体の異変
乗ってるカーとか言う親父ギャグのような名前をしたアンノウンの収容を終えて、その報告書にツッコミを入れていた俺はその日、施設のとある場所に来ていた。
ひょんな事から機動部隊に所属してしまった俺であるが、俺は現在なんの訓練も受けていない。
機動部隊に所属する以上、必ず学ばないとならない事が幾つかあるらしく、その中の一つ格闘についての訓練を受ける事となっていた。
「先生はアンタかよ。見学したいんじゃなかったのか?」
「ハッハッハ!!その顔を見る為だけに嘘をついたのさ!!いい顔だ。それに、こんなにも綺麗なお姉さんに教えて貰えるんだぞ?男子高校生なら感激のあまり涙を流すところじゃないのか?」
「自分で言うな。それと、お姉さんと言うか、そもそも人間じゃないだろ」
教えてくれる人は誰なのかと思っていたが、やはりと言うべきか我らが隊長がその先生であった。
少し考えれば分かる話だ。俺はアンノウンでそれなりの危険性を秘めている。
普通の人間が相手ならば、間違って殺してしまう可能性もあっただろう。しかし、相手がアンノウンならばその確率はグンと減る。
少し考えれば分かりそうなものだが、人間意外と頭が回らない。
ちなみに、奏音先輩と瀬名は本当に見学である。この部屋にある監視用の窓の外から俺達の様子を見ていた。
「で、何をやるんだ?」
「うむ。先ずは自分の体のことについて知ろう。茜が普通の人間なら、近代格闘術を既に叩き込んでいたんだが、君はアンノウンだ。同じ人間であるとしても基礎能力値が違いすぎる」
「運動能力の検査ならしたはずだぞ?人間の頃と同じだったはずだ」
検査の過程で、俺は既に人間とほぼ同じ運動能力を持っていると言うことが判明しているはず。
それなのに、なぜまた自分の運動能力について知る必要があるのだろうか?
俺は疑問に思い、首を傾げた。
「理由は単純。人という存在からアンノウンに変化した場合、元の常識に囚われて人間のままの出力しか出せないと思い込んでいる可能性があるからだ。アンノウンってのは1+1の答えが必ず2になるとは限らない。人間の常識に囚われない思考力が必要だ」
「それは能力を使うからか?アンノウンとしての異常性を使って、身体能力の向上を図るみたいな」
「それもあるにはあるが........まぁ、見てもらった方が───早いね」
「........っ!!」
刹那、俺の視界から隊長の姿が消え去り、後ろから声が聞こえる。
耳元で囁かれた“早いね”に驚いた俺は、反射的に飛び退くと耳を抑えながら唖然とした。
漫画やアニメでしか見た事がない動きだ。それはあまりにも素早く、人の目で追うのはあまりにも難しい。
「動体視力も無意識に人間の頃の感覚があるから、動く私を見ることが出来ない。今回の訓練はそんな人間の常識をぶっ壊すんだよ」
「........ちなみに、出来ない場合とかもあるのか?」
「もちろんある。瀬名なんかは本体はただの人間だしね。でも、茜は検査の過程で人間以上の力を発揮できる可能性が高いと出ているのさ。という訳で、今から肉体改造のお時間だ!!人間の常識をぶっ壊せ!!」
こうして始まった、人間の限界を超える訓練。
今から超人格闘系漫画のような馬鹿げ訓練が行われるのかと思っていると、隊長はあるものを取り出した。
誰でも知っている日本の硬貨、百円玉........程の大きさのコインであった。
「コイン?」
「常識をぶっ壊せと言っても、16年間も連れ添ってきた“当たり前”を急に変えるのは無理がある。いや、やろうと思えばできなくはないんだけね?何事も成功体験による“自分にはできるんだ”と言う経験が必要なんだ。ほい!!」
「おっと」
いきなりコインを投げられて、反射的に俺はそのコインを掴む。
一体今から何をすると言うんだ?
