華麗なる貴族令嬢たちの恋舞曲(ワルツ)
風雅ありす@『宝石獣』カクコン参加中💎
第一楽章 物語の魔法
♯1『秘密の恋』
私は、なぜ筆をとるのだろう。
それはもちろん、物語を書くことが好きだからだ。
物語には、夢がある。希望がある。そして、悲しみも……。
時に、私の書いた物語が誰かを傷つけてしまうこともある。自分自身をも……もしそうなれば、私は筆を折ってしまうかもしれない。
そのことを考えると今でも手が震える。
しかし、それでもやはり私は、筆をとらずにいられないのだ。
身の内から溢れ出すこの想いを、文字に書き記さなければ息もできないほどに苦しいのだ。
物語は、誰かのために生み出されたもの。その誰かを想う心が魔法になる。
そして、その魔法には、人を幸せにする力がある。
その本当の意味に気付いた時、私には、この魔法を使って幸せにしたい人がいた。
それが私に出来る唯一無二の魔法。
だから私は、物語を書く。
例え、物語の結末が私の望むものではなかったとしても。
あの人を幸せにすることができる物語なら、それは私の幸せでもあるから。
私にとって物語とは特別で、かけがえのない魔法なのだ。
これは、そんな私があなたのために綴る、幸せへと続く物語だ。
♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫
うららかな午後の陽射しが窓から射し込み、部屋の中を明るく照らしている。
ヒーストーン家の応接間で、楽しそうな一組の男女の笑い声が優しく響く。
長椅子に並んで座り、楽しそうにおしゃべりをしているのは、姉のマイカと、彼女の恋人であるロディ――ロディウス・ムーア伯爵だ。
二人は、互いを見つめ合いながら、風の囁き程度の言葉を交わす。何を喋っているのか、私が腰掛けている一人用の椅子までは届いてこない。
ロディが何か言えば、それに対してマイカが笑う。そんなマイカを見て、ロディは幸せそうに微笑むのだ。
(まるで絵本に出てくるお姫様と王子様ね……)
私は、読みかけの本から顔をあげることなく二人を観察する。
今年十六歳になるマイカと、十八歳のロディは、どちらも美男美女で、誰が見てもお似合いのカップルだ。そこに私の入り込む隙はない。
マイカは、四姉妹の中でも一番の器量よしで優しい性格をしている。ただ生まれた時から身体が病弱で、あまり外へ出ることはできない。
ロディは、そんなマイカの身体をいつも気遣いながら、こうして部屋の中で歓談したり、調子の良い時には庭でお茶をしたりする。
二人の楽しそうな様子を見ていると私は、なぜか胸がざわざとして落ち着かない。
マイカが幸せなのは私も嬉しい。でも、マイカを見て微笑むロディを見るのは、胸が詰まるのだ。見たいようで見たくない……複雑な気持ち。胸の奥がきゅうと締め付けられるのに、つい目で追ってしまう。そして、そんな自分に気付いてイライラする。
それでも私が部屋を出ていかないのは、最初にここで座っていたのが私だからだ。二人の方が後からやってきたのに、どうして私が部屋を出ていかなければいけないのか。
兄のアイオライトは、二人に気を利かせて、弟と妹を連れて散歩に行くと言い家を出て行った。私も誘われたが、もちろん断った。
だってそんなの、おかしいじゃない。ここは、私の家でもあるのだから。
それに、いくらロディが紳士で、互いに幼い頃から気心を知っているとはいえ、未婚の男女を密室で二人きりにするなんて、非常識にもほどがある。
アイオライトは、次男でロディの親友でもあるから、そのへんの常識に甘いのだ。
婦人会に出掛けた母のダイアナが早く帰ってこないかと、玄関の方へ耳をすましてみるけれど、今のところその気配はない。
(巨人がやってきて、この家を押しつぶさない限り、ここを出ていくもんですか)
そう意気込んではいたものの、せっかちな私は、結局しびれを切らして本を閉じた。
そして、部屋の片隅に置いてあるグランドピアノへ近づくと、そっと蓋を開けて、白と黒の鍵盤に指を添える。
グランドピアノから奏でる軽やかなメロディが空気に溶け込み、部屋を満たしてゆく。
軽快なテンポと明るい曲調。でも、どこか切なく胸を打つ。
ピアノは令嬢としての嗜み。それでも、姉妹の中では私が一番うまい自信がある。
それなのにマイカとロディは、互いから目を離さない。まるで世界に二人しかいないかのように。
私もここにいるのに、二人にとって私はいないも同然なのだ。
「ジュリー、少し音を下げてちょうだい」
マイカがそう言うのを、聞こえないふりをして鍵盤をたたき続けた。
私は、ここにいる。私は、ここにいる……。
私は、ジュリアンヌ。ヒーストーン家の三女だ。
∮ ∮ ∮
マイカとロディが婚約した。
ロディとは、幼い頃から家族ぐるみで親しくしていたから、両家一同、喜びのムードに包まれた。ただ、会食の間中、私一人だけがむっとした顔でうつむいていた。
いつかこんな日がくるのだろうとはわかっていたけれど、いざその日が来てみると、いかに自分が浅はかで高慢であったかを思い知らされただけだった。
ロディは、マイカのもの。私が想いを寄せてはいけない人。
現実は、物語のようにうまくいかないのだ。
それ以来、私は、ロディを露骨に避けるようになった。幸せそうな二人を見るだけで、気が滅入った。だから、日中は応接間へ行かず、庭で本を読んで過ごすことが多くなった。
毎晩毎晩、早くこの気持ちにフタをして、朝目覚めたら消えていればいいと祈りながら眠った。
でも、朝目覚めてまず頭に浮かぶのは、ロディの柔らかな笑みと、癖のあるウォルナットの髪―――私は、声に出せない叫びを枕にぶつけるしかないのだ。
そんなある日、庭から自分の部屋へ戻ろうと玄関を通った時、マイカのお見舞いに来ていたロディと鉢合わせた。
慌てて視線を逸らし、踵を返そうとしたところ、後ろからロディに腕を掴まれた。
振り返れば、すぐ目の前にヘーゼルの瞳があり、私は息を飲んだ。
初めて会った時も、この碧と茶の入り混じった不思議な光彩に目を奪われた。ただ美しいだけでなく、ロディは四つ年下の私に対しても紳士で優しかった。
「ジュリアンヌ。どうして俺を避けるんだ? 俺はマイカの婚約者で、そのうち君の義理の兄になる。俺は、君とも、ヒーストーン家のみんなと仲良くしたいと思っている」
私は、ロディの優しさから目を逸らして答える。
「それは、あなたがマイカの婚約者だからよ」
その言葉をロディがどう受け取ったのか。私は、後で知ることになる。
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