第2話 元聖女の雑貨屋と堅物騎士団長②


「なぜ私がこんな事を」



 王都の繁華街。


 高級商店や土産物屋、流行のスィーツを扱う店など王国内外の人間が集う憩いの場だ。


 そこでロベリアとグレイは卓を囲んでティータイムと洒落込んでいた。



「なぜ俺とお前が茶を?」



 紅茶をすすりながら涼しい顔でロベリアは語る。



「あのビスコ、どうせ今頃は報復の準備をしているはず、だから待ってあげているの」

「わざわざ連中が手下を引き連れるのをか?」

「そう、誘ってんのよ。楽しいデートの後、天国から地獄に落とそうとするでしょうね」



 「性格悪いから、あの手の男は」とロベリアは涼しい顔だった。



「夜道に気をつけろと言って本当に夜道を襲うか? ……襲うか、あの男なら」



 と、納得するグレイだった。



「まぁ、難しい顔していないで楽しみましょうよ。パフェはもちろん奢りよね」



 そんな彼らの席にパフェが用意される、それも二人分。



「騎士様も好きなのパフェ?」

「悪いか?」

「いいえ。かっこつけてブラックコーヒーだけを飲むような人間よりかは遙かに好感が持てるわ……あら、このメロン素敵ね、よく見て、すごく光り輝いているでしょ? きっと高級メロンね」

