ようこそu機動部隊へ


 身体検査を終えた翌日。日曜日の夕方。


 俺はまたしても身体検査や、精神的な面の研究対象として連れ回されていた。


 人生でこんなにも検査をしたのは初めてだろう。2度目のMRIや運動能力を図るテストなどは勿論、視力検査や聴覚、倫理感テストなんかも実施された。


 昨日と同じく、雨宮雫(アマミヤ シズク)と名乗る女と銃火器を持った部隊に連れ回された俺は、疲れと共にベッドに寝転がる。


 肉体的な疲れはそこまでであったが、精神的な疲れがドッと押し寄せていた。


「あー、疲れた。銃刀法違反の存在する現代日本において、実銃を真横で見せつけられる身にもなって欲しいよ」


 ゴリゴリのアサルトライフルを持った状態で、俺の周囲を囲む兵士達と共に行動するのは些かメンタルに来る。


 その銃口が敵を倒すものならば安心できるが、その銃口が向けられるのは俺自身となれば尚更に。


 クシャミをしたら、銃を構えられる生活をするとは思いもしなかった。


 一寸先は闇なんて諺があるが、闇すぎるだろ。一歩踏み出したら、深淵へ真っ逆さまだったぞ。


 今後、俺がどうなるのか不安を抱きつつ、ベッドに寝転がっていると、コンコンと扉がノックされる音が聞こえる。


「飯の時間か?」


 この生活をしていて唯一の楽しみであり、唯一褒められる部分。


 基本的に食べたいものをお願いすると、それを持ってきてくれる。


 一昨日はハンバーガーを。昨日はちょっとお高めなステーキを、今日は寿司を頼んでみた。


 我が家でこのような不健康極まりない生活は絶対にできない。物価高の影響で、どこの家庭も苦しい財政なのだ。


 月に一、二回ちょっとした贅沢をするのが精一杯であり、ましてや成長期が続く16歳の少年のご飯に野菜がひとつも無いなんて事はありえない。


 あ、母さんの料理が食べたいとか言うべきだったな。そしたら、少しは家にいる感覚になれたのに。


 そう思いながら俺が料理を受け取ろうとベッドから立ち上がると、バン!!と扉が蹴破られる。


 料理の受け渡しは、俺の危険性を考慮してか部屋の扉は開けずに専用と窓口を使う。


 決してこのような方法で部屋を開けることは無い。そして、このような部屋の開け方をするのは俺が知る限りたった一人しかしない。


「さっきぶりだな、茜!!元気にしてたか?!」

「軽くホームシックになっていた所だ」

「本当のホームシックは、自分で“ホームシック”なんて言わない。つまり元気という事だな!!」

「人の話を聞けよ」


 今日一日俺に付き添っていた雫が、俺の部屋にやってくる。


 俺はその煩い口に耳を塞ぎたい衝動を抑えながら、できる限り冷静に彼女と話した。


「それで、なんの用?検査がまだあったの?」

「いや、検査は大方終わったよ。茜がかなり協力的だったおかげでね」

「周囲に銃火器を持ったやつを並べて半分脅しのようにしているのにもかかわらず、よく“協力的”なんて言えるな。この組織の協力は、人の頭に銃口を突きつけて強制することを協力的と言うのか?」

「いや、中には普通に暴れる子もいるからね。今日君の周りにいた隊員達は喜んでたよ?“久々に大人しい子が来てくれて嬉しい”ってね」


 スゲーなその暴れたヤツ。


 この環境で検査をさせられると言う事は、検査対象はアンノウンのはず。


 異常現象君は、頭に銃口を突きつけられても暴れられるほどに元気一杯らしい。


 その理論で言えば、俺はアンノウンでは無いのでは?と思うが、どうなんですかね?