「へーい。パスパス!!茜ー。キャッチボールしようぜ!!」
「........え、まさかこのコインでキャッチボールするつもりなのか?」
「そういうこった!!訓練なんて結果が出たら過程はどうでもいいんだよ!!ほら投げる投げる!!」
過程を重視する人に言ったら、とんでもなく怒りを買いそうな事を言う隊長。
俺はこんな事に本当に意味があるのか首を傾げながらも、大人しくコインを投げ返した。
「よっと。最初はこの距離でやるけど、段々と距離を伸ばすからなー」
「なんというか、親父とキャッチボールした時を思い出すな」
「お?もしかして野球少年だったのか?」
「いや。ただ遊びの一環としてやっていただけだよ。と言うか、おれはいつになったら家族に顔を見せられるんだ?」
「ホームシックか?ま、そう遠くないうちに許可が降りるはずだ。親御さんについては心配しなくていいぞ、学校もな。組織が上手いことやってくれる」
そりゃ、国家権力よりも大きな権力を持つ組織に不可能はないだろうよ。それに、アンノウンと言った超常現象を扱う組織だから、人の意識や記憶すら操れると言われても納得してしまう。
事実、現実ではありえないような事を俺は何度も見ているのだ。
本当に滅茶苦茶な世界を知ってしまったものである。
「この先、やって行けるのかな........」
俺はそう呟きながら、空を舞うコインを掴み取るのであった。
【報告書】
アンノウンについて書かれる報告書。報告書を読めばアンノウンのある程度を理解できるように作られており、専門の知識が無くとも何となく分かるようになっている。これは、アンノウンが脱走した際等の緊急時にそのアンノウンの特性を素早く理解出来るようにと作られており、この報告書以外にさらに詳しく書かれた報告書が存在している。
なるべく簡潔に、分かりやすく、そして面白くを意識されている為、報告書を書いた人の一言コメントがあったりする。
茜と雫がコインでキャッチボールをしている姿を眺める二人のアンノウン。
鈴仙奏音と丸魔瀬名は、新入りである茜について話していた。
茜がu機動部隊に所属してから三日目。それなりの交流はしているとはいえど、まだ茜について分からないことは多い。
「瀬名がアンノウンの対処に失敗して、ここにいるんだよね?あの後輩は」
「そうだよ。彼はあまり気にしてないようだけど、申し訳なさすぎるよ........僕がミスしてなければ、今頃彼は普段通り学校の机の上で退屈な授業を聞いていたはずだし」
「隊長は“そういう時もある”って慰めてたけど、やっぱり本人は気にするよね。私が同じ立場でも絶対に申し訳なく思うし」
彼らは知っている。アンノウンになると言うのがどういう事なのか。
半強制的に組織に属する事となり、最低限の自由はあれどそれ以上は望めない。
学生のままであるならば、間違いなくそっちの方がいいだろう。
少なくとも、命の危険を頻繁に感じることは無いのだから。
「私は後輩ができて嬉しいけど、ちょっと可哀想だね。たぶん雫お姉ちゃんも自分の隊員がミスをしたから、こっちに引き入れたのかな?」
「ミスをした僕が言える立場じゃないけど、多分それは違うと思うよ」
「なんで?」
「あの人は普段おちゃらけて滅茶苦茶な人だけど、何かしらの目的を持って行動している節がある。それが何かは知らないけど、ただの罪滅ぼして自分の部下にはしないと思う」
「本当に言えた立場じゃないねそれは。天界を追放された堕天使が、天使の在り方を説いているのと同じだよ」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
果たして茜は自分達の隊長が求めていた“何か”を持っているのか。瀬名は後ろめたさがありながらも、今後を共にする仲間の事が少し気になるのであった。
「ところでさ。段々とコインの飛ぶ速さが早くなってない?」
「私もやったなーこの訓練。徐々にコインを早く投げて、人間の限界を越えさせるんだよ。なんでこれで越えられるのかは知らないけど」
「そうなんだ........」
その後、コインが瀬名の目では追えないほどに爆速で飛ぶようになり、瀬名は“住む世界が違うなぁ”と思ったり思わなかったり........
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