晴れ時々、”KANI”、地球防衛戦線、カニ道楽。
touhu・kinugosi
第1話
「酸素濃度、急速上昇中」
オペレーターの女性の声が響く。
正面には、二階建ての建物と同じくらいのモニター。
水没した四国の地図が映されている。
四国沖、もと紀伊水道の入口くらいの場所に探査用のソノブイを表す丸い点。
その周りに異常を表す赤い円が出ている。
刻々と上昇する酸素濃度の数値。
ここは、剣山山頂に作られた、”海上自衛隊、四国方面防衛基地、司令部”である。
「哨戒機を出せ」
「哨戒機、出撃してください」
オペレーターが吉野川河口域にある飛行艇基地に命令を伝達。
哨戒飛行艇が飛び立つ。
モニターに印が出た。
「未確認物体まであと五分」
「……到着しました、モニターに映像を出します」
モニターの一角に哨戒機からの映像が映った。
巨大なカニだ。
紫がかった網羅の色。
左右に尖っている。
「指令っ」
オペレーターが制服を着た中年の男性に振り向く。
「外宇宙甲殻生物、”KANI”、ガザミタイプと認定」
「以後、”ガザミ”と呼称」
指令官が重々しく言った
奴らは
自らの口から出した
北極と南極に居座り、氷を溶かして半世紀。
地球は水没し地表の九割が海洋になりつつあった。
「予想針路出ます」
紀伊水道を北上するコースだ。
「護衛艦、”鳴門”と”
モニターに三艦の位置がリアルタイムに表示される。
「酸素濃度上昇範囲、”ガザミ”に重ねて表示します」
”KANI”は、体内で水を酸素と水素に分解してエネルギーを得ているようだ。
宇宙では水(氷)はありふれた物質なのである。
さらに、巨大な甲殻生物が活動するには、地球の酸素濃度は低すぎる。
「……”KANI”にとって都合のいい環境に作り変えられている……」
「人の生活圏に近づけさせるなっ」
ほんの少し酸素濃度が上がっただけでも人は気絶するのだ。
「護衛艦、攻撃位置に到達」
「攻撃開始っ、全力で前進を阻止せよっ」
「それと……」
「出前をとれっ」
ほんの少し悔しそうに司令長官が言う。
「……わかりました……」
ジーコロロ、ジージーコロロ
オペレーターの女性が黒電話のダイヤルを回した。
大きなモニターには。”KANI”を表す点と、その前に展開する護衛艦三艦の点。
「護衛艦、ハープーンミサイル発射っ、命中まで五秒っ」
三隻の護衛艦から発射されたミサイルがモニターに表示される。
ミサイルの表示が、”KANI”に接する瞬間、
「”ガザミ”、
哨戒機からの映像で、”KANI”が口から泡を出した。
一瞬で全身を覆う。
ミサイルの爆発炎と煙が晴れた後、
「”ガザミ”健在っ、ダメージを与えられていませんっ」
オペレーターの女性に悲痛な声が響く。
「くっ」
大気圏を突入する能力のある、”KANI”の
アメリカでは核ミサイルの直撃にも耐えたと言う。
「引き続き、全力で攻撃っ」
三艦の、ミサイル垂直発射システム《VLS》から連続で真上にミサイルが発射されていく。
その時だ。
モニターに映された、”ガザミ”の甲羅の両端にあるスリットの蓋が開いた。
イメージ的には、硬いシャコの腹の下の足のよう。
上の部分が
下の部分が噴射口。
下の蓋は、ベクターノズルのようでもある。
「”ガザミ”が飛びますっ」
体内で、水を分解した酸素と水素。
それを、もう一度燃やして推力を得る。
このようにして、”KANI”は宇宙を渡って来たのだ。
”ガザミ”が、ホバーのように浮きながら海面すれすれを高速移動。
海面に白い筋を残す。
近くにミサイルが着弾して爆発。
水の柱を立てた。
「命中ならずっ」
向かう先には、護衛艦、”鳴門”があった。
「取りつかれましたっ」
護衛艦、”鳴門”にのしかかる、”ガザミ”。
大きさは三分の一くらいか。
「うわあああ」
酸素マスクをした艦長がくぐもった悲鳴を上げた。
鳴門のブリッジの窓の外には巨大な蟹の顔。
透明な蟹の目がギョロリと艦橋を覗き込む。
バウウウウウ
ドンッ、ドンッ、ドンッ
バルカンファランクスと単装砲の連射だ。
カカカカカカ
キン、キン、キン
硬くてしなやかな、”ガザミ”の甲羅に火花を散らしながら跳ね返される。
”ガザミ”が、その巨大なハサミを艦橋に突き入れようとした。
◆
「まいど~、カニ道楽で~す、出張調理に来ました~」
という能天気な声と同時に、
ドオオン
オレンジ色のかたまりが鳴門の艦橋ぎりぎりに飛来。
”ガザミ”に命中、弾き飛ばした。
40口径、30.5センチ砲弾が、”ガザミ”をひっぱたいたのである。
「……来たか……」
