ヘドバンを決める車


 武装を展開し、先程までの空気とは一変して緊張感が走る中。


 六人の機動部隊員を先頭に、俺達は立体駐車場の三階へと登っていく。


 そして、三階へと到着すると、銃を構えながらゆっくりとアンノウンと思われる車へと近づいた。


 車はどこにでもあるような姿をした車。俺は車に詳しくは無いが、よく見かける軽自動車や普通車とは少し違って、車高が高い気がする。


 ナンバーは普通車。4人乗りの車だ。


「ポツンと一つだけあるあの車が、アンノウンか?パッと見ただの車にしか見えないな」

「私達もパッと見は人間だろう?現代の社会に紛れる術をアンノウン達は知っているのさ。偶に明らかに違うやつとかいるけど」


 白い車はパッと見どこかしらに異常性を孕んでいるとは思えない。


 しかし、GAがアンノウンであると判断したならば、きっとあの車はアンノウンなのだろう。


 なんだっけ。確か、誰もいないのにEDMを爆音で流すんだっけ?


 機動部隊員が、徐々に、徐々にアンノウンへと近づいていく。


 接触するまで残り20mと言ったところだろうか?


 今まで沈黙を保ってきたアンノウンが、急に動き出す。


 テレテッテテテレテ、テレテレテー♪


 テレテッテテテレテ、テレテレテー♪


 どこかで聞いたことがあるフレーズ。俺はこの曲を知っている。


 EDMと言う音楽のジャンルに触れたことがあるものならば、誰でも知っているワンフレーズ。


 2013年に動画投稿サイトに掲載されてから約2億回も再生されている、超ド定番なEDM。


 Booyah!!と叫んでからサビに入る、あのノリの良さが俺は好きな曲だ。


 ところで、なぜこんな有名な曲を?


「あん?また有名な曲を流し始めたな」

「知ってる?」

「EDMというジャンルの曲に少しでも触れたら誰でも知ってんだろ。EDM好きです!!とか言っておいて、この曲を知らなかったら鼻で笑うね」

「僕でも知ってるよ。特徴的な曲だし」

「あれ?もしかして私だけ知らない感じ?」


 俺が思ったように、何故こんなにも有名な曲を流しているんだ?と思いつつ、様子を伺う。


 機動部隊の人達はこの音楽知っているのか、少し体が乗っていた。


 分かるよ。テンポのいい曲と言うのは自然と体が乗ってしまうものなのだ。


 ........と言うか、なんかあの車動いてね?


 音楽に合わせてちょっと乗ってね?


 そして、サビが始まる。


「........!!(ノリノリで上下しまくる車)」


“イエェェェェェ!!”と言わんばかりに音楽に乗っている車。こんなハイテンションな車を見るのは初めてだ。


 いや、そもそも車は勝手に音楽に乗って動くことなどないのだが。


 車高が若干他の車よりも高く見えたのはアレか、車がノリノリで踊り始めた時に車体を傷つけないためか。


「なんか、俺の思い描いていたアンノウンとだいぶ違う」

「ハッハッハ!!マッチョちゃんの報告書もそうだが、今どきのアンノウンは多様性に満ちているぞ?マッチの火よりも動いた方が暖かいと気がついた賢い子や、こうしてEDMでノリノリになる車だってあるもんさ!!」


