研究対象
この世界に異常現象をもたらす存在“アンノウン”。
俺は、その現象に出会ってしまった被害者だけでなく、その異常現象その物になってしまったらしい。
一旦頭の中を整理するために寝たら、ここまでが夢でしたなんて期待もしていたが、目が覚めるとそこは先程と同じ部屋。
俺は軽い落胆と共に今後の事を考えていた。
俺自身がアンノウンとなってしまった事実をまだ受け止めきれていないが、なってしまったものはどうしようもない。
時間を巻き戻してくれるような便利アイテムなんてものは無いし、願って降ってくるようなものでも無い。
ここで俺が取れる選択肢は二つ。
従順に従うか、逃げ出すかの二択である。
従順に従った場合、俺は非人道的な研究をされるかもしれない。イメージでしかないが、こういう組織が研究対象に優しくしているイメージはない。
ならば逃げ出す選択も考えられるのだが、逃げ出した場合はまず間違いなくいつもの生活は出来ないだろう。
異常現象を人々から遠ざける保護することを目的とした組織が、その異常現象を野放しにするはずもない。
つまり、どちらにせよ普段通りの生活をする事は出来ないのだ。
家に帰って、家族と話しながら食卓を囲むことも、家に帰って、勉強を後回しにしてゲームをやるのも。
既に俺には遠い存在となってしまっているのである。
「そもそも、逃げ出すとしてもこの建物の構造が分からないしな........暫くは大人しくするしかないのか」
逃げるにしても情報が必要。運が良ければ、従順な選択でも人間らしい生活が出来るかもしれない。
結局、俺は第三の選択肢“様子見”をするしか無かった。
『やぁ。目が覚めたみたいだね。おはよう。気分はどうだい?』
「これが夢であって欲しかったね」
『ハッハッハ!!冗談が言えるってことは、元気そうだな!!良かった良かった』
目が覚めてしばらく経つと、この前話しかけてきた元気のいい女の声が聞こえてくる。
現状、唯一の話し相手だ。上手く情報を引き出せたりしないだろうか?
『昨日は........あー、確か君がアンノウンとしてこの部屋に閉じ込められていると言う所まで話したかな?』
「そうだね。で、俺はふて寝した」
『アッハッハ!!可愛いじゃないか。さて、昨日は君の現状について話したが、今日はこちらが質問させてもらう番だ。悪いね』
声の主はそう言うと、俺にいくつもの質問をしてきた。
自分の名前や年齢、身長や体重と言った基本的な話はもちろん、“神は存在すると思うか?”とか“人を殺すことは良いことか悪いことか?”と言った意図が読めない質問まで。
その数は50を軽く超えていただろう。
俺はそれに対して、嘘偽りなく答えた。
『それじゃ、最後の質問だ。アンノウンについてどう思う?』
「まだ何も知らないからなんとも。少なくとも、俺の人生を狂わせてくれたクソだってのは分かる」
『........なるほど。あながち間違っては無いね。ありがとう。コレで質問は終了だ。お疲れ様』
俺が最後の質問に答えると、声の主は礼を言う。
俺は彼女が消える前に質問した。
「こちらからの質問は受け付けていないのか?」
『残念ながら、受け付けていない。あ、ご飯とかはちゃんとそっちに持っていくから、安心してくれ』
「テレビを見るのは?」
『いいぞ。なんなら見たいアニメのブルーレイまで手配してやろう』
「いや流石にそれは遠慮しておくよ」
『分かった。ちなみに、ご飯は何が食べたいとかある?』
「........ハンバーガーとポテトが食べたい」
『若いねぇ。分かった。手配させよう』
それ以降、彼女の声は聞こえなくなってしまった。
また1人か。とりあえずテレビでも見て暇を潰すとしよう。
テレビの電源をつけて、適当な番組を映す。
今日は土曜日か。という事は、俺があの現象に巻き込まれてから一日は経過していると言うことになる。
両親は心配しているのだろうか?いや、この組織が何らかの手を打っている可能性が高そうだな。
警察に駆け込まれて騒がれるのは組織も望んでいないだろう。
その手段は分からないが、異常現象と戦う組織なら想像もつかない技術でアレコレできるのかもしれない。
「はぁ........テレビってつまんねぇな。やっぱり適当なアニメでも持ってきてもらうべきだったか?」
いつもならばそれなりに楽しく見れていたはずのバライティ番組も、今日ばかりは死ぬ程つまらなく感じる。
今日は退屈な一日になりそうだ。
俺はそう思いながら、ハンバーガーとポテトを待つのであった。
........ドリンクの指定をしてないけど、流石に炭酸飲料を持ってきてくれるよな?
