第3話 元聖女の雑貨屋、平原の怪死事件に挑む
見渡す限りの大草原。
王国近くにあるこの平野部には青々とした短い草が一面に広がり続けている。
なだらかで見通しが良く行商人が頻繁に行き来する商業街道が北に南にと繋がっており、夜半目をこらすと地平の先に町の明かりが輝き幻想的な雰囲気を醸し出す。
そんなのどかな草原の街道に、一人の行商人の死体が転がっていた。
傍らにはバラバラの馬車。
馬も死んでおり馬車の枕木やら幌の残骸が地面に突き刺さっている。
死因は落下死。
骨折や内臓破裂、現場の様子からそう判断された。
しかし高所もないなだらかな平野部で落下死という不自然な死。
異様な事態に検証した兵士たちや商人仲間は皆、一様に首を傾げていたという。
「どこかで殺したのを街道に放置したのだろうか」
「いや、ならば馬車をバラバラにする必要もない」
「破片も地面に突き刺さっている、血の飛び散り具合だって――」
その行商人怪死事件は瞬く間に王国内に知れ渡ったのだった。
「というわけで、どう思う雑貨屋?」
「なんで私に聴くんですか? 騎士団長様」
王都の端に居を構えるロベリアの雑貨屋にて、騎士団長グレイは腕を組んで椅子に座っていた。
その射貫くような目はロベリアに向けられている。
「私を疑っているんですか」
「まあ、そうだな」
そう言ってのけロベリアの眉が少し釣り上がった。
「心外ですね、乙女心が傷つきました」
「だが、あんな事ができるの君ぐらいなものだろう」
「確かに、そうですね」
否定しないロベリアにグレイの眼差しが少し和らいだ。
「ここで否定しよう者なら容疑者の第一候補に挙がるところだったが……まぁ、君なわけないか。冗談だよロベリア君」
「たちの悪い冗談ですよ、グレイさん」
グレイは笑いながら淹れてもらった紅茶に手を伸ばし、会話を続ける。
「ハハハ、すまないすまない。今、王都ではその話題でもちきりだ。やれ怪鳥にさらわれ地面に叩きつけられた。やれ別の場所で殺した死体を落下死したように偽装した……なんて噂が後を絶たない。騎士団としても少々困っていてね。言霊使いの元聖女、ロベリア・ビクトリア様のお知恵を拝借したい」
はぁとロベリアは小さく嘆息した。
「実に分かりやすいじゃないですか。どこかで殺した商人を人目の付く街道に放置した。馬車などは捜査攪乱のために偽装したんでしょう」
「だが血の飛び散り方など、絶対に叩きつけられたとしか思えない。現場検証した私がいうんだ間違いない」
「なるほど、だから気になってしょうがないんですね」
グレイは静かに頷いた。
「協力してもらいたい、ロベリア君。ほら、この前、盗賊の押収物を見せてあげただろう」
「あぁ、秘宝と聞いてワクワクしましたがガラクタも良いところでしたね。元の世界に帰るアーティファクトどころか素人目でも粗悪品でしたよ……可哀想すぎたので言霊で良品に変えておきましたが」
彼女は面倒くさそうに頭を掻いた。
「まぁ思い当たる手段が一つだけありますね、手段というか魔法ですが」
「なだらかな平野部の緩やかな商業街道での落下死……そんな魔法が?」
「もちろん。ただ、その前にちょっと聞きたいんですけれど。殺されたのはどこの商人ですか?」
「例のビスコが取り仕切っていたラドン商会の競合キャラバンだ。ビスコが捕まって代替わりしたせいか権力誇示に必死のようでな」
「あぁ、だから躍起になっているんですね……悪党のメンツって面倒ですね」
「同感だ……で、犯人の目星はつくのか雑貨屋」
「そうですね。とりあえずはラドン商会に所属している腕利きの魔法使い、とりわけ土魔法に精通している人を探って欲しいかと」
「土? なぜ土なんだ?」
「憶測にすぎないのですが……とりあえず現場に向かいましょう。私の勘が正しければあの痕跡が見つかるはず」
そして現場に向かう二人。
王国を出てしばらくすると拓けた場所にたどり着く。
風が背の短い草を薙ぐ穏やかな大草原。
なだらかな商業街道は多少の小石や凸凹こそあれど歩きやすく様々な行商人が闊歩している。
見晴らしも良く、とても落下死できるような起伏は無かった。
「ここだ、ここに商人の死体があった」
グレイが指さすそこはまだ現場が保持されているらしく崩れた馬車がそのままにされていた。
道のど真ん中に放置され道行く人は怪訝な顔でそれを見ながら脇を通り過ぎていく。
そのグチャグチャの馬車を見たロベリアは「なるほど」と納得したかのように唸る。
「枕木も地面に刺さっていますね、それも相当深く」
崩壊した馬車をぐるり見回す彼女にグレイが話しかける。