「……ちょっと待て。なぜお前だけ高級フルーツなんだ? ていうか、さっきまで普通のフルーツだった気がするんだが」

「あら、めざといわね、ウフフ」



 ロベリアは微笑みながらメロンを頬張った。


 そしてすっかり日の落ちた帰り道。


 わざと細い路地を選んで歩いていると、荒くれものに囲まれる。



「命を狙われるのが分かっていて暢気にデートとはな……」



 荒くれ者を掻き分けながらビスコが現れる。


 ロベリアは一周回って感心する素振りで悪徳商人と相対する。



「正直ってこの程度で命を狙うだなんて思っていませんでしたね。もう少し分別のある人間だと思っていたんですが」

「ふん、「その日の汚れその日の内に」これがワシの「普通」だ。怒り抱えたまま寝る気はないわい」

「ご立派な宗教で、洗剤の売り文句みたいですけど」



 嫌みが言えるほど冷静なロベリア。


 彼女とは対照的に、取り囲む集団にグレイは剣に手をかけ眼光鋭く警戒していた。



「あまり刺激するな雑貨屋。この人数、無傷では済まんぞ」

「あら、騎士団長様とあろう方が弱気ですねぇ」

「一人なら余裕だ。しかし、女性を傷つける騎士道は持ち合わせてはおらん」

「……ご立派な宗教で」



 焦りの色が見えるグレイを見やり、余裕の出たビスコは下卑た笑いを浮かべていた。



「用心棒一人で何が出来る。ま、お前のその特別な能力をワシのために使う気があるのなら許してやってもいいがな」



 にじり寄る手下を仕向けビスコは顔をさらに歪ませる。


 喜色満面。


 醜悪な顔は悪魔にも見えた。



「あぁ、別に今すぐ答えなくてもよい。少々痛めつけた後、じっくりと。答えを聞くからな」



 脅し文句にロベリアは不敵に笑った。



「頭が薄いくせにサディストなんて救いがないわね」

「貴様!」



 激高するビスコを嘲るようにロベリアは笑っている。


 肝が据わっているのか秘策があるのか……グレイは困った顔をする敷かない。



「おい、さんざん煽っているが、何か策でもあるのか?」ヒソヒソ



 この質問にロベリアは笑う。



「知りたいんでしょ、私の手品を……まぁ見てくださいよ」



 不敵にそういうと彼女はグレイの背中をポンと叩いた。



「調子に乗っていられるのも今のうちよビスコさん」

「なんだ?」

「ふふ、私の隣りにいる彼、なんと「剣聖ノーマン・ライト」の直弟子よ。あの見込みがないと弟子を取らないで有名な」



 剣聖の弟子――


 その言葉に荒くれ者達の間に動揺が走った。


 もちろん、そんなこと初耳のグレイにも動揺が走る。



「え? おい、雑貨屋――」

「そして彼の持つ剣はかの有名な刀匠ラグナロクの一振り」

「ラグナロク一振り!? そんなわけあるか!?」



 刀匠ラグナロク。


 魔力を込めた剣を作る名工で、彼の作る剣は振るだけで空気を震わせ閃光を放つと噂は知らぬ者はいない。


 「馬鹿げている」とビスコは激高した。



「そんなわけあるか!」

「それが貴方の最後の言葉ね……可哀想に」



 冗談ともつかない声音にビスコもたじろいだ。その動揺は手下にも伝搬する。



「な、ほ、本物だというのか? 剣聖ノーマンの弟子なら持っていてもおかしくはないが」

「一回、戦ってみればわかるでしょ。真実をその身に刻みなさいな」



 そう勿体つけるロベリアに周囲の荒くれは「やはり事実か」と尻込みしだした。


 「怖いなんて」情けない声を出す者まで。


 一方、グレイは「ハッタリでこの場を切り抜けるというのか?」と訝しげに彼女を見やる。



「雑貨屋、本当にどうするんだ? こんな嘘をついて」

「いいから信じてください。あなたが信じなきゃ成立しないですよ。ほら剣を抜いて抜いて、素振りしてして」

「わかったよ……ったく」



 あまり納得いかない表情でグレイは剣を抜き虚空を斬った。


 その瞬間、空気が振動し熱波と共に閃光が放たれる。



「「「え?」」」



 荒くれ者とビスコ、そして振ったグレイ本人も驚きの声を漏らす。


 その一閃は建物を斬りつけ、砕けたレンガのパラパラと乾いた音だけが薄暗い路地に響いた。


 まさに閃光。


 まさに魔剣。


 噂の名匠ラグナロクの手がけた一振りのようだった。



「まさか、まさか本当に……ラグナロクの一振りだったというのか!?」



 驚くビスコにロベリアが畳みかける。



「命が惜しかったら大人しく捕まりなさい。腕の一本二本無くなっても知らないわよ、だってラグナロク、だって剣聖の弟子だもの」



 後ずさる荒くれ者。


 しかし修羅場をくぐってきたであろう悪党のビスコは往生際が悪かった。


 懐から何かを取り出しロベリアに突きつける。



「うるさい! ワシはメンツでメシ食ってんだ! 貴様だけでも殺してやる!」



 彼が手にしているマスケット銃だった。


 ずいぶん使いこんでいるようで銃口が焦げている。


 だがロベリアは動じない、堂々と胸を張ったまま銃口を見つめ、



「まったく、そんなオモチャで人が殺せますか」



 と、言ってのけた。


 どう見てもオモチャには見えない、勘違いしているのかと彼女を注意を促そうとするグレイ。


 しかしロベリアは小さく手で制した。「わかっている」そんな感じを見せる。


 一方、ビスコは憤慨していた。いつ引き金を引いてもおかしいくない心理状態である。



「ワシの自慢の銃をオモチャだと!? 貴様の目は節穴のようだな鑑定士!」

「残念だけど、どっからどう見てもオモチャよソレ。アナタは部下に恨みでも買っているのかしら? 最近使った? いつの間にかすり替えられたんじゃない? もしかして気づいていない?」