 アンノウンは異常現象。俺が遭遇した雪のサメ達のような人の命を脅かすものから、一発ネタとしか思えないものまで。


 本当に様々なアンノウンが存在しているのだと、俺は気付かされた。


 世界は広いな。


 そんな異常現象にも多様性が存在する時代なんだなと的外れなことを思っていると、機動部隊の人達が爆音でEDMを流す車を囲む。


 車はそんな事お構い無しに、ノリノリでEDMを垂れ流していた。


「収容は簡単そうだな。危険な存在では無さそうだ。観測班の予想って割と外れるから宛にしてないんだが、今回は正しかったみたいだな」

「あのアンノウンの異常性は、誰もいないのに音楽を垂れ流して勝手に動く所か?」

「まぁ、そうなるわな。久々に面白い組織の遊び相手になってくれそうだな」

「いいね!!音楽は人々の心を動かすし、楽しくなるんじゃない?」

「EDMとくればクラブかな?いいんじゃない?一曲しか流せなかったら困るけど」


 なぜ既にこのアンノウンで遊ぶことを決めているんだ。


 いや、マッチョちゃんの報告書を読んだ時も思ったが、割とアンノウンの管理が緩いな?この組織。


 多分制御出来てなおかつ安全性の高いアンノウンには、かなり緩い対応をしているように思える。


 俺のように人間としての理性がある者には特に。


 俺のイメージでは、こういうのは厳重に収容するか壊すイメージなんだけどな。


 その緩さのお陰で、俺はこうしてそれなりに自由に動けている訳だが。


 なにか理由でもあるのか?


「........(ショボン)」


 アンノウンへの扱いがどう見ても緩い事に疑問を持っていると、音楽が段々と小さくなって車が心做しか悲しそうに下を向く。


 それを見た機動部隊員達は、顔を見合せて首を傾げた。


 何もしてないのに、急にテンションが下がったとなれば、なんで?と思うのも無理はない。


 だが、多分あの車は周囲の人達にもノッて欲しかったんじゃないかな。ほら、EDMってのはノリノリで聞くものだし。


「雫さん。どうしましょう?」

「いや、私ら今日は見学だし........普通に動かせばいいんじゃね?」

「それもそうですね。おい、急な発進に警戒しながら近づくぞ」

「「「「了解」」」」


 銃を構えてゆっくりゆっくりと車へと近づく。


 そして車に触れられる程に近づいたその時、再び車は動き始めた。


 テレテッテテテレテ、テレテレテー♪


 先程と同じ音楽。機動部隊員達は素早く銃を構えながら距離をとる。


 今のところは音楽鳴らしてノリノリになる車でしかないが、他にどのような異常性を孕んでいるのか分からない以上慎重になるのは仕方がないことであった。


 そんな中で、俺は雫に話しかける。


「なぁ、あの車、この音楽に乗って欲しいんじゃないか?ほら、シラケた会場でEDMを流してもテンション上がらんだろ」

「おー、そう思うなら乗ってみたらいいじゃないか茜。私はやらんぞ」

「僕もパスで」

「私もー。頑張ってね!!」


 なんて薄情なメンバーなんだ。


 一人でやるのは恥ずかしかったから誘ったら、その意図を理解しながら拒否られたぞ。


 これが今後、仕事をする仲間なのだから悲しくなってくる。


 今後が不安だ。


「ほら、言い出しっぺなんだから乗ってやれよ。瀬名、カメラの準備よろしく。あ、ちなみにノリが悪かったらやり直しな!!」

「既にやってますよ。録画の準備万端です。」

「お前ら後で覚えとけよ」


 そのノリを音楽に会わせろよ。


 俺はそう思いながらも、サビが始まった瞬間に手を挙げて飛び跳ねる。


「........プッ!!」

「は、恥ずかしい........」


 たった一人、立体駐車場のど真ん中でEDMに乗る男。


 そう聞くと俺も十分やべーやつだな?そして、本当に後で覚えてろよこの性悪女め。笑いが堪えきれずに吹き出してんじゃねぇよ。


 恥ずかしさがやがて体温に現れ、全身が熱くなりつつも音楽に乗ってあげていると、遂に車が動き出す。


 キュルキュルキュルとタイヤを回転させると、俺の方に向きを変えて突撃。


 俺を除いたその場の全員が車に対して攻撃を仕掛けようとしたが、車はそんな事お構い無しに俺の近くにやってくると目の前で止まって車体でヘドバンを表現する。


「.......!!(イェェェェ!!)」

「ハハッ。やっぱりノリがいいだけの車じゃねぇか」

「えぇ........本当に乗って欲しいだけだったのか」

「これは茜のお手柄かな?やるじゃん」

「私も乗れば良かった........!!」


 ノリノリでヘドバンをキメる車はその後、恥ずかしながらも音楽にノッてくれた俺に若干懐きつつ収容されることとなったのであった。

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