✞片翼の天使✞


 人を殺すアンノウン。


 アンノウンという存在をどこか甘く見ていた俺にとって、その存在は現実に引き戻されるほどに強烈であった。


 足元よりも少し前に転がる死体。既に流れ出る血は無いのか、ドス黒く染った血だけが固まっている。


 そんな死した人に哀悼の意を捧げる暇もない中で、俺達はアンノウンとの戦闘に入った。


 とは言っても、俺は見学である。


 自分の異常性を未だに知らず、コントロールもできない俺に戦力を期待してはならないのだ。


「天に来るは救済の剣。天を切り裂き大地を砕かんとし、人々の守護となれ。“嘆きの剣:断罪”」


 聞いているだけで頭が痛くなるような詠唱と共に、奏音先輩が腕を横に突き出す。


 すると、その手には黒い鉈のようなものに白の包帯が巻きついた剣が握られていた。


 何が起きたのかさっぱりだが、多分あれが奏音先輩に支給されている装備なのかな?


「u機動部隊。目標鎮圧の鎮圧を開始します」


 刹那、奏音先輩の姿が掻き消える。


 速い。


 人間離れした俺の動体視力を持ってしても、その姿を追えないほどに速い。


 残されたのは奏音先輩が移動した後に揺れる木々。バトル漫画のような木を使った立体的な起動を描いて、奏音先輩はアンノウンに近づいているのだろう。


「速いね」

「そりゃ、機動部隊の中でも屈指の戦闘力を誇る化け物ちゃんだからね。あの子の異常性は格別だよ。あの武器もその異常性から作られたものだし」

「え?支給された装備じゃないの?」

「違うね。はいコレ報告書。読んでみるといいよ」


 アンノウンとの戦闘中だと言うのに、報告書を渡してくる隊長。


 それだけ奏音先輩を信頼しているのか。俺達がよそ見していても、勝ってくれると分かっているのだ。


 俺はその報告書を受け取ると、早速目を通してみる。


 そこには、奏音先輩........いや、Ujp-01-66“✞片翼の天使✞”について書かれていた。


 ────────


 Ujp-01-66 ✞片翼の天使✞


 危険度レベル

 kill(人を殺せる程度)


 状況

 監視


 説明

 ・Ujpー01ー66は、人型の10代前半の少女の姿をしたアンノウンです。東京都■■区で発生したものだと思われます。

 その見た目は日本人女性であり、ほかの日本人とは区別できません。

 ・Ujpー01ー66は、右目に眼帯をしておりまた、ツインテールの中にピンク色のメッシュを入れています。これらはUjpー01ー66によって発言した能力の一つであると考えられていますが、具体的な効果は判明していません。

 ・Ujpー01ー66は、若干の精神的な問題を抱えているものの、安定しており現代で生活するのに支障をきたす程ではありません。


(以下、情報クリアランス3以上の職員のみ閲覧可能)


 詳細

 ・Ujp-01-66は、自身が思い描いた物体を具現化する能力を保有します。

 その具現化された物質はUjpー01ー66の想像した通りの形状及び能力を保有します。

 ・Ujpー01ー66の具現化能力は、大規模な破壊を引き起こすような物を作ることができません。具体例をあげると、核兵器のようなものは作れません。

 ・Ujpー01ー66は、自身がカッコイイと思ったものを具現化する傾向があります。

 ・Ujpー01ー66は恐らく厨二病です。このような判断に至った理由は後述するインタビューを参照してください。


 インタビュー

 職員「学校にテロリストがやってきた?」

 U「そうだよ!!それを私が撃退してやったの!!あれは大変だったわ」

 職員「具体的にはどのように?」

 U「まずテロリスト共が油断した隙に、銃を取り上げたの!!そして、その銃を使って相手の武器を吹っ飛ばして気絶してやったわ」

 職員「そんな記録、どこにもないんだけどな........(小声)」


 その他にもUjp-01-66は様々な武勇伝を語りましたが、我々が観測及び情報収集によって得られたものにそのような事象は確認できませんでした。

 また、神話の話をよくしますがそれらについての“設定”を深堀しようとすると困った顔を浮かべます。

 以上の点が中学二年生にありがちな言動であります。でも正直気持ちは分かる。


(編集済み)