 そう言って怒濤の指摘と共に指をさす。


 だがビスコは耳を貸さず、とうとうマスケット銃の引き金を引いてしまう。



「ふざけるな! ワシを愚弄するとどうなるか見せてやる――」



 ――パフッ


 次の瞬間、何とも気の抜ける音が路地裏に鳴り響く。



「あぁ!? え?」



 ビスコの手にした銃からは王国の国旗が紙吹雪と一緒に飛び出していた。


 良く見ると銃口の焦げはすっかりなくなり、樹脂と樫の木で作られた子供のおもちゃの銃に早変わりしているではないか。


 ビスコは信じられないといった顔だ、青ざめてもいる。



「顔色大丈夫ですか? 赤くなったり青くなったり大変ですねぇ」と、ロベリア。

「い、いつの間に!? ――クソッ!」



 おもちゃ銃を地面に叩きつけるビスコ。


 バキィと割れるおもちゃの砲身。それを合図に荒くれ者達は一目散に逃げ出した。



「お、おい、逃げるな! 高い金払ってんだぞ――クソォ!」



 追うように運動不足の姿で逃げていくビスコ。


 そんな彼にロベリアが声をかけた。



「あら、そんなボロボロの靴で走って大丈夫? 転んで気絶しないと良いのだけど」

「そ、そんな訳あるか! ちゃんと履き替え――おぉぉ!?」



 突如、勢いそのままに転倒する小悪党。


 肥った体がバウンドし地面に頭を打ってあっけなく気絶するのだった。


 先ほどの騒ぎなど嘘のように静寂に包まれる人気のない路地裏。


 彼の足元にはボロボロでそこのすり減った無残な靴……


 それを見たロベリアはクツクツ笑いながら



「さ、騎士団長様。か弱い乙女に銃を突きつけた重罪人を捕まえてくださいまし」

「あ、あぁ」



 気を失ったビスコと靴を交互に見て、グレイは訝しげにロベリアの方を見やった。



「その前に教えてもらおうか? 私は剣聖の弟子でもなければ、この剣はラグナロクでもない……ん?」



 いったい何をした――そう問おうとした時だ。


 手にした剣をよく見ると、輝きが失われ普通の刀身に戻っていた。



「どういうことだ、剣が元に戻っている? それに間違いなくヤツの銃は本物で靴だってここまでボロボロでは無かったぞ……」



 質問の連続にロベリアは呆れた素振りを見せた。



「質問はゆっくり丁寧に、ですよ」

「これが落ち着いていられるか。何者だお前」

「生真面目な人ですねぇ、せっかく手にした魔剣の力が失われているじゃないですか」



 刀身の光が消えるのを見てもったいなさそうにするロベリアにグレイは眉をひそめた。



「せっかく? 何を言ってるんだ?」

「信じる者は救われるのよ……っと、この言い方胡散臭いわね」

「これが「手品」か? そろそろ納得のいく説明をしてもらいたいのだが……」



 ロベリアはニッコリ笑い、何か納得したような素振りを見せる。



「まぁ、素敵な騎士道をお持ちの騎士団長様になら教えても良いかも知れませんね」



 そして彼女は「手品」、その種明かしを始めるのだった。



「これは「言霊」よ、聞いたことあるかしら?」

「言霊!?」



 素っ頓狂な声を上げるグレイ。静かな路地裏に彼の驚きの声がこだました。



「言葉を用い、そのものに意味を授ける――究極、信じるとその力を授けることができるのよね。理論上はどんなものでも強くも弱くもできるし本物を偽物にも変えることができる、逆もまた然り」

「おいおい、それって……」



 理解の追いつかないグレイはコメカミの辺りを押さえた。



「もちろん荒唐無稽な物は無理ね、「触れただけで人を殺す杖」とか「何でも斬れる剣」とか中々難しいのよ」



 頑張れば出来そう、といったニュアンスを含むロベリアの口調にグレイは押し黙るしかない。



「伝説や伝承、「いわく」のあるアーティファクトならさらに効果は高いわね、聞き手の信じる力が半端ないもの。簡単なのは宝石をガラスに変えたり薬草の効果を高めたりなんだけどね」

「それがアメジストハーブを変えた力か」

「えぇ……今日、貴方がいつも以上に力を振るえたのも日頃の鍛錬があってのことね説得力のある肉体、それを荒くれが信じる――説得力ってやつ。まあ、総合的に私の話術のおかげよね」