司令官が、ほっとしたような、苦しいような表情でつぶやく。
民間の料理店に助けを求めるからだ。
「来ましたっ」
オペレーターの女性の喜声。
モニターの護衛艦のすぐ後ろに点が表示される。
遥か太古の昔からカニを料理してきた職人技能集団。
強固な防御力を誇るシタデル構造、さらに追加の装甲板をつけた。
”三笠”級戦艦を改造した重装甲艦、”蟹工船”だ。
艦首には、うごうごと足を動かす巨大な蟹のトルソー。
ズワイガニのようだ。
平型艦橋の後ろの壁には、”カニ道楽、徳〇店”の看板。
艦長帽の前にはトルソーと同じような蟹のマーク。
この店の店長である。
「護衛艦の前に出ろ」
”ガザミ”と護衛艦、”鳴門”の間に、”蟹工船”を移動させた。
煙突から石炭を燃やして出る黒い煙がたなびく。
ドオオン
再度大砲弾を当て、”ガザミ”を下がらせた。
大口径質量弾が単純に効くのである。
「料理人の出店準備」
後部甲板の砲塔は撤去されており、四体の正座した人型ロボットが乗せられている。
遥かな昔から深海に潜む巨大な蟹、を捕獲するために開発された、”人型潜水球”だ。
この事実は、社会に混乱をまねくので厳重に秘匿されている。
全長約7メートル。
ギンッ
特徴的なデュアルアイに火が灯る。
潜水球らしく360度アラウンドビューだ。
「潜水球、起動っ」
頭部に総合センサーユニットを備えた機体からの声だ。
白く塗られた頭部が高いコック帽のように見える。
「リョウリチョ~、今回は、”ガザミ”ですネ~」
胸部の豊かな金髪女性が言う。
彼女の機体には、蟹の爪破砕用の巨大なカニペンチ。
彼女はアメリカ出身の蟹料理人だ。
「アメリカの、”キングクラブ”じゃねえんだ」
「粉々にするんじゃねえぞっ」
――食べられなくなっちまう
料理長と呼ばれた男性が答えた。
「イエ~ス」
”人型潜水球”の背中と太ももには、太古の蟹が持っていた機能を参考にした、”水、酸素水素分離型ジェットエンジン”。
”KANI”と同程度の飛行能力を持っている。
「調理準備、完了」
残り二人の料理人から返事が来た。
他の機体は、標準装備の、”蟹包丁”である。
「”ガザミ”に
出店準備完了の報告に店長が指示した。
「突撃っ」
ドドオオオン
”ガザミ”に体当たり。
艦首の喫水下は、突撃用に尖って前に出ている。
「カニネット発射っ」
艦首からワイヤーで出来たネットが発射され、甲羅のとげや足に絡みつく。
ブウン
ガキンッ
”ガザミ”のはさみが、主砲を守るように、艦の横につけられていた装甲板を切り飛ばした。
ゴオオオオ
ホバリングした人型潜水球が、”ガザミ”の周りを囲む。
「これより解体作業に入るぞっ」
「みんな、気合を入れろっ」
料理長が発破をかけた。
「へいっ」
「合点だっ」
「HAHAHA、オフコースッ」
三人の蟹職人が答える。
「ハハッ、まずは邪魔なハサミですね~」
カニニッパでブンブンと振り回しているはさみをつかんだ。
「つぶすなよっ」
――美味しい部分だっ
「ハ~イ」
背中と太もものバーニアを吹かしてはさみの動きを止める。
「ここだっ」
料理長が手に持った蟹包丁で関節部分を一閃。
はさみがきれいに切り落とされた。
自身を守ろうと泡(バブル)を出しても包丁の直接攻撃には関係がない。
”ガザミ”は、はさみと両足をばらされ、口周りの急所に包丁を入れられて、とどめを刺されたのである。
◆
「美味しいですねえっ、指令っ」
オペレーターの女性の前には、とれたての蟹の鍋が置かれている。
「ああ」
それを複雑な表情で見つめる指令。
なにせ護衛艦の三分の一くらいの大きさの、”ガザミ”である。
自衛隊基地のみならず、付近の住民にも配られることになるだろう。
自衛隊主導で、炊き出しが行われるはずだ。
「今回は、当店をご利用いただきありがとうございました~」
「またご利用をおまちしていま~す」
巨大な、”ガザミ”を的確な下処理をした後、”蟹工船”は去って行った。
「ふうう」
指令が、オペレーターの女性が注いでくれたカニ鍋を一口食べた。
――うまい
カニ道楽のパンフレットにある、
―”KANI”と地球産の蟹は、DNA情報が、99.8パーセント一致するので食べても大丈夫―
という一文が目に入った。
「地球の蟹も、昔宇宙から来たのかもしれないなあ」
と、指令が小さくつぶやいたのである。
了
晴れ時々、”KANI”、地球防衛戦線、カニ道楽。 touhu・kinugosi @touhukinugosi
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