「それで、なんの用?」

「茜。君がアンノウンになった原因は私の部下の失態だ。あのポンコツメガネのことを覚えているかい?」

「俺を守ってくれた人だな?確か........“こちらu機動部隊”とか言ってたっけ」


 ポンコツメガネと呼ばれているかはともかく、俺を守ってくれたあのメガネのお兄さんの事は忘れていない。


 彼が居なければ、俺はここには居なかっただろう。


 あのサメに食われて死んでいたはずだ。


 ........結果的に食われてここに居るが。


「おぉ、記憶力がいいな。“u機動部隊”それが私の指揮する部隊の名前だ。詳しい話は省くが、アンノウンを鎮圧して収容、もしくは破壊するのがお仕事の部隊という訳だ」

「なるほど。それで?」

「仮にも私の部下がやらかした事だ。責任は私にもある。しかも今回は、ただの人間がアンノウンとなってしまった。君は割と大人しい子な上に、主人格は人間のままだと判断されているから、倫理に配慮した研究や実験の対象にはなるだろう。だが、自由はない。少なくとも、この施設から出るのは禁止される」


 ........?つまりどういうことだ?


 俺がペラペラと話し始める雫の言葉を何となくしか理解できず、首を傾げていると彼女は俺が理解していないと分かったのか要点を纏めて話した。


「何が言いたいのかと言うと、お前、人間じゃない。お前、自由なし。だけど、私達の部隊、u機動部隊に入れば、多少の自由がある。入る?入らない?OK?」

「なんで外国人に話すような話し方なんだよ。つまり、その機動部隊とやらに入れば俺はある程度の自由を手にするよって話だな?」

「そういう事。命の危険は大きいけど、その代わり精神が腐っていくこんな生活からはおさらばできる。付け加えると、退屈な実験体の人生はかなり辛いぞ」

「まるで経験した事があるかのような言い方だな」

「経験してるからね。私も、君と同じアンノウンだから」

「........え?」


 ここに来て衝撃の告白。


 2日前から俺の面倒を見ていたこの女は、人間ではなく異常現象そのものであると言う。


 あー、だから冬が近いのに半袖短パンなのか。


 あれか?寒さを感じなくなる異常現象とかかな?


「........大体何を考えているのか分かるけど、私は寒さを感じない異常存在ではないからね?」

「え、そうなの?」

「当たり前だろ。そんなこと言ったら、小学校のガキンチョもアンノウンだよ。学年に一人ぐらい居ただろ?年中半袖短パンマン」


 いたなぁ、そんなヤツ。


 年中半袖短パンで、しかもそれでいて何故か風邪をひかない奴が。子供は風の子なんて言うが、正しくその通りだと思う。


「それで、答えは?ゆっくり考えてもいいが、決断が速いことに越したことはないぞ」

「その機動部隊に入れば、家に帰れるのか?」

「家に住むのは無理だが、顔を見せてやるぐらいはできる。うちの部隊にいる奴らも、定期的に顔を出してるしな」

「スマホは弄れる?」

「情報漏洩に関する事項を守っていれば使える。破ると取り上げられるが。と言うか、現代っ子だねぇ。スマホが使えるか?なんて普通聞かないよ」

「給料は出るの?」

「もちろん出る。そこら辺の会社員で働くよりはデカイ金額が手に入るぞ。使い道がほとんど無いってのが困るがな」

「俺の安全は保証される?」

「ぶっちゃけ保証されない。アンノウンに遭遇したら分かるだろう?ものによっては、命懸けになる。が、その代わりに自由を得る。組織も戦力をみすみす手放すマネはしないから、なるべく死なせないように動くしな。ほら、この義手。これは組織から渡されたものだ。かなりハイスペックだぞ?ビームも打てる」


 雫はそう言うとガシャンガシャンと義手を変形させ、左腕を銃に変えてしまった。


 何それかっけぇ!!映画のCGでしか見たことない!!


 ........じゃなくて、命の保証が無いのか。


 アンノウンとなってしまった時点で、人権が無いと言うのは何となく察している。


 ある程度の生活はさせて貰えているが、いきなりその生活が崩れる時が来るかもしれない。


 そう考えると、同じアンノウンだと言う彼女の属する組織にいた方が結果的に安全か?


 見たところ、割と自由にやらせてもらっているらしいしな。


 少なくとも、この施設の中を歩けるだけの権利は手に入れられる。


 現状信頼できるのは彼女しかいないし、早計すぎる気もするがここは賭けに出よう。


「わかった。その提案に乗るよ」

「賢い選択だ。頭の回転が早いね」


 ニィと笑った雫は、そう言うと開いたままの扉に手を伸ばし俺に告げた。


「ようこそu機動部隊へ。隊長である私は、君の入隊を歓迎しよう」


 この選択が吉と出るか凶と出るか。それは未来にしか分からない。

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