倦怠期

「この倦怠気味のカップルは 一週間前まで」


という書き出しで始まる傑作漫画がある。

にざかなの『メロメロ』という恋愛短編集の第2話だ。

初めて読んだのは10年以上前だが、非常に心に残り、その後も何度も読み返した。

ほんの8ページほどに、カップルの出会いから現在までの波乱な経過が綴られる。そして最後の1ページの「どんでん返し」で、なぜ倦怠期に陥ってしまったかが明かされるのだ。


そのカップルは、一見するとただの美男美女のカップルである。

だが一週間前まで、男は20代にして髪の毛がすべて抜け落ちており、逆に女は引きずるほどの長い髪をしていた。

二人がそんな特徴的な髪になったのにはそれ相応の理由があり、また二人が互いに惹かれたのも、そんな髪になってしまった二人の心の弱さと優しさが理由だった。

だが、二人はその髪によって問題が絶えなかった。そして、髪さえなんとかすれば問題が解決することも明白だった。しかしそのためには、二人は己の弱さ、過去、トラウマを克服しなくてはならない。

お互いを思う気持ちの強さで、二人はついに髪の問題解決に挑むのだが……。


お互いを愛するがゆえにすれ違い、愛するがゆえにそれを解決しようとする。しかし皮肉にも、その解決策が原因で、二人は倦怠期に陥ってしまうのである。


だが、倦怠期まで至ったカップルは、それなりに長く続いたカップルだ。それまでに何度も喧嘩をしたり、うまくいかなかったこともたくさんあった。それらを、お互いを思う気持ちで乗り越えてきたからこその倦怠期である。


それまでのトラブルが動のトラブルなら、倦怠期は静のトラブルと言えよう。静かに、気付かぬ間に訪れるから、解決するためのきっかけ作りが難しい。今までのトラブルとは性質が違い過ぎて、これまでの解決策も通用しない。

それになんといっても、倦怠期は平和ではある。動のトラブルが生じないという意味で。

無理に解決して昔のようなトラブルを起こすくらいなら、今のままでいいんじゃないか――そんな風に思ってしまうと、いよいよ倦怠期からは抜け出せない。


この漫画のカップルは、このあとどうなるのだろうか。残念ながら作中では描かれない。しかし、問題の解決のために自分自身を切り捨てることすらできた二人である。静のトラブルを、トラブルだと認識さえできれば、きっと幸せな時間を取り戻すことができるだろう。


『メロメロ』は、残念ながら単行本化していないが、今回の話は同作者の漫画『B.B.Joker』の第2巻に収録されている。紙の本は入手が難しいが、Amazonやhontoなどで電子書籍版が販売されている。

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