u機動部隊の出撃
小さなコインを投げあってキャッチボールをすると言う、一見なんの意味があるのか分からないこの訓練を受けていた俺だが、徐々に早くなるコインの軌道をずっと追えているという事実を理解して俺は納得した。
何故かコインがしっかりと見えているし、普段なら反応できなさそうな速度で飛んでくるコインを掴むことも出来る。
そして何気に、とんでもない速度で向かってくるコインをキャッチしても不思議と痛みを感じていなかった。
「ふふん。随分と人間離れしてきたんじゃないか?」
「こんなコイン投げで人間の限界を越えられるんもんなんだな。正直、理由がわからない」
「人間の思い込みってものはかなり凄くてな。聞いたことは無いか?熱々のアイロンを被験者にみせた後、目隠しをして冷たいスプーンを押し当てるとあら不思議。スプーンを押し付けたことが火傷しちゃった!!ってやつ」
「あー、思い込みで火傷するってやつだな。聞いたことがある」
人間の思い込みの力は本当に恐ろしいもので、今例に出されたアイロンはもちろん、どこかの国ではそこら辺の胃薬が医者という信頼によって万能薬に変わったりもする。
流石に思い込みで空を飛ぶなんてことは人間の構造的に不可能だが、それでも人体に大きな影響を及ぼしかねないのが思い込みという力だ。
「今、茜は“自分は人間の頃の動きしかできない”と無意識に思い込んでいる。その無意識の思い込みを意識させ、“自分は人間の頃以上に動ける”に置き換えるのさ。今までの会話はその意識を呼び起こすためのものだな」
「話が難しいが、要は俺の思い込みを変えさせたって事だよな?」
「イエス!!実際はそんな単純な話じゃなくて、他にも色々と仕掛けが施されているんだけどそう判断してもらって構わない。思い込みの操作ってのは重要だよ」
サラッと恐ろしいことを言ってやがる。
ある意味、相手に催眠や暗示を掛けているという事だからな。
俺は催眠とかそういう類は信じていないのだが、一応科学的には催眠はできないこともないらしい。
脳波がリラックスしている時に刷り込むとか、そんな事を言っていた気がする。
催眠術師の服装が奇抜なものが多いというイメージがあると思うが、それも相手に“なんかできそう”と思わせるために、催眠にかけやすくするためにというものがあるそうだ。
俺からしたら“うさんくせぇ”と思われるだろうからマイナスなんじゃないか?とも思うが。
ともかく、俺は自分の思い込みと言うのを上手く操られて本来あるはずの能力を引き出されてしまったという訳だ。
知らない間に催眠に掛かるという体験をした俺も、これからテレビで催眠にかかった芸人をバカにできなくなるかもしれない。
「暗示、催眠、これらはGAと言う組織においてもかなり重要な存在なんだぞ。特に隠蔽体質なこの組織にとっては、存在そのものを隠すための手段となり得る。アンノウンの被害者、及び目撃者に暗示を掛けて別の記憶にすり替えたりさせるのは、GAの常套手段だ」
「世界的大犯罪もできそうだな。催眠療法の病院でも開いてみたらどうだ?」
「日本じゃ催眠療法は有効性がないまたは低いとして殆どされていないが、海外だと割と使われているんだぞ?主に安価だからという理由でな。神と同じく、人は心の安らぐ場所を探すのさ。代替医療とも言われている」
へぇ。胡散臭い治療法も、世界じゃ実用化されていたりするんだな。
医学にも色々とあるというわけだ。
なんか変な知識ばかりここでは身に着くな。なんでこの話になったんだっけ?
