檻の中

微風 豪志

第1話 檻の中


ただただ愛が欲しかった。

今では僕は檻の中。


人間とは元来醜い生き物である。

それに気づいてからは随分と生きやすくなりました。

誰かの迷惑になってしまうくらいならいっそ消えてしまいたい。

ずっと眠っていたいのに、生物の仕組みがそれを許さない。

俯瞰して自分の状況を理解しているんじゃないかと思いました。

人間として生きていくためには他の誰かを傷つけて、他の誰かを陥れて生きていった方が楽なんだ。

だからみんな簡単な方を選びたがっているけどそれは一部の犠牲の上で成り立っているんだともっと理解するべきだと思うんです。

互いに慈しみ合える世界そんな平和な世界を望むのは、争いのない世界を望むのはきっと幼少期が原因です。

僕は、出自の全てを恨んで生きてきたので、

まあともあれやっと楽になれます。

先日お金が溜まりました。私の葬式代です。


_____ロクデナシの父親とヒトデナシの母親のもとに生まれて僕が子守唄がわりに聞かされたのはどこの山に捨てようかというお話でした。

そんな父親はしきりに「お前は本を読め!」と向こうの山まで聞こえる様な大きな声でいつも僕を怒鳴りつけるのです。

酒缶を投げつけ、煙草を吹かして叫ぶ男の足元に怯えて蹲りながら、本の価値などわからぬ僕は必死に考えました。

本とは知識や経験を怪我をせずに会得できる物、本とは金と時間をかけてでも読まなければいけない物、しかし金と時間の価値を賭けて本から得られる能力を得る能力が私にはなかった。

本を読むとはギャンブルである、そう結論づけました。

そんな僕にはたった一つだけ人生のハイライトがあります。それは父親に対して一度だけ言い返せたことがあり、そのことです。

「世界にはお前よりも若く、身の丈が不幸な者が今日を生き抜くために必死に仕事をしