恋愛遊戯
怠惰なカメ
第1話
とても重く今にも落ちてしまいそうな暗い天井には果てがなく、手を伸ばしたとしても自分との間にある空間はいったいどれだけ縮まっただろうか。きっと海にコップの水を流すくらいには近づいただろう。俺が天の雫を受け止めきれない状況だと分かっていてか今にも泣きそうな雰囲気を出してきている。今泣かれるわけにはいかない、これから人生をかけたギャンブルに出るのだから。どうせならいつもどおり鏡の様に海を写していれば良いものをなぜ今日に限ってこうなのか、占ってこの日を選んだというのに、最悪だ。
嘆いていると扉の開く音がした。そこには美しい肌に赤い瞳、炎が燃えているかのように迫力のある美女が居た。大きなメロンを揺らし、引き締まった腰をくねらせ、腰まである長い髪をなびかせてこちらに歩いてくる。まるでトラが歩いているように気圧される。俺の前で止まって真っ直ぐな目で俺を見た。
「何の用なの。変な手紙だけ私に投げつけて、いきなり走ってどっか行くなんて何考えているの。」
凛とした瞳を向け尋ねてくる君。俺は自分を鼓舞する様に胸で太鼓を叩き向き合う。すべてを一言に込める様に、自分の考えに考え抜いた愛の咆哮をぶつける。
「好きだ、愛している。」
自分の声がこだましているように聞こえてきた。
「は。いきなりすぎでしょ。」
どうやら響いたらしい。君の驚く声に黄色い色が見える。
「ごめんなさいね。名前すら知らない、話したことすらない、こんなよく知らない変な人とは付き合えないわ。」
そう言い彼女はその場を離れて行く。咆哮のこだまを打ち消して、彼女の言葉に俺の心を支配し地面が歪み辺りが曲がり、上から鳴き声が聞こえ始める。なぜ彼女はいきなりどこかに行ったのだろう。俺の全身で涙を拭うがこの胸はお前の涙を拭く為に用意した訳ではない。わざわざ今日の衣装をクリーニングにまで出したわけでも、良い匂いの香水を買うために懐を切り詰めたわけでも、高い美容院で髪を切り校則違反のワックスまで付けたわけでもない、けしてこいつを慰めるためでは、そうけして違うのだ。
どうやら俺の見ている風景とほかの人が見ているのは違うらしい。音も味も全てにおいてそうだ。そんな違いだらけの俺は本当に人の言葉や行動が正しく受け取れているのだろうか。表情一つ取ってもそうだ。顔色をうかがうというが、正しく受け取れていないのであれば意味をなさないだろう。五感だけじゃない感性も価値観も、俺たちは違う中で共感だの察しろだのと、ほかの者とさも自分が同じかの様に言う。
しかしそれは無理があるだろう。自分はたった一人で全く同じ人などいないのだから。では俺が聞いた相手の言葉は本当に相手の言いたいことをそのまま受け取れているのか、耳という相手とは別のものが、こちらとの間にあるかぎり伝言ゲームの様に相手の言葉を勝手に変えてしまっているのではないだろうか。
実際に都合のいい解釈をして実は違ったという経験はないだろうか。俺は沢山あるつまり人はしっかり相手の感情を汲んでいる様で実は自分のフィルターをとうして解釈しているのではないだろうか。
つまり勘違いだ。そう彼女が言ったこともこの天の涙も全て、俺の悲劇の主人公に成りたいという自分ですら気付かなかった願望が、今のこの状況を見せているに違いない。でなければ振られる理由がわからない。実は今赤ちゃんの心よりも澄んだ天井が広がっているに違いない。そしてきっと彼女はいきなりでびっくりしたのだろう。話したことのない俺と今日初めて話したのだ驚いただけだろう。誰だって初めては緊張する。俺だって緊張で声がラブコールの際に裏返ってしまった。盛大に大きな声で裏返るとかなり聞いてられない声になるらしいことを今日知った。黒板を爪で引っ搔いた様な高い声は初めて出したな。
「は、まさか。」
彼女は、いや、しかしそれしか考えられない。彼女には悪いことをした。誰だって黒板を引っ掻く音は嫌いだろう。今回の失敗は沢山ある。声が緑のリンゴさんの様になったり、天井が泣きそうだったり、練習よりもラブの咆哮が小さかったり、漢らしくもっと大きく低い咆哮が良かったのだろう。そうに違いない。
「そうか、わかった。次こそは成功の為に制服を学ランにしなければ。」
これで次は成功するだろう。そうだよな、俺だってロングスカートよりジーパン派だしな。愛の宣言をもらうなら自分の好きな恰好の奴が良いよな。よし次は彼女の好きなファッションを調べてからもう一度挑戦しよう。そう決意を決めたら次はどうやって調べるかだが簡単だ。ジンに任せればいい。ついでにタオルと傘も借りよう。
俺が下駄箱に行くと目標の前で立っている奴がいる。どうやら俺に愛の手紙でも送りに来たのだろう。仕方ないな、ほんとに俺は罪な男だ。だが心に決めた人がいるからな。思いには答えられないだろう。さてあいつがいなくなるまで待つか。
五分程たったが未だに帰らないそれどころか下駄箱の前で座ってしまった。なぜだ、なぜ座り込んだのだ。そうかわかったぞ、あいつは恋敵だ。ここからだと顔がうまく見えないが俺に好きな人を取られると思い殺しに来たに違いない。
「くそ、どうすれば。ジン早く来てくれ。傘がないと帰れない。最悪上履きで帰れば良い。人が、あいつか俺のどちらかが死ぬよりは靴を諦めた方が良いに決まっている。」
敵がこちらに近づいて来た。俺は慌てて物陰に隠れた。よかったうちのクソ学校に毎朝邪魔だと思っていた謎のマネキンが無ければ俺に気付いた奴が殺しに走って来ていただろう。さてどうすれば殺人を回避して帰ることができるか。傘が来るまであの殺人鬼に見つかるわけにはいかない。さて俺よこんなところで隠れていて良いのか。この場から一度離脱してジンを見つけて傘を受け取り裏門から帰れば良いのでは。「よしジンを探しに行くか。殺人鬼に見つからないようにしないとな」
奴の様子を伺ってタイミングを見計らおう。覗こうとしたその時、地面に影がさしていた。な、もしかして奴がもうここまで、クソ俺の人生はここまでか。ああ彼女の胸をもみしだきたかった。
「そこで何してるの、マオ。」
ジンの声がした。もしかして刺客がジンなのか、嫌そんなわけがない。聞き間違いかジンに今会いたくて聞こえた幻聴だろう。どうしたら良いのだ。俺は傘を持っていない。傘がないと帰れない。早く帰らなければ母さんが俺の帰りを待っている。しかし人を殺すことなんてできない。どうすればいい。俺はここまでなのか。胸も揉めずに死ぬなんて嫌だ。こうなれば仕方ない、貴様に殺される代わりに、彼女を頼んだぞ。これが『七面鳥の溺死』か。俺はここまでか、こうなれば誰でも良い。女の胸を揉んで死んでやる。俺は決意をして立ち刺客の方に手を伸ばした。
「おまえに殺されてやる。彼女を頼んだぞ。死ぬ前に貴様の胸を揉ませてもらう俺の命よりは安いだろう。」
そう言い切って俺は刺客の胸を揉んだ。殺される恐怖に俺は情けないが目を閉じた。やはり死ぬのは怖いな。しかし仕方あるまい、刺客の胸はかなり柔らかく大きかった。揉むたびにマシュマロでも触っているような弾力に山の様な広大さと犬に甘えられている様な温かな気持ちになり、好きな音楽を聴いている時の高揚感が込み上げてきた。
「マオ、なんでいきなり胸を揉むの。」
そこにはジンが居た。雪の様に真っ白い肌に青い瞳、肩くらいの髪に大きな二つのメロン、なぜジンが刺客なのか分からない、しかしなるほど最初は心理戦か、こちらを油断させてから殺す気だな、そんなぬるい手にかかる俺ではない。そっちがその気ならこっちは先制攻撃だ。上目遣いでこちらを見るジンに俺は竜田揚げ旋風をくり出す。それにジンは驚いたような顔をしながら後方に下がる。この機を見逃さずに俺はジンが落とした傘を拾い走った
「何なの、女の子の胸をいきなり揉みしだき始めたと思ったら蹴るって、マジでやばい奴ね。」
好きな人の声が聞こえ走るのを止めて声の方に顔を向けると彼女がいた。きっとさっきの返事を今になって変えたくて俺を探していたのだろう。ならばもう一度しっかり練習どおりの愛の咆哮を出せれば良いだけだ。さあ見せてやる。俺の本気を、心なしかさっきまで聞こえていた泣き声は聞こえないこの場には俺と彼女のみ。ドール電レトリーバーですら俺達の邪魔は出来まい。それではもう一度俺の咆哮を聴くが良い。
「好きだ、付き合ってくれ。」
完璧だ。練習どおり髭ダンスの様な高い声も出なかった、大きさもさっきよりあった。さあ俺の咆哮の返事を聴こうではないか。どうせきまっているが。これで断られるわけがない。しかし懸念点も無くわない。俺の恰好が学ランではないことだ。クソもう一度ジンに学ランを借りてやり直すか。そうした方が良いだろう。しかしなぜ返事がないのだ。やはり学ランか、学ランがないとだめなのか。
こうなれば最終兵器を出すしかない。俺はポケットから宝石かと突っ込んだほど高かった香水を取り出し振りかける。辺り一帯に殺虫剤の様に。彼女にもジンにも下駄箱にも掛かっているが仕方ない彼女と付き合うたのだ。十プッシュくらい振りかけた。メドゥーサの邪眼に見つめられた様に固まる。
二人を見た俺はこの香水は本当に匂いで異性を虜にする効果があると嬉しくなった。今のうちにジンに学ランを借りて完璧な状態でもう一度愛の宣言をしたらきっと付き合えるだろう。
「というわけただ。ジン頼んだ。」
ジンに学ランを頼んだこれで大丈夫だろう。これで彼女と付き合え俺のハニーとなる。最高だ。あの巨人もびっくりするほど大きな二つのマシュマロ、キツネに化かされているかのような妖艶な桃、新しいスポーツカーかと思うくらい美しく無駄のない二本の大根。やはりこの世の最高の美人は彼女だ。
「どういうわけか分からないし、何を頼まれたのかもわからない。ちゃんと説明してマオ。」
分からない訳がない。ジンに限ってそんなはずがない、ありえない。そうか恋敵だったのを忘れていた。俺にハニーを取られると思って分からない振りをしているのか。ずる賢い奴め、これではまた失敗してしまうかもしれない。どうすればいいのだ。
「ねえ、なんで彼女の胸を揉んで蹴り飛ばしたのに私に告れるの。あなた達付き合ってないの、付き合ってないのに胸を揉まれてなんで平然としていられるの。さっき蹴られたわよねそれは平気なの。疑問だらけで頭の中ぐちゃぐちゃよ。」
おっと俺たちのハニーの取り合いが見られていたらしい。どうしたものか、ジンの様子からしてまだハニーには思いを伝えていないみたいだな。これは俺がかなりリードしているみたいだな。ここで勝負を決めてハニーを俺のハニーだと認めさせないと。親友として恋人がいるのに恋し続ける苦しみを味わってほしくはないからな。さてどう傷つけずにジンにハニーを諦めさせるか、かなり難しい問題だな。こうなれば占うか、そうしたら答えが出るはずだ。
「ジン、いいかハニーは俺と付き合っているのだ。お前の気持ちは知っているが、悪いな。」
ジンすまない悲しい現実だとは思うが、受け入れてくれ。親友の俺がラーメン奢ってやるから。いや、コロッケ一個で勘弁してくれ。ハニーとの思い出をちゃんと大切にして、幸せにしていると。週五で教えるから。だから俺とハニーが付き合うことを許してくれ。ごめんなジン悲しい思いをさせる。
「いや、さっき告白して返事はまだされてない、それといつから知っていたの。わたしがマオのこと好きなの。」
ん。俺のことが好きとはいったいどういうことだ。確かに幼稚園からの縁でジンは俺とよくいた。頼んだら宿題もやってくれたし、朝起こしてもくれる、雨に備えて常備で折り畳み傘を二本持っているし、テスト前は対策ノートくれるし。学校も偏差値が高い所行けたのに俺の通う学校が良いってレベル落としてここ来ているけど。俺のことが心配で付いて来てくれているとばかり思っていた。
それならそうと早く言ってくれたら良いのに。そしたらわざわざハニーと付き合わずにジンと付き合えば巨人もびっくりのマシュマロが手に入っていたのに。もっと早く言ってくれたら、いや待てよ、ハニーとジン二人でも良いのか。そうだ二股というのがこの世にはあるのを忘れていた。
そうと決まれば巨人もびっくりのマシュマロが四つとキツネに化かされている様な妖艶な桃と猫の様に可愛く丸い桃、そしてスポーツカーの様な二本の大根とうどんの様に細く白く長いそれにすべすべの大根を手に入れた。最高だ。
「そうだな。ではハニーとジンを俺の正妻と側室とすればいいだろ。」