あ、そうだ。思い込みによる力の話から催眠の話に飛んだのか。
「さて、ちょっと走ってみようか。この部屋の端から端まで」
「ん?わかった」
隊長にそう言われ、俺は部屋の端っこに歩いていく。
隊長も一緒に走ってくれるのか、俺の横に並んだ。
「私に勝ったらご褒美をくれてやろう。本気で走れよ」
「そのご褒美次第だな。100円あげようじゃやる気は出ないぞ」
「かぁー!!100円を笑うものは100円に泣くぞ!!お金は大切にしなさい!!」
「ものの例えだよ。それで、ご褒美はなんなのさ?」
「んー、そうだな。あ、実銃訓練を受けられるってのはどうだ?日本じゃ決して味わえない、実銃を打てるぞ」
「........本気でやるわ」
俺だって男の子。16過ぎの少年にとって、銃や戦車と言うのはロマンである。
小さい頃にBB弾が飛び出す銃を買ってもらった子も多いだろう。いや、今だと安全性の面から吸盤式の弾を使うやつの方か?
とにかく、100均辺りで親にねだったはずだ。俺もその一人であった。
そんな少年心が未だに取り切れない俺にとって、実銃の訓練というのは実に魅力的な話である。
一度ぐらいは銃を撃ってみたいと思うのが、男という生き物なのだ。
それを人に向けようとは欠片も思わないが。
「くはは。やっぱりお前も男の子なんだな。瀬名と同じ顔をしているよ。タイミングはそちらに任せてやる。ほら、真剣勝負─────」
「────よいどん!!」
「んなっ?!」
タイミングは俺に任せると言ったので、俺は爆速でスタートを切る。
フハハハハ!!こう言うのはゆっくりタイミングを待つよりも、不意打ち気味に始めた方が不意をつけるのだ!!
勝った!!と思い、30mほどある室内を爆走していると、ぶわっと俺の横を何かが通り抜ける。
「全く。悪知恵が働く奴だ。普通そこは沈黙の駆け引きを楽しむところじゃないのか?」
「んなっ?!」
俺よりも明らかに遅れて走り始めたはずなのに、既に隊長はゴールしていた。
早すぎだろ。同じアンノウンに分類されていると言うのに、これほどまでに差が生まれるものなのか?
俺の足はたぶん今までの人生の中で最高速だったはず。今、50m走をしたら、余裕で6秒は切れるだろう。
下手をしたら、5秒台も切れる。
そんな俺を置き去りにし、既にゴールしているとは........これがアンノウンとしての格の違いなのか?
「はいゴール。タイムは3秒52だな。50mを走ったらギリ5秒台を切れるぐらいか?ちゃんと人間は辞めてるな。おめでとう。君は人類を卒業した!!」
「嬉しくないねぇ。普通に負けたし........」
「ハッハッハ!!感覚が掴めれば後は繰り返して慣れていくだけだ。茜も私程とは言わずとも、とんでもない速度で走れるとは思うぞ?ちなみに、私よりも奏音ちゃんの方が足は早い。子供は風の子とはよく言ったものだ」
「マジかよ」
人間の動体視力では追えないレベルの速度を出せる隊長よりも、あの厨二病ロリっ子の方が足が早いのか。
これは先輩ですわぁ。今度からもっと敬意を込めて呼ぶとしよう。
「あ、ちなみに、実銃の訓練は勝敗に関係なくやるぞ。必須科目だしな」
「........俺が頑張った意味」
「ちょっとニヤけながら言っても無駄だぞ。内心喜んでいるくせに。ホント、男ってのは銃や戦車が好きなんだね。ちなみに、何が撃ちたいとかあるの?」
「レールガン」
「んなもん、レベル5しか打てねぇよ!!」
ちゃんとボケを拾ってくれる隊長。良かった。ここで真顔で“おうわかった”とか言われたら普通に困るところだった。
と思っていたら、なんか普通にあるらしい。人の手で撃つのは無理らしいが、対巨大アンノウンに対する攻撃手段として主要都市に配置されているんだとか。
マジかよ。レールガンって存在すんのか。
と、俺が晴れて人外への道を踏み出していたその時。
「雫ちゃん。お仕事!!アンノウンが出て、鎮圧命令が来たよ!!」
またしても、アンノウンが現れるのであった。
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