第57話 廃屋の影
「このボロっちい家っつうか――、空き家だよな? ここにユミがいるってのか?」
シエルがユミの香りを辿って行き着いたのは、人の手が離れて久しいであろう朽ち果てた民家の前。その周辺含めて人の気配はまるで感じなかったが、シエルの嗅覚は間違いなくここと示しているのだ。
「ユミの匂いはここからします! 近くにいるのは間違いありません!」
「シエルよお? 理由はわからんけど、オレら一応追われてるっぽいんだからよ、声はもうちょいおとせって……」
リックに言われシエルは今さらのように両手で口を塞いで見せる。彼はそれを見て苦笑いを浮かべるのだった。
ただ、今この瞬間に限ってはシエルの声は良い方に働いたかもしれなかった。
「――その声……。そこにいるのはシエル? それにリックなのか?」
あばら家の中から聞こえてきたのは、聞き違えるはずもなくユミの声。しかし、なぜかその声は仲間たちの知る彼女の威厳や自信に満ちた雰囲気がなく、とてもとても弱弱しいものだった。
シエルは今さらながら音に気を付けて声のするボロ家の中へと足を踏み入れる。その後ろを周囲を見回しながらリックも続いた。
外は夜の闇が包んでいる。その中でも月明かりも星の光も届かない朽ちた廃屋の、さらに暗い隅っこにユミは身を屈めていた。
一目見てシエルもリックも声を失った。それは容姿も声も間違いなく「ユミ・アズール」なのだが、虚ろな目や縮こまった姿がまるで別人のそれだったからだ。
「おっ、おい、ユミ――、だよな? 一体どうした? 大丈夫か?」
見たところ、ユミが傷を負っている様子はない。それでもリックは彼女のその異様な変化に「大丈夫か?」と尋ねずにはいられなかった。
しかし、尋ねられたユミは誰が見ても「大丈夫」ではなかった。焦点の定まらない目をシエルとリックの交互に向けたまま、口をぱくぱくと動かしている。でも、それは言葉になっていないのだ。
「ユミ! ユミ!? どうしたんですか!? なにかあったんですか!? なにがあったんですか!?」
思わず声を上げ、ユミの両肩に手を乗せて問い掛けるシエル。すると、彼女は今にも泣きだしそうな瞳でシエルを見つめ口元を震わせていた。
「ああ……、シエル。わっ、私は――、私はどうしたら? どうしたらいいんだ? 私が……、私は……。私のせいで!」
ユミは動揺していた。それは明らかに異常なほどに。
これまで見てきた姿からは想像できないユミの姿にリックも動揺を隠せないでいた。顔を引きつらせ言葉を失ってしまっている。
そんな中、シエルは力いっぱいユミを抱き寄せた。腕と尻尾を使って彼女を包み込み、優しく問い掛けている。それは泣きじゃくる我が子を宥める母親のようだった。
「――落ち着いてください、ユミ。あたしたちがついています。あたしたちが一緒だから……。どうか、その心を落ち着かせてください」
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