 ────────


「........つまり?」

「つまり、厨二病を極めてたら本当にアンノウンとして力を得ちゃったヤベー子って事」


 アホかな?そんな理由でアンノウンってなれるのかよ。


 思い込みが自分の身体を変化させるなんてことがあるとは聞いたが、まさかそれによってアンノウンになってしまった子がいるとは驚きだ。


 そしてこの報告書はちょっと読みたくない。主にインタビュー部分が俺にも刺さるからやめてくれ。


 おバカな中学二年生の時期には、皆考えてしまうものなのだ。男子中学生の頭の中では、いつも学校でテロリストと戦っているのである。


「厨二病っぽい言動が多々見られていたのは、年齢云々じゃなくて奏音先輩のアイデンティティでもあった訳か」

「そういう事。しかも、物質を変える力によって武器や防具を作り出す上に、その中に特殊な能力まで付与できちゃう。いやー、厨二病が世界を救うってこう言うことなんだね」

「いい研究材料になるわけか」

「そういうこと。この報告書は誰が呼んでも何となくは分かるように作られているけど、専門的な言葉が使われているやつは凄いぞ?何を言っているのかまるで───」


 と、完全にアンノウンと戦闘中であることを忘れるように話していると、隊長は軽く左腕を振るう。


 ガキン!!と鉄と鉄がぶつかりあった音が鳴り、隊長は奏音先輩に向けて声を上げた。


「こっちに射線を通さないでくれる?!」

「ごめんなさーい!!」


 実は先程から機関銃が乱射しているかのように銃声が響き渡っており、ズドドドドドドと凄まじい音が山に木霊しているのだ。


 俺の目では追えない異次元の戦闘なので、俺はもう見るのを諦めていたりする。


 俺、こんな銃器とかを普通に相手にできる連中とやり合わないと行けないのか?


 覚悟を決めたはずなのに、既に揺らいでいるよ。


「何も見えん」

「安心して、僕もほとんど見えてないから」

「ウチの機動部隊は野郎共の方が軟弱で困るな」


 普通は銃弾なんて見切れないんだよ。人間をなんだと思っているんだ。


 そう思いながら、アンノウンと奏音先輩に視線を戻すと、山の木々はなぎ倒されあちこちで火花が舞っていた。


 恐らく、銃弾をあの黒い鉈のような剣で弾いているのだろう。


 凄いなんてもんじゃない。


「収容するためにかなり手加減してるな。意外とそこら辺は真面目なんだよねあの子」

「できる限り指示通りに事を終わらせようとしますからね。隊長なんて“めんどくさい”とか言ってアンノウンを破壊するのに」

「現場の判断で破壊してもいいって言われてんのに、破壊したら文句を言われるとか理不尽だろ。事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだぞ?」

「そのネタ通じる人もう少ないですよ」


 鳴り響く銃声と金属音。


 暫くの間その音が鳴り響いていたが、やがて終わりを迎え音が何も響かなくなる。


「終わったよー」

「ご苦労さま。無力化できたらしいし、そのまま回収班を呼んで施設に移動させちまおう」

「結局なんも分からんかった........ただ、先輩が厨二病であることしか分からなかった........」

「あはは。最初はそんなもんだよ。僕もこの部隊に入った時は色々と置いてきぼりだったからね」


 こうして、俺は初めて人の死んだ姿を見ると同時に機動部隊員として生きる道は決して楽では無いと知るのであった。


 その後、アンノウンの回収を主な業務とする“回収班”と呼ばれる人達と現場の復旧や工作をする“工作班”が到着し、俺達は現場を引き継ぐ事となったのである。


 機動部隊は、本当にアンノウンの鎮圧と破壊だけを担当するんだな。

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