第16話 ドレス選びは難しい

「可愛い! 世界一綺麗だよ、ルーチェ」

「あ、ありがとう」

「ドレスがすごい似合っている。あなたの為に作られたようだね」

「そうかしら」

「本当にあなたはどれだけ魅力的なんだ。何度でも心を奪われそうだ」

「……うぅ、は、恥ずかしい」

「せっかくの綺麗な姿を隠さないでほしい。私は今、あなたの姿を目に焼き付けようとしているんだ。一生の思い出だよ」


 ドレスを試着し始めてから、クラウスの過剰なまでの褒めが止まらない。店員はにこにこと見守るばかり。紡がれる言葉に、ルーチェは目眩がしそうだった。


「本当にどれも似合っていて素敵だよ。やっぱり一着に決められないし、せっかくだから十年くらい月一で結婚式をやろうか」

「クラウス、結婚式は一回でいいと思うの」

「そう? ルーチェがそういうのなら。じゃあお披露目パーティで何回か着替えるかい?」

「それはちょっと疲れてしまうわ」

「普段着に買おうか。花嫁姿のルーチェが出迎えてくれるだなんて、天の国に昇天しそうだ」

「結婚式のドレスは、特別なものだから」

「あなたといる毎日が特別だよ」

 隙があればクラウスは、ひたすらルーチェに甘い言葉を囁き続けている。試着の時だけでもかなりだったのに、さらに追加が来るなんて。


(この人、息をするように褒めてくるけど。嫌味な感じがまったくしないのが不思議だわ)


 クラウスの青い目はキラキラとしていて、本心から語っているように見える。だからこそルーチェは、恥ずかしくって堪らない。こんなふうに人から言葉をかけられたことなど皆無だ。


(もう一生分をもらったような気がする)


「奥様、一旦休憩にいたしましょうか。お茶をお持ちします」

「ええ、お願い」

 ふうと大きな息を吐くルーチェを見て、疲れさせてしまったかなとクラウスは心配そうに尋ねてきた。

「少しだけ。私、ドレスを選ぶなんて経験がないから」

 この前の店を買った時は、全てがルーチェのものだと言われたので、選んで買ったわけではない。今回は流石に店を買うわけではなさそうなので、少しだけ安心しているけれども。慣れないことをするとどうしても、精神的な疲労があった。

「そう、ならゆっくり選ぼう。今日中に決めなくたっていいんだ。一年でも二年でも、好きなだけ悩んでいいよ」

「あまり悩み過ぎたら、結婚式のドレスが似合わない年になるわ」

「ルーチェ、あなたは幾つになっても魅力的だよ」

 微笑むクラウスの顔を見ていられなくなったルーチェは、店員が持ってきたお茶を飲むことで気持ちを落ち着けた。





***




 ルーチェは結局、ドレスを選ぶことができなかった。選べなかったと言うのが正しい。

 これが着たいという希望がないルーチェは、クラウスが気に入ったものにしようとしたけれど。

 それだと店ごと買うことになるし、月一で結婚式を挙げると言うあり得ないことが現実味を帯びたので、もう少し悩みたいと言ってその場を濁した。

「どのドレスも素敵だったから、店を買おうか」

「クラウス、一旦落ち着きましょう。ね?」

 ルーチェはクラウスを制止して、店の購入を即座に断った。

 代わりに、またクラウスとドレスを見にきたいと提案すると、満面の笑みで毎日行こうと言われた。

「毎日は、あなたの仕事の邪魔になるわ」

「大丈夫だよ、ルーチェ。あなたが眠っている間に、仕事は全部片付けるから、安心して」

 何も安心できないことをクラウスが言うので、ルーチェは寝室に一人取り残されるのは寂しいことを伝えた。

 昔からルーチェは、家族という枠組みの中で、蚊帳の外なのだ。一人になってしまうと、クラウスへの疑念が次から次へと湧き上がって、不安で仕方がない。


 だからクラウスの腕の中で、安心して眠りたいと思うのだ。


 ルーチェが素直に言葉にして伝えると、クラウスは真剣な面持ちで言った。

「私が間違っていたよ、ルーチェ」

「クラウス、どうか体を壊さないようにしてね」

「もちろんだ! 医師を集めて研究所を作ることにするよ」

 クラウスが何を言っているのかわからず、ルーチェは首を傾げるしかない。でも下手に何か言うと、またとんでもないことを言い出しそうだったので、ルーチェは黙った。


「せっかく街へ出てきたのなら、何か食べてから帰るかい?」


 今度はまともな提案だったので、ルーチェはホッと笑顔を浮かべて頷いた。

「この近くに、美味しい魚料理の店があるんだ。ルーチェは魚、好きかい?」

「ええ、特に嫌いなものはないわ」

「お祖父様お気に入りの店なんだよ。魚が好きだから、海の近くで隠居を決めたんだ」

 間違いないと、クラウスは苦々しい表情を浮かべて言った。それがまるで不貞腐れているようだったから、ルーチェは思わず笑ってしまう。

「笑い事じゃないよ、ルーチェ。あの爺さんは食い意地が張っているくせに、口うるさいから面倒なんだ。……ああ、着いたよ。ここだ」

 クラウスにエスコートされ、ルーチェは店へと足を踏み入れた。

 店内は高級感あふれるというよりは、どこか大衆向けで心地良い雰囲気だ。店内にいる客は笑顔を浮かべて食事をとっていた。

 店員は奥の席へと案内してくれ、ルーチェはクラウスの祖父が気に入っている魚を揚げた料理と、魚と貝を煮込んだスープを頼んだ。そのほかに何品かクラウスが追加で頼んでいて、テーブルの上は料理でいっぱいになる。

「どれも美味しいから、おすすめだよ」

「……っ!」

 一口食べたルーチェは、その通りだと思い、無言でこくこくと頷いてしまった。すぐにはしたない行動だったかもと後悔しそうになったが、クラウスは気にした様子もなく、食事を続けている。

「美味しいものを食べているルーチェは、すごく可愛らしいよ」

(また、そういうことを言うのだから)

 恥ずかしくなったルーチェは、少しだけ顔を俯けた。



「なんで入れないんだ!? 金なら払うと言っているだろう。とっとと席を開けるんだ」



 ――不意に聞こえてきた不躾な声に、ルーチェは体をびくりと震わせた。


(嘘、なんで? なんで……)


 ルーチェは青褪めながらも、揉めている声のする出入り口へと視線を向けた。


(兄さんだわ)


 そこには、ルーチェの兄であるイデオンの姿があった。

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