【アンノウン】
アノマリーの呼び方。現代では考えられない異常現象や異常存在を纏めて“アンノウン(正体不明)”と呼び、番号を与えて管理している(Ujp-○○-○○と言った感じに)。
翌日。俺は収容されていた部屋を出ることとなった。
理由は身体検査の為。
コンコンとドアをノックされたと思えば、この二日間会話していた女の声が聞こえ“散歩の時間だ!!”とか言いながらドアを思いっきり蹴っ飛ばしてきたのだから、驚かない方が無理な話である。
「はい吸ってー。呼吸を止める!!」
「んッ........」
身体検査の為、レントゲンやらMRIと言ったよく見る機器を使ったり、俺の知らないよく分からない機械を使ったりと、とにかく俺の体は隅から隅まで検査される。
しかし落ち着かない。本当に落ち着かない。
検査されることに落ち着かないのではない。
問題は、俺の周囲を囲む人々の姿である。
俺と会話をしていた女はかなりラフな格好で、ダルダルのシャツを着て膝下まで隠れるズボンを履き、サンダルをペタペタと鳴らしながら歩く。
見た目はかなりの美人であり、身長は178cm程度とかなり高く、スタイルもいい。髪は長めで背中を隠す程。少し特徴的なのは赤のインナーカラーを入れているという事だろうか。
後は左腕が義手である。
ゴリゴリのメカニックな黒い義手をつけており、ちょっと男心を擽った。流石に“かっこいいね”とか言うつもりは無いが。
俺は地雷原でタップダンスを踊る趣味は持っていない。
それはまぁいい。冬が到来する時期だと言うのに、夏真っ盛りな格好をしているのは違和感が凄いが、本人の自由だしな。
問題は、彼女が引き連れていた人々である。
人々というか、軍人。
二つの丸い円柱が特徴的なガスマスクや、頭を守るためのヘルメットはもちろん、その手には明らかに現代の銃火器が握られているとなれば落ち着くはずもない。
すいません。銃刀法違反って知ってます?
アサルトライフルを手に持った連中に囲まれながら移動するのは、あまりにも心臓に悪かった。
怖いよ。いや流石に怖すぎる。
「はい。ありがとうございましたー」
よく分からない検査のひとつが終わり、俺は服を着て開放される。
でもこの後もまだ検査があるんだよな........
「はぁ........」
「おいおいどうした茜。随分と顔が落ち込んでいるじゃないか」
「俺が少しでも怪しい動きをしたら、銃を構えてくる奴らに囲まれている恐怖が分からないのか?」
「ハッハッハ!!仕方がないだろう?今はまだ君の安全性が確認された訳じゃないからね。急に暴れられても鎮圧できるようにしているのさ」
こんな銃火器に囲まれた状態で暴れようとは思えないよ。少しでも敵対的な行動を取ったら蜂の巣じゃないか。
この3日間で俺は、普通に生きていは経験しえない事を経験している。経験もしたくないことを。
「そういえば、あんたの名前を聞いてないな。名前は?」
「ん?あれ?自己紹介してなかったっけ?」
「少なくとも俺の記憶にある限りはしてないな」
「したつもりでいたわ。ごめんごめん。私は雨宮雫さ。その内私と仕事をすることになる。よろしく」
「........?」
俺はこの時彼女が言った言葉の意味が分からず首を傾げたが、その言葉の意味を理解する時は割と早く来るのであった。
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