収容


 ........


 ........


 はっ!!


 目が覚める。


 俺は目が覚めると同時に自分の身体を触り、そして五体満足である事を確認して静かに溜息を着いた。


 良かった。生きてる。


 夢にしてはリアルだったな。非現実的な世界に急に入り込んだかと思えば、最後は下からガブリ。


 稀に自分が死ぬ夢を見るのだが、ここまでリアルな感覚を味わったのは初めてだ。


 何だ何だ。夢じゃないか。


 びっくりして損したと思うと同時に、夢でよかったと思いながら俺はベッドから出ようとして気がついた。


 ここ、何処だ?


 12畳ほどの小さな部屋。ベッドやテレビが置かれており、清潔感溢れる部屋ではあるのだが、ここは俺の知る部屋じゃない。


 もしも、今見てきた物が夢であった場合、俺が目覚めるのは自分の家のベッドである。


 断じて、この様な場所で目覚めることは無い。


「つまり、あれは現実だった........?」


 あの訳の分からない光景は、全て現実のもので、俺は最後サメに食われて死んだのか?


 もしかして、ここは天国なのか?それにしては、現代的過ぎる気もするんだけど........


『Ujp-01-98“スノーシャークマン”、おはようございます。気分はどうですか?』


 ここが天国なのか、それとも現実なのか。それすら分からない状況に陥っていると、どこからともなく声が聞こえてくる。


 俺は声の出処を探ろうとキョロキョロと辺りを見渡したが、音の方向が分からなかった為に出処を探し当てることは出来なかった。


 それと、Ujp-01-74“スノーシャークマン”とは一体何のことだ?


『失礼。まだ困惑されているようですね。竜胆茜様。気分はどうですか?』


 今度は俺の名前が呼ばれる。


 え、怖っ........なんで俺の名前を知ってるんだこの人は。


 顔を分からない、声も聞いたことがない相手にいきなり自分の名前を言われると、人は恐怖を感じるらしい。


 今日は、人間としての本能をよく味わう日だ。


『まだ混乱なされている様子ですね。ですが、今のあなたの状況を調べる上でこのやり取りは欠かせません。何か反応していただけませんか?それとも、言葉を話せないのですか?』

「あ、いえ。話せます........」


 若干圧のある質問。俺は、この声の主の事を怖く思いながら、取り敢えず応えた。


 と言うか、俺がここで話して声を拾えるのか?


『ありがとうございます。それでは────あっ、ちょっ!!何勝手に入ってきてるんですか!!』

『あん?ウチのおバカなポンコツ野郎メガネが、私がいない間にポカやらかしたって聞いてな。その被害者を見に来ただけだっての』

『なら、なぜマイクを取るのですか?!』

『そりゃ、そこの被害者と会話したいからな。ほら、ちゃんと許可は取ってきたぞ』

『んなっ!!』


 何やら声が騒がしい。俺はこの状況をどうしたらいいのか分からず、再びベッドに腰を下ろすしか無かった。


 何が何だかサッパリだ。今の現状を説明してくれる人が欲しい。


『ハッハッハ!!今の現状を説明してくれって顔だな』

「........!!」


 優しそうなお姉さんからちょっと気の強そうなお姉さんに声が変わると、その声は俺の考えていることを見事当ててきた。


『当たりって顔に書いてあるぞ。んじゃ、私の所の部下がやらかしちゃったし、そのお詫びも兼ねて色々と説明してやろう。とは言っても、全部は話せない。君は今、研究される側の言わば実験体モルモットだからね』

「もる、もっと........?」


 俺が実験体?俺が?何故?


