託された物

 香川県は高松市の7月中旬の朝。

 薄暗さが晴れてきたばかりの空から太陽の光が眩いばかりに照らされる。

 部屋の窓から差し込む光と、同じタイミングで鳴り響いた携帯電話の目覚ましによって一人の女の子が目を覚ました。


「ふわぁ……」


 気の抜けた声を出し、重たく感じる瞼をゆっくりと開ける少女は渋々と半身をゆっくり起こす。

 目を擦らせてぼんやりとした視界がくっきりしたの確認すると、そのまま彼女はのろのろと歩き出した。


 ドアを開け、階段を降りて行くと次第に食欲を刺激するようないい匂いが少女の鼻腔を通り抜ける。

 朝食の気配を感じた少女は少し足早になり、さっきよりも元気にドアを開ける。


「お母さん、おはよう」


 少女は自分の母親に朝の挨拶を交わす。


「あら三玖、おはよう」


 三玖と呼ばれた少女は食卓に自分のご飯が用意されているのを確認するとそのまま席に着いた。

「いただきます」と手を合わせた後に彼女は鮭の塩焼きから手を付け、ご飯から味噌汁へと口にしていく。


「そういえば、お父さんは?」


 味噌汁を飲み、口の中を空にした三玖は母親に父親の所在を訪ねた。


「お父さんならもう仕事に行ったわよ。今日は早出しないといけないんですって」


「そうなんだ…お父さんも大変だなぁ」


 他愛もない会話を交わす2人。

 会話が終わって一息ついて、再び食事を再開しようとした時。


「それでは、ここからイベントに関するニュースです!」


 かけっぱなしにしていたテレビからニュースコーナーに合わせてテンションを上げて喋り出したキャスターの声が、三玖の意識を食事から逸らした。


 彼女はそのまま視線をテレビへと移す。


「今、全国で人気を博している公道レースが8月15日、香川県の高松市にて開催されます!このレースに参加を希望される方が多数…」


 意気揚々と流れるように喋り続けるキャスターの声を遮るように、三玖の母親は言葉を発する。


「裕一なら、このイベントに絶対行ってただろうねぇ」


 はつらつとしながらもどこかしんみりとした声色で三玖に語りかけた。


「そうだね…お兄ちゃんなら喜んで行ってたと思う」


 何かを考えたのか、三玖は言葉を一度は詰まらせながら自身の母からの問いかけに答えた。

 その言葉にもまた、寂しさを感じるものがあった。


 その影響か三玖は先程よりもペースを上げてご飯を次々へと食べていき、やがて完食へと至った。


「ごちそうさまでした」


 空になった容器を手に持ち、三玖はそのままシンクへと向かった。

 蛇口を捻り水が出てきたを確認し、皿洗いを始める。


「今日も出かけるの?」


 三玖の母親が、再び彼女に問いかけた。


「うん、とにかく慣れないとね」


 洗っている食器から目を離すことなく、三玖は自分の母親にどことなく意味深な言葉を返した。


「気をつけてね。まだ乗り始めたばかりなんだから」


「うん、ありがとうお母さん」


 会話を交える内に食器を洗い終わった三玖。

 そのまま近くの洗面所に向い、洗顔と歯磨きに取り掛かった。


 鏡に映る自分の姿を見て、三玖は少しため息を吐く。

 彼女はスタスタと自分の部屋に戻り、寝間着からカジュアルな服へと着替えて外出の準備を済ます。


 最後に靴下を履き終わると部屋の机に置いてあるクルマの鍵を手にし、玄関へと向かう。


「行ってきま〜す」


 一部屋を跨いで伝わる母親の「いってらっしゃーい」という声が聞こえた事を確認した三玖は、玄関のドアを開けて夏の外の世界へと飛び出した。


「暑い…」


 日が出て間もないというのに、主張してくる暑さと湿っぽさに嫌気を感じながら、三玖は家の駐車場まで歩く。


 そして一台のクルマの前に立つと、三玖は「おはよ」とそのクルマに声を掛けた。


 それはかつて彼女の兄から託された大事なものもの。


 おおよそ30年という時の重みを感じさせない、深紅の如く光り輝く赤を纏ったFC3S型マツダ サバンナRX-7である──────。










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ドリフト-夢、翔ける者- カズマックス @kazuma432RS

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