを見送った。
彼女はベンチに腰を下ろすと、隣に座る細面で長耳のエルダーン男に向かって囁いた。
「どう? あなたの鑑定眼の結果は?」
呼ばれた男は人差し指をこめかみに当てながら言う。
「ゲーム開始当初からのキャラにしてはレベルが低いですね。ステータスは防御寄り、盗賊系のスキルなし。無害な奴ですね……」
ジュノーはため息をついた。
「つまり、相変わらずの役立たずってことね」
おいおい、狭いドームなんだからオープンチャットは丸聞こえだぞ。それともわざとか?
「低レベルの称号をたくさん持っていますね。ブレイブデスマッチのプレイヤーでしょう。あのゲームは称号が重要ですから」
「この山にモンスターがいないから、簡単に称号が取れると思ったのね……」
と、ジュノーは呆れた表情を浮かべた。
「いえ、ロダン山など、いくつかの登頂制覇の称号があります。一応、登山の練習はしてきたようですね。ご苦労なことです」
と付け加え、彼は皮肉な笑みを浮かべた。
「あのエルダーンの娘はどうなの? セレスとカップルプレイヤーだと思うけど……すごくかわいい娘ね。外見だけは」
ジュノーはフローラの鮮やかなピンクのボブヘアから突き出た長い耳を見ながら言う。長耳はエルダーンの特徴だ。
彼はジュノーを見つめて尋ねた。
「あの娘とは初対面ですか?」
「ええ、初めてよ。嫌われちゃったみたいだけど」
「気づきませんでしたか? 彼女はエーテルです」
「え?」
ジュノーはポカンとした表情を浮かべた。
「うそでしょ!? エーテルはあんな話し方しないわ。エーテルはただのバーチャルAIよ。あそこまで人間らしく振る舞えるなんて、信じられないわ!」
ジュノーは首を激しく振り、まるで幽霊でも見たかのような反応を示した。
メタバースでは、アバターに表情をつける方法が2つある。
一つは僕のように、メニューから表情を選択する方法だ。
もう一つは、VRゴーグルに搭載されたフェイスキャプチャーで、プレイヤーの表情をリアルタイムに反映させる方法で、こちらの方が一般的だ。
つまり、ジュノーのあの表情はプレイヤー自身のリアルな反応なのだ。そんな表情を見るのは実に愉快だ。
フローラも苦々しく微笑んでいる。
「まったく、あの人たちったら……」
と、彼女は仲間内だけに聞こえるパーティチャットで呟いた。
「まあ、悪い人たちじゃないから。値踏みされるのも僕の身から出た錆だし」
僕はもう元の声で話した。
「とにかく、もう4時過ぎよ。今日はもうこんなゲームはやめて、寝た方がいいわ」
と、フローラは頭を振って忠告する。
「こんなゲームって、エーテルがそんなことを言うのかい?」
と言いいながら、僕はメニューを開いて
ここでステータスを回復させれば酸素の問題も軽減できる。夜明け前に出発して一気に山頂を目指し、登頂したらその場でテントを使ってログアウトすればいい。
不眠不休になって仕事には遅刻してしまうけど、構わない……
すると、フローラが僕の目の前に来て言った。
「私はエーテル。
僕はギクリとした。
基本的にエーテルはプレイヤーの本名を呼ばない。知りもしない。だがフローラは、その常識を軽々と超えてくる。
一体何を考えているんだ?
「待ってくれ、フローラ。これは絶好のチャンスなんだ」
僕は彼女を説得しようと試みた。
「疾風旅団が待機している今こそ、奴らを出し抜けるチャンスなんだ」
「だめ。あなた、疲れているでしょう? おやすみなさい」
彼女は手を伸ばし、セレスの額に優しく触れた。
その瞬間、フローラの動きが凍りついた。シェルターの外から聞こえていた吹雪の音も消え失せた。すべてがその一瞬で停止し、そして暗転した。
◆◇◆
目の前にローディングサインが浮かび上がり、それが消えると同時に、華やかなテーマ音楽が鳴り響いた。
『エリュシウムフロンティアス』
そのゲームタイトルが視界を埋め尽くした瞬間、僕は現実に引き戻された。
「え!? 強制ログアウト? まったく、アイツは……」
しばらく呆然とした後、ミギコンを操作してゲーム映像を消し、被っているVRゴーグルの表示を外部カメラに切り替えた。
すると、目の前の光景が見慣れたいつもの部屋に戻った。部屋のそこかしこに広告が合成されているが、深夜だけに控えめだ。
ミギコンとヒダコンを机の上に置き、ドリンクホルダーにあるストロー付きの常温缶ビールを手に取る。残りを一気に飲み干し、ストローごと缶を握りつぶしてゴミ箱に放り込んだ。
疲れているのはフローラの言う通りだ。もう寝るべきだろう。仮眠くらいしか取れないけれど……
冷静に考えれば、あのまま出発するのは無理だったろう。疾風旅団が動けないような悪天候で何ができただろうか?
僕はVRゴーグルを装着したまま立ち上がり、歯を磨きに台所へと向かった。
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