剣客異世界一閃
空海加奈
第1話 プロローグ
現代社会の日本において殺人など不要なものである。そう思ったのは小学校くらいの頃で先生が教えてくれた社会の授業でなんとなく分かっていた。
ただそれでも家ではそうではない。
模造刀を握らせ重いのを耐えながら延々と素振りをするか、父が木刀を持ってひたすらに僕に剣術を教える。そのことに不満を抱いたことはない。痛いと言えば「気合が足りない」と罵られ、握力が無くなりもう刀を握れないと言えば「一撃で父を倒せばいいだけだ」と包帯で刀と手を結ばれて拒否する余地もなく振り続ける。
小学校は特に問題はなかった。周りからは常に貧相な恰好をしてる私へ近づく者はいないし、教師が何か言っても父に言われた通りの言葉を伝えるだけでいい。
「稽古をしているから」
父の家が道場ということもあって教師も口出しをしないようになって問題なく刀を振り続ける。
そんな父が口癖のように言うことがある。
「初撃で全てを片付けろ」
そんなの自分には出来ない。なんてことを言えばきっと怒られるのだろう。だから何も言わずに全てを一撃に賭けて父に挑むが弾き返される。
「速さが足りない」
「足の使い方が出来ていない」
中学生になってからはある程度成長もして速さも足さばきも良くなってると思ったがそれでも父は次から次へと問題を突きつけてくる。
「足音を立てるな」
「模造刀なら木刀ごと父を斬り伏せろ」
そんなことができるのかなんて疑問を抱くよりも父の言うことはやらなければいけない。
だから自分なりに必死に取り組んできたが余りにも不出来な自分に疲れてしまう。
学校ではこのことに違和感を持った同級生が何かを言ってきたが、そんなことはない。父が出来ないことを言うはずがないんだ。
もう学校なんて行かずに父と稽古をしていた方がいいんじゃないか?そんなことを思わず父に言ってしまったことがある。
「学校でなにも学べないならそうだろう。そこから剣の道を進めることができるから行かせている」
必要なことらしい。父の言うことは絶対だ…。
その父からの言葉で勉強も両立できるようにやったが、それでもその道が分からないまま。
剣道部なんていうものもあるからそれに関して聞いてみれば。
「スポーツではなく剣を教えている」
どうやら何かが違うらしい。刀を振って弾かれ、勢いに任せて進んでも捌かれる。
「殺せる間合いを常に測れ」
そう言われても全く分からない。刀の届く先に当てても間違いなく父は避けるか捌いてしまう。弾かれたあとは木刀で自分の体に痣を作るほどの一撃を食らう。
「剣は殺人剣だ」
そう言われ、ひたすらに速く、速く、速く。ひたすらに速さを求める。初撃、一撃必殺を父がいう理想へと近づけるために。
年齢も16になる頃には父と力をある程度拮抗させれるくらいになったが、その度に叱咤される。
「打ち合った瞬間お前は死んでいる」
「一秒を無駄にするな」
「その一秒で百の斬撃を出せるようになって満足しろ」
この言葉を信じて行かなければいけない。何本も模造刀は折れて、それでも振り続ける。
父の言う通り打ち合いになった瞬間次の一手で父に反撃を食らう。
そして父がやっている道場で門下生たちの動きを見せてもらう機会が自分が生まれて初めて見せてもらった。
門下生の一撃は圧倒的で歩く音すらなく見えない斬撃を互いに打ち合って木刀がお互いに粉々になる。
「これがお前とあいつらの差だ」
自分がどれだけ劣っているのかを感じて、父はきっとこんな劣っている自分に呆れているのだろう。
「強くなりたいか?」
答えは一つだ。父の期待に応えなければいけない。そのために自分は頷く。
――そして自分は、両目を抉られた。
「目に頼るな。学校も最低限は学んだ。あとは信じて挑め」
耳だけに頼る生活になってしまったが、父の言うことなのだ。これが劣っている自分を最も成長させる方法なのだろう。
ひたすらに毎日家で剣を振る生活。父が来たときは打ち稽古をするし、食事も持ってきてくれる。
なんて贅沢な暮らしなのだろうと思い、毎日同じことを繰り返す。
家での生活は自然と慣れていき目が見えなくても問題はないことに気付いた。小さな音である程度何かを察知することもできる。やはり父は正しい。