我ながら完璧だ。マシュマロの大きさ順でハニーの方が上だから正妻だが、俺は側室のジンをないがしろにはしない。その辺は器用にできる自信がある。そう俺なら二股くらいなんてことはないのだ。
「突っ込み所が多すぎてもうわかんないけど、あなた私に告っときながら別の女にも手を出す気なのかしら。いい度胸じゃない、私と付き合いたいって男は沢山いたし、その中にはチャラいのもいたけど、目の前で堂々と浮気宣言したのはあなたが初めてだわ。」
今日の占いで良いことがあると出ていたがまさか二人と付き合えるとは、これが俗に言う二頭追うと二頭獲るだな。最高の日になったな帰ったら母さんに教えてあげないと、きっと笑ってくれるはずだ。
「私と付き合ってくれるの。側室でもなんでも良いけど捨てないでね。」
ジンも側室に慣れて喜んでいるな、よかったよかった。めでたい時にはお粥だな帰ったらジンに作ってもらおう。いや、ここはハニーに頼むべきかな。ハニーの手料理か、楽しみだな。そうと決まれば三人で帰るか。
「なんで貴方は今の状況を受け入れられるのよ。普通怒るとこでしょ側室って下に見られているわよ貴方。それなりにモテるでしょう、噂くらいは聞いたことあるわよ貴方の。」
ハニーも知っているのか、そう実はジンはかなりモテる。それこそ俺がこの学校に入学してから今までで十回は告られているだろう。一カ月が経とうとしているのに何で俺には告りに来ないのだろうか。やはり俺のオーラに皆、気圧されてしまっているのだな。自然とオーラを出してしまっているなら仕方ないか、頑張って抑える特訓でも暇な時しよう。
「マオに惚れてもう何年も経っているから振り向かれないくらいなら側室でも愛人でも何でもいい。」
ジンもかなり愁傷なことを言うな、もっと自信持てば良いのに、ハニーがいない時に告られてたらかならず付き合っていただろう。惚れた時に好きだと言えばこうはならなかったのに、だから普段から思った事は言った方が良いな。そうでないと言いたいことも言えずにチャンスをいつの間にか手放すことになるだろうし。
まあそれもタイミングか、運が良ければ直ぐでなくてもチャンスを掴めるだろうし待つ方が結果良かったりもするしな、一概には言えないがでも早いに越したことはないだろう。そう思うので俺は二人に宣言しよう。俺は二人を大切にすると。「俺は二人を必ず捨てないよ。」
これで俺の気持ちは二人に届いたはずだ。いやー良いね。青春って感じで。本当に嬉しくて勝手に笑みがこぼれる。俺はこれで勝ち組だな、学校一と名高い美女と付き合えてさらに面倒見のいい美少女まで手に入れて。
「なんで私があなたと付き合っていることにもうなっているのよ。まだ返事すらしてないわよ。」
おっとハニーがご立腹だ。今にも髪から雷が出てきそうな勢いでこちらを睨みつけて来ている。どうしたものか。ここは機嫌を良くしてもらわないと手料理が食べられなくなってしまう。というわけで、学ランを用意しようか。ジンにもう一度頼もうさっきは俺がハニーと付き合わないように分からない振りをされたが、今度は行けるだろう。
「貴女は嫌ならマオと付き合わなければいい。そうしたらマオの正妻は私、学校には私と貴女でマオに結局選ばれたのは私だと噂されるだけ。何の実害もない。」
おお、あのおとなしいジンがハニーを煽っているとは、これが所謂修羅場か。俺を取り合って美少女達が争うのはなんか分が良いな。どうやら今の言葉はハニーに効いたらしい、眉間にしわを寄せてジンに近づく、それに合わせてジンもハニーに近づいて行く。
「なんで私が貴方に負けたような噂を流されないといけないのよ。」
ハニーも負けていない、ジンに言い返していく。一色触発の危険な状態になってしまった。さてどう収集を着ければ良いものか、分からないな。なので静観することにした。まあ妻同士のいざこざに夫が出しゃばればどっちの味方かと聞かれるだけだ。正直答えられないなのでこの喧嘩に入らないがベスト案さ。
「マオはかなりの声量で告白をした。それを気になって見に来た人達がさっき居た、この場を見たらどっちに告白したかは分からないはず、だから今どっちに告白したか言い当て合いをしているとしたらそれが広まって尾ひれ背びれがついても不思議はない。」