 ツラツラと喋るロベリアにグレイの頬に一筋の汗が伝う。



「東方の国では異世界より聖女を召喚しているという噂だが、まさか雑貨屋……」

「私はただの雑貨屋ですよ。ちょっと言霊が使えて、困っている人を助けたり助けなかったりする気分屋の、ね」



 とぼけるロベリア。


 もう答えを言っているような彼女にグレイは驚きを隠せない。



「仮に聖女だとしたら、こんなところで何をしている? 場合によっては国で保護しなければならんぞ」

「もし聖女だとしたら逃げ出したに決まっているでしょう」

「逃げ出した?」

「ほら、東方の国って……まぁ正直、悪政もいいところじゃない」

「……あぁ、そういうことか」



 他国を侵略することに微塵も心を痛めない悪辣な王に代替わりしてから、あの手この手を駆使して国力を削ごうとしているのが騎士団長の立場として身をもって知っているグレイ。


 大っぴらに批判できない彼は言葉少なに頷くしか出来なかった。



「私は聖女じゃありませんが、異世界からきた転移者でして、元の世界に帰りたいんですよ」



 「ほぼ聖女って言っているようなもの」とグレイは思ったが野暮なこととツッコまなかった。



「それでなぜ、雑貨屋を営んでいるんだ?」

「何度も言うけど言霊って荒唐無稽な能力をいきなり付与するのは無理なのよ。大事なのは説得力、その辺のドアを「異世界に通じる帰還のアーティファクト」何て言い張っても効果は出ないわけ。帰還の力に耐えうる秘宝。私の能力を発揮できる器が必要なの」



 そこまで言われてグレイはロベリアの思惑に気がついた。



「なるほど、それを探し求めるため雑貨屋で鑑定を?」

「見よう見まねですけど。ま、何度も鑑定士ごっこしていたら多少は本物と偽物を見抜けるようにはなりましたね」



 それこそ「日に焼けた香草」と「アメジストハーブ」の違いくらいは、とロベリアは告げる。



「元の世界に変えるための秘宝が自分の元に転がり込んでくるまで身を潜める、か」



 何か思うところ有るのかグレイは腕を組み、そしてビスコの方を見やった。



「お前のおかげで王国を揺るがす小悪党を現行犯で捕まえることができた。そこで折り入って提案なのだが……俺の仕事を協力する気は無いか雑貨屋」

「見返りは?」

「仕事柄、アーティファクトの類いを閲覧する機会が多い。貴族の検品だったり盗賊の押収物、奉納品の検査とかでな」

「それを確認する機会をもらえるってわけね、ふぅん」

「あと、無資格なのに鑑定士として営業しているのを見逃しても良い。騎士団長特権ってヤツだ」



 ニヤリ笑うグレイにロベリアは笑い返した。



「なかなか言うわね……いいわ、手を貸してあげる」



 そして手を差し伸べたロベリア。


 グレイは分厚い手のひらで握り返した。



「改めて自己紹介だ。グレイ・カッシュだ騎士団長をやっている」

「ロベリア・ビクトリアよ、ちょっとした言霊使いの雑貨屋ね。聖女じゃ無いわよ」

「わかっている……よろしく頼むぞ、雑貨屋」



 握手を交わす二人。


 元聖女の雑貨屋と堅物騎士団長。


 二人は知らない。


 いつしか名パートナーとなり数々の難事件を解決していくことになると。


 二人は知らない。


 やがて切っても切れない間柄になり、お互いを意識しあうことになるなんて。



※次回は12/6 18:00頃投稿予定です


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 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。



 この作品の他にも多数エッセイや



・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~


・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果


・「俺ごとやれ!」魔王と共に封印された騎士ですが、1000年経つ頃にはすっかり仲良くなりまして今では最高の相棒です


 という作品も投稿しております。


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