「な、不自然だろう。わざわざ落下死に見せかける意味もわからんし、地面に馬車の破片を突き刺すほど偽装する必要があるのか?」
「ま、ないでしょうね」
それだけ言うとロベリアは続いて地面を調べ始めた。
「ふぅむ」
彼女はつぶさに地面を見つめる。
そして一部、地面の色が変わっている場所に気がついた。
一度掘って、そしてもう一度埋め直したかのような土の色。
普通に見れば荒れた道路部分を舗装し直しただけに思える。
「ほうほう、ふむふむ、なるほど。私の勘は正しかったかも知れませんね」
「勝手に納得しないでくれ。どうやったか分かったのか?」
ロベリアは地面から顔を上げるとニヤリと笑ってみせた。
「では、実験してみましょうか」
「じ、実験?」
その笑顔に嫌な予感がしたのか一歩後ずさりするグレイ。
ロベリアは彼の腕を掴むと「そこに立ってください」と立ち位置を指し示す。
「オイ、大丈夫なんだろうな」
「大丈夫ですよ、多分。馬車がありませんから」
「多分ってなんだ!?」
「落ち着いてください、動くと死にますよ~」
ヘラヘラと笑いながらロベリアはポーチから何かを取り出した。
それは一見普通のナイフとしか思えない代物。
ロベリアはそれをチラつかせながら詳しく説明――例の言霊の力を付与し始める。
「これはですね、術者の土魔法を増幅させるアーティファクトです。地の女神フレイの加護が込められているんです……ちなみに、土魔法ってどんな魔法があるかご存知ですか?」
「土で壁やシールドを張ったりだとか。あとはゴーレムの召喚か」
「その素材は何でしょう」
教師のように解答を促すロベリアにグレイは何をされるか察する。
「そりゃ土に決まって――って、おいまさか!?」
「その通り! では、この短刀で土を操りますね」
サクッ。
ロベリアが地面に短刀を刺した直後、地面が鳴動しグレイの足元が盛り上がる。
周囲の土がその一カ所に集まりだし、鍾乳洞のような先の尖った山を形成しだした。
「うぉぉい! って高っ!」
地面にしがみつくように四つん這いになるグレイはその高さに狼狽している。
やがて鳴動が終わり、落ち着きを取り戻した彼は隆起した土の上から周囲を見まわした。
「た、高いな……しかし、こんな一瞬で」
「これが答えですよ~! 多分ね~!」
ロベリアに下の方から声をかけられ。やまびこを返すようにグレイは訴える。
「分かったから! いいから早く降ろせ!」
「は~い!」
ロベリアがナイフを抜くと、ゆっくりとグレイの足元が下がっていく。
しばらくすると一カ所に集められた土は元の商業街道へと戻っていった。
小高い山へと変貌した道はちょっと地面の色が変わっている程度。
ぱっと見は荒れた道路を舗装し直したかのようにしか思えない。土魔法が使われたなんて誰も気がつかないだろう。
「なるほどな……馬車に乗った状態で先ほどのようになれば馬が驚いて滑落してしまう」とグレイ。
ロベリアは自分の見解を口にした。
「風魔法の可能性もありましたが身体や服に裂傷が刻まれてなかったようなので、土魔法で間違いかと」
「なるほどな、風魔法より土魔法の方が痕跡が少ないのか」
「落し穴を作って土魔法で元に戻した可能性もありますが、ターゲット以外の商人が落ちてしまう場合もありますので、これが一番のやり方だと思います。今の時代、暗殺は土が主流なんですよね。今回は見せしめだから死体は残されていましたが生き埋めにされる可能性もあるので厄介なんですよ」
「なんか、怖いくらい詳しいな」
少し引いているグレイに対しロベリアはケロッとしていた。
「まぁ、色々ありますので」
「なるほど、元聖女で追われる身だから暗殺には警戒しているワケか」
「いえ、乙女の嗜みです」
「そんな嗜みあってたまるか」
小さくツッコんだ後、ようやく落ち着いたグレイは土を払ってロベリアに向き直った。
「だがこれで殺害方法がわかった……ありがとうロベリア」
「いえいえ、しかし犯人はまだ捕まっていないのでこれからですよ」
「うむ、おそらく凄腕の土魔法使い……事件の前後に入国した土魔法の使い手でも調べるか。身分を偽って入国しているのかも知れんがラドン商会を中心に調べれば――」
やる気になっているグレイ。ロベリアは何かを思いついたようにこう進言した。
「探すよりもっと良い手段がありますよ」
「良い手段?」
訝しげなグレイにロベリアがニヤリと笑ってみせた。
こいつの「良い手段」は碌な事が無い――グレイのその予感は的中するのだった。
※次回は12/8 18:00頃投稿予定です
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