「つまり貴方はその見た人がどっちに告白したか予想していて、外れた方が負けたように写ると言いたいのね。」
良く分からないが、彼女たちの中でお互い意識している所があるのだろう。そういえばハニーとジンはどっちがモテるのかという議論があったな。俺的にはどちらにも魅力はあると思うがそれも異なる種類のものが。ハニーは綺麗でこうお姉さんというような甘えたい雰囲気がある。ジンは綺麗というよりは可愛いという方があっている気がするな。それに面倒見が良いが甘えたいというよりは甘えられたいという方が強い。まあどちらにも来て欲しいし受け止めてもらいたいもの。
「上等よ、貴方に負けるくらいなら彼と付き合った方がましよ。」
どうやら彼女は名誉が大事らしい。まあ自分の面を保とうとするのは無駄とは思うが愚かとは思わないな。なんなら尊敬すらする。自分の不利益をも顧みずに行動できる程に大事にするとはホントに大したものだ。利と名誉なら少しナルシストな奴なら名誉を選びもするだろうしかし、不利益と名誉なら不利益を避けるだろう。でも彼女は名誉を選んだ、普通は出来ない選択をした。素晴らしい人柄だな。今まで以上に彼女に惚れてしまった、カッコいい性格をしているようだ。
「それじゃあ、ハニーもジンも家に帰ろうか。ハニーの手料理が食べたいな。」
笑顔で靴を履き替え、外に出る。どうやら神の機嫌が良くなったのか天井にカラフルな竜を描いて俺達を祝福してくれているらしい。良いとこあるじゃんか、神の癖に粋な計らいしやがって。俺は二人と共に帰る。いやぁ両手に花とは良い感じですなぁ。誇らしくて自然と胸が突き出て背筋が伸びるのを感じた。
「なんで私があなたに手料理を振舞わなければいけないのよ。」
いまだに皺を寄せたままの顔で文句を言うハニーしかし、先ほどとはどこかが違う。黙ってついて来てくれているし。きっと俺の恋人になった自覚が芽生えたのだろう。今思えばジンが焚きつけなければこうはならなかった。ジンに感謝だな。ジンの方を見ると少しだけ微笑んだ。
「マオはこれでよかったの。」
ああ最高だジン。やっぱりお前は俺の人生には必要不可欠だな。テストも宿題も朝起きるのもご飯の用意も部屋の片づけもジンがいないと困るからな。これからも沢山ジンには働いてもらわないとな。俺にとって参謀みたいな立ち位置だしな、いや今は恋人その二だったな。
「な、嵌めたわね貴方。」
ハニーがどうやらご立腹の様だ。まあ誰でも騙されるのは嫌だろう。なので怒っても仕方はないが、やはり怒る姿もハニーは可愛いな。なぜこんなにも可愛い子は怒っても笑っても泣いたとしても可愛いのか、ずるである。平均以下の人間が多い中、ほとんどの者は許されていないことをハニーは許されている。不公平であるが、俺の恋人なので許すことにする。甘いかな、でも仕方ないことだ、それが世の摂理なのだから。美人は何をしても大抵はなんとかなるものだ。理を曲げることなど同じランクの容姿の者しか許されないのだ。
「でも本当に起こりうる事しか言ってない。可能性の話で、実際に高確率でそうなる。貴女もそうだと思ったから乗ってきた、違う。」
おお、かなり煽るな。でもハニーは何も言い返せないのか眉をひそめてジンを睨むだけで言い返してない。よしこれでハニーも俺の恋人になったな。いやぁ美女を二人もゲットするとは我ながら凄いな、もしかしたら彼女達レベルの子を後何人か得られるのではないだろうか。そう思うととても心躍るはなしではないか。
「もういいわ、このまま話しても進まないだろうからこの変人の恋人になってあげるわ。この私と付き合えるのに別の子とも付き合うなんて、普通ありえないわよ。」
確かにそれは完全に同意だな。ハニーはモテるそれもかなり。モデルだと言われても信じるだろう。ジンもそうだ。俺はこの世で一番の幸せ者なのかも知れないな。彼女達に振られないように精一杯頑張って卒業したら三人で結婚でもするか。