だから父との打ち稽古で、父がどんな動きをするかを分かっても来た。
音を消せと言う意味。それは父が肉体を動かす微細な音でどんなことをしてくるのかを知らせてくれる。
不自由だった生活は目が見えないことで動きが分かるようになってから父が苦言を言ってくることはなくなってきた。
ただ…今はもう何年経ったのか分からない。毎日朝も夜も外へ出ないと分からないし、自分が分かるのは最初は五メートル、十メートルと範囲を広げても百メートルの音を聞けるようになるのが限界だった。
父の足音が聞こえて、今日の打ち稽古が始まると思い模造刀を握る。
扉を開く音と一緒に父がこちらへ近づいて告げる。
「ようやく第一歩ができるようになったな。よくやった」
初めて褒められたが、何ができるようになったのかは分からない。それでも何かを成し遂げたのだろうと喜ぶが表情も上手く作れないし作れているか分からない。
「振れ、ひたすらに初撃と同じ速度、いや、それ以上の速度で振り続けろ」
ある程度の型はあるのだが、どのように振ればいいのかは指摘されなかったので恐らく連撃をしろと言ってるのだと思う。
打ち稽古はそれ以降しなくなった。
虚空に振り続けることもあれば、大木に向かって数百幾千と叩きつける動作をひたすらに繰り返す。
それも足さばきを崩さずに徹底的に父の言う理想の一撃必殺を繰り返す。
父はずっと自分を見守っていて、それでいて変わらない生活を送らせてくれる。
たまに父は金属を括り付けてる大木に案内することもあるがきっとそれも意味あることなのだろうと刀を振り続ける。壊れれば次の刀へ。
劣っている自分ができる最大をそこへ全て叩き込む。
ふと父が問いかけてくる。
「お前が一秒に何回振れているか分かるか?」
その問いに答えることが出来なかった。今の自分には時間間隔がない。ただ速さと一撃にだけ全てを込めていた生活だった。
「たったの三十回だ」
いつか父が言っていた百回振れという言葉の半分にも満たされてないことに驚くのと同時に当然かとも納得した。自分は劣っているのだから。
「それを身に染みろ」
そう言って家に帰ると久しぶりに稽古をするらしく家にある道場に向かう。
「刀を使わず攻撃を捌け」
今までと違うことに父の動きを聞いて木刀を捌いたり、たまに父が教えてもらってない格闘術などを織り交ぜて攻めてくるので腕で弾くか、腕を掴んで遠くへ押し出す。
きっと意味のある事なのだと思うが、真意は分からないまま素振りは欠かさず、父の攻撃を捌く生活が続く。
「相手の弱点は分かるか?」
そう聞いてくる父に頷く。父が呼吸をして肺に嫌な音があることから斬らなくても肺を掌底すれば父が動きを鈍らせるだろうということを告げれば満足そうにしている。
「今から最後の打ち稽古をする。そこからは好きに生きろ」
どうして最後なのか。そのことを理解できないまま模造刀を握り、納刀したまま父と対峙する。
父が開始の合図を告げると同時に距離を詰め父に抜刀して肉と骨を断つ感触と手ごたえを感じる。
「それが…求めてた…――」
最後まで何かを言うことはなく父の鼓動が止まるのを聞いて、仕方ないので素振りをする。
日が経っているのだろうごとに腐敗臭が充満していく中で延々と素振りを続けて、体が空腹を水分不足を感じて弱まっているのを感じる。
ただ父をこのまま置いて行くわけにはいかない。そう思ってただ刀を振り続ける。
そしていつの間にか眠っていたのか。起き上がり、手元にあった刀を探すが、それ以前に周りの音が違うことに気づく。
どこかの家屋の中にいるのは分かるが父のいた場所とは違う。目が見えないことがここに来て困ることになるとは思ってなかったが、目蓋を閉じた隙間から少しの明かりが見える。
小さく目蓋を開いてみると景色が映る。
荒らされた廃屋のような場所だ。自分の体も幾分か小さくなっている。豆で潰れて固まった手とは違い柔らかい手に違和感を感じて周りを見て、耐久性がありそうな腐ってない木を掴んで、廃屋から出る。
廃屋の外はどこかの田舎なのか、焦げた家や、耐震性に不安のありそうな木造建築の家が幾つかある。
そのほとんどを見るに田舎の廃村なのだろう。
目を閉じて周囲に集中するが、生きてるものは小動物の類がいるくらいで人間の音は聞こえない。
父はどこに行ったのだろう?