 俺はただの人間であり、実験されるような事は何一つない。


 いや、ただの人間を実験台にするヤベー組織なのか?ここは。


 さらに頭の中がグチャグチャになっていく中、声は俺を落ち着かせる様に静かに話し始める。


『いいか、落ち着いて私の話を聞け。まず、君が出会った雪のサメは覚えているかい?』

「あ、あぁ。覚えてる」

『OKいい子だ。ちゃんと会話が成り立ちそうだな。その雪のサメ、少なくとも君の知る現代では起こりえない現象だよな?』

「そうだな」


 急に吹雪の中に攫われて、雪のサメに襲われるのがこの世界の常識ならば、その世界は俺の知っている地球ではない。


 少なくとも、俺が生きてきた地球は、雪が勝手に動きだしてサメの形を作り、人を襲うなんて事はしないのだ。


『しかし、それは現実として起こった。明らかな異常現象。つまり、アノマリーが引き起こされたという訳だ。私達はそれを“アンノウン”と呼んでいる。そして、私達の組織は、そのアンノウンを人々から遠ざけて守るのがお仕事という訳だ』

「そんな組織、聞いたこともないな」

『当たり前だろう?そんな存在が世にいるなんて知られれば、世界中は大混乱だ。世界中の陰謀論者は歓喜してある事ないこと書きまくり、オカルト好きの連中は悪魔召喚を始めるだろうよ。情報統制も組織の仕事だ』


 明らかな異常現象。少なくとも一般的な常識では推し量れないアノマリーと言う存在。


 そんなものが実在するとなれば、確かに世界は混乱の渦に包まれる。強気なお姉さんが言った通り、陰謀論者は世界が裏で支配されている事を書くだろうし、オカルト好きの連中は悪魔か天使の召喚を始めるだろう。


 世紀末だな。まだモヒカンが火炎放射をぶっぱなしている方が、健全かもしれん。


 このやり取りのお陰か、少しばかり緊張と混乱が溶けた俺はベッドに寝転がる。


「世の中、知らなくてもいいこともあるって事か」

『そういう事。人は必要以上の事を知る必要は無いんだよ。好奇心で深淵を覗くのはやめた方がいい。さて、アンノウンという存在がどのようなものなのか、大まかなものは分かってくれただろう。そして、私達の大まかな仕事も。では、本題だ。なぜ君が私達の組織に収容されているのかと言うところだな』

「実際にその異常現象に立ち会った生き残りだから?」

『それも正しいが、違う。君はもっと大きな価値を持っている』

「........?」


 俺はあの助けれてくれたメガネの人の言葉を思い出して、自分が証人としてここにいるのでは?と考えた。


 しかし、それは正しい答えでは無いらしい。


 そう言えば、俺の事をさっき“実験台モルモット”と言っていたよな?


 解明できない異常現象を、何とかして解明したい。


 ならどうする?


 その異常現象を捕まえて、実験体とするだろう。


 観測して、色々と試して、その異常現象の謎を解き明かす。


 最初の困惑が大きく、頭が回っていなかったが、少し考えれば小学生でも分かる事だ。


 つまり俺は........


「俺は、俺そのものが異常現象となった........とか?」

『おぉ、頭の回転がかなり早いな。正解だ。君は、あの異常現象に巻き込まれて君自身が異常現象の一つとなってしまったんだよ。だから、私達も君をこうして収容せざるを得なくなった。マイク越しだが、部下の代わりに謝罪する。済まない』

「........」


 その謝罪は、確かに俺に対して申し訳なく思っている心からの謝罪であった。


 マイクの向こう側は見えないが、しっかりと頭を下げて謝罪しているのが伝わってくる。


 俺は、許す許さない以前に、俺自身が未知の現象の一つとなってしまったという事に軽いショックを受けていた。


 俺が異常現象?訳が分からないよ。


 そして、この後起こりうるであろう事を考えるが、こんな人生で一度も経験しないであろう事態の今後など予想できるはずもない。


「まぁ、なっちまったもんは仕方がないのか........取り敢えず寝よう。一旦頭を整理したい」

『........また、君が目覚めた時にお邪魔させてもらうとしよう。今はゆっくり休んでくれ』


 俺はそう言うと、今後のとこは一旦何も考えず現実から逃げるように夢の世界へと向かうのであった。


 これから俺はどうなってしまうんだ。願わくばこの組織が人道的で人間の倫理に違反しない組織でありますように。

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