うんそれがいいだろう。そうと決まればさっそく重婚できる法律に変えてもらわないとな。俺日本語しかできないから海外には移住できないし。となれば天皇になるか。よし将来の夢ができたな、進路指導の時にでも先生になり方を聞いておこう。どこの大学に入ればなれるのか、俺の学力でも行ける大学だとありがたいのだがな。
「それじゃあ、帰ろうか二人とも、手をつなごう。正妻のハニーが左手で側室のジンは右手な。悪いがジン二人の時は左手にするが三人の時は我慢してくれ。」
まさかこんなにも早く我慢してもらうことになるとは思いもしなかったな。悪いなしかし左を正妻に渡さないのは家庭崩壊につながる。だから許してくれ。ああ俺の不甲斐ないのをあざ笑うかのように、夜空の様に果てがなく飲み込まれそうになるほど深い色の鳥が二羽頭の上を飛び回る。二回鳴いては少し間をあけ、また二回鳴く。それを繰り返す。バカにされていることは分かる。言葉が違うからって声色で分かるからな、この野郎どもが。俺がリア充になったから嫉妬しているに違いない。レビナンタタンにでも食われてしまえ。
「はぁ、どうして左が優位なのか分からないけど、そうね付き合ったなら手くらいは繋いであげるわ。」
むすっとした顔で俺に近づき左手を取る。おお凄く柔らかいぞ。それになんだかとてもドックンドックンとヘビーメタルが上半身に鳴り響く様にうるさい。ジンも俺に近づいてきて右手を黙って取る。当たり前の様に自然な動き過ぎて違和感が全くない、かなり力が入っている。これは私の物だと言わんばかりの込めようだ。正直痛い、しかし可愛いので許そうではないか。
「帰ったらおやつにする、それともまたゲーム。」
ジンが俺にこの後の予定を聴いて来た、そうだな何をしようか。とりあえずハニーの手料理を食べるのは決まりとして、その後は三人でマリパアワだな。最近ゲームをやり過ぎている気がするし今日は辞めておこう。そうと決まればさっそく生きてくうえで大切にしないといけない完全感謝の素材を買いに行くとするか。ああ世界がとても輝いて見える。まるで宝石でできた箱の中にいるみたいだ。
俺達は感謝素材を買い、家に帰った。とても楽しみだ、ハニーは何を作ってくれるのだろうか、めでたい日なのでお粥が良いのだが贅沢は言えないのでハニーに作るものは任せることにした。リクエストはもちろん俺達の付き合った記念にふさわしい料理だ。難しいし漠然とし過ぎだと言われたが思いついたオーダーだそれなのだ仕方あるまい。こういう時はどう答えたら良いのか分からないな、ジンには食べたいものを毎日注文しているが相手は何でも作れるとは限らないし、もし無理な物だとしたら申し訳ないから料理名ではなく概念的なものを言った。まあもっと言えば肉が食べたいのだが。細かい指示をするのは初めからだと嫌だろうから控えることにした。
「私も手伝う、毎日マオにご飯作っているし好きなもの知っているから。」
おおこれは早くも正妻と側室の間で権力争い勃発か、これは夫としての技量がためされるな。ハニーにもジンにも不快に思わせない高度なテクニックが必要だ。どうすればお互いを傷つけずに解決できるものか。俺はいつになく頭をフル回転させた。
「毎日、彼の親御さんは何をされているの。まあそれなら頼もうかしら。」
まさか共同で仲良く作業することで俺に何の問題もないよとアピールしながら、お互いの腹の探り合いと力量の差を見せつける気か。だがジンはかなりの腕前だ、そこらの店にも引けを取らない。なぜなら小さい頃から俺にご飯を作ってくれているから。戦う相手と土俵が悪いよ。
「マオの親はちょっと変わった人たちで、今は確かヨーロッパに居るはず。」
台所で手を洗いながらハニーと話をしているジン、それだけ見ればかなりいい絵だ。二人の大きなメロンを持った白鳥が戯れているようだ。しかし実際は火花を花火かというほど散らしている。今にも両者の背後に竜と虎が現れそうな雰囲気を俺だけはしっかりと感じ取っていた。
「そういえばまだ名前を名乗ってすらいなかったわね。私は黒川アカネよ。」
ハニーが名乗る、なるほど武士道精神とやらか。ハリウッドに出てきそうな鼻立ちのいい顔をしてまさかの大和なでし子とは、これが所謂ギャップというやつか。それならば『此処で会ったが百年目、いざ尋常に勝負。』と言ってもらいたいものだ。これはジンに期待しよう。