何もしないでいるのも父に申し訳ないので、比較的被害が薄そうな廃屋に入って食料や水を探すが見つかったのはジャガイモみたいなものだけだ。それも芽が出ているので除去すれば食えないことはないだろうとポケットに入れようと思って改めて自分の服装を見る。
ぼろきれのシャツに下着は布を巻いただけ。足も裸足なので体に巻く布が欲しい。
廃屋にあるシーツを破ろうとして筋力が衰えている…というよりも退化してると言うべきか、中々うまくいかなかったが全力でやれば破れたのでそれを手足に巻いておく。
力を出したことで体が筋肉痛に一瞬でなるほど今のこの体は脆いのか、酷く疲れやすい。
そのままシーツを風呂敷のようにしてジャガイモなどを入手して別の廃屋も覗いていくと錆びたナイフがあったのであるだけもらっておく。
良い感じの気があれば木刀のような形にして帯刀しておきたい。
手元に刀がないことに不安を感じるなんて思ってもみなかった。今思えば刀のない生活なんてしたことなかったと思い出す。
水分に関しては廃村に期待できないので、大人しくここから離れて都会に出ないといけない。
実家に帰ったら父の近くでまた刀を振らなくてはいけない。
髪も邪魔なので一結びにして後ろに垂らしてから道らしい道を歩く。
小石を踏むと痛いと思うことに久しぶりな感覚でまた擦り減って皮が固くなるまで稽古をしなければいけないのかと思うと億劫になる。
道を進んでいけば、日が沈む前に体が疲れを訴えるが、無視して歩いていると力が入らなくなって倒れてしまう。
そんなに体が衰退してしまってるなんて思わなかった。少しずつ元の調子に戻すようにしようと休憩した後に再度歩いて、今度は体が疲れを訴えたら適度に休むようにして夜になる。
手元には風呂敷、中身はジャガイモ。木の棒、錆びたナイフが三本。
心もとないが少し歩けばいくら田舎でも道路くらいは見当たるだろうと余裕だった気持ちが相当に田舎なのか全く道路に出る気配がない。
車も通ってないし、道も整備されてないのが分かる程度には汚い。
父の言うことに反してしまうが、細目で見ながら、極力聴覚のみで判断しようとしてるが、土地勘がないと耳だけでは完全に理解できるほど外を出歩いてないからその部分も鍛えておくべきだった。
眠る必要は感じないのでそのまま歩いてジャガイモを錆びたナイフで芽を取り除き齧りながら進む。
二日ほどして、体が水分を求めて吐き気を感じるが、運が味方したのか小雨が降ってきて口を上に向けて水分をとにかく摂取する。
地面が泥水のようになってるのを服で掬いあげて絞った泥水を啜ったりもすればある程度元気が戻ったので再び人がいるところを探すために道を進む。
そろそろ歩き始めて三日になるが、このままでは食料が尽きてしまうかもしれないと思う頃にようやく人…というより村が見えてきた。
ここまで歩いて村なんて相当な田舎なんだろうな。
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