「私は白山アオイ、幼稚園からマオとは一緒にいる。」
まさかの心理戦か、なるほどジンはかなり心理戦が得意と見た。ならば俺もこれから哲学を学んで負けないように練習しとかなければならないな。嫁に負けるのは恥ずかしいし。勉強は嫌いだが仕方ない、俺のプライドと名誉の為だ。嫌でも我慢してやるか。
「なんで彼にジンって呼ばれているのよ。」
ここでハニーも乗ってお互い一歩も譲らぬ心理戦が勃発か、これは二人の火花で家が燃えてしまわないか不安だな。どう解決したものか、俺の戦闘力では間にはいても一撃も耐えられないだろう。困ったものだ。『春の日の晴れやかな空に影はなく、光の天下に待ったなし。それを許さぬ竜と虎、たちどころに暗雲立ち込め波乱の予感。』これを俺の自省の句として発表しよう。これならノービル賞も俺のものだな。
「私がなんでも言うこと聞いてマオの為に色々してあげていたら魔法のやかんの精霊だとか言ってジンってあだ名になったの。」
そういえばその時はアフリカの映画を見ていたっけ、ああ思い出したらまた見たくなってきた。最近ツタヤとか見なくなったしもしかしたら絶滅したのか。残念だとても、よく行って薄いドーナツを借りていたのに、もうだめだと思うと悲しくなってきた。あの謎のピカピカの艶にまた会いたいな。彼女達の立派な大根でも見て気を紛らわすか。
「尽くすのは良いけれどそれだと都合のいい女として扱われるだけよ。」
二人の会話よりも今の俺にはもっと大事なことがあるのを忘れていた。まさかこんな大事なことを忘れていたとは、とても恥ずかしくて顔向けできる気がしない。そう今日ボンに愛の咆哮をする予定だった。体育館の裏に呼び出していたのを忘れていた。クソあいつとあんな賭けをしなければ、どうしたものか。今から戻ってもきっといないだろう。
「よし。忘れよう。」
俺はソファから立ち上がり天を仰いで左手を固く握り締めてこころにそう決めた。よく宿題とか忘れるし、さっきまで忘れていたわけだし、忘れられる。大丈夫、俺ならできる、すぐに忘れられるはずだ。
「なにを忘れようとしているの。まさか宿題をまたしていないの。」
ジンが台所からこちらを睨みつけてくる。宿題だったらお前にやらすと心でぼやくが今はそれどころではない。早く忘れねば俺の心の平穏の為に。
ピンコーンと家のチャイムが鳴り響く。ピアノじゃあるまいしここまで響かなくともいいのではないかと毎回思う。もういっそのこと切ってしまおうか、あの家の前のポストと表札の混合物を。あれがなければこんな耳への負担がある音を聴く必要がなくなるし。良いアイデアださっそく次の休みにやることにしよう。かあさんも草葉の陰で喜んでくれるだろう。
「あ、母さんにお供えするの忘れていた。」
俺の親は死んではいない。しかし年に一回程しか帰ってこないならいないも同然だ。毎月の生活費を俺が死ぬまで送り続けていてくれるだけでいい。俺の中ではもう居ないことになってるしな。
「お客さんは私が出とくからお供えしてきたら。」
ありがたい、嫌な予感がするから出たくなかったのだ。ここはジンに任せておくとするか。俺は階段を足早に駆け上がり段ボールで作った親にと合わせて二人も彼女が出来たと報告した。
俺がトイレに行ってリビングに戻るとそこにはテーブルの三辺にそれぞれ美女が座っていた。一人はジン、その向かいにハニー右側に俺が忘れたかった相手がいる。ショートカットでロン毛の男よりも短いだろう、胸はそれなりにあるが二人とは比べたらかわいそうだ、彼女は小さくて人形の様甘やかしたい系の子だ。でもなんで俺の家を知っているのだ。もしやストーカーなのか俺の。
「マオ彼女にも手紙を渡して呼び出しときながら放置して帰ったって聞いたけどどういうこと。」
あああ、どこから説明したものか、どうすればごまかせるか。なるほど浮気がばれた男はこういう気分なのか。良い気分が台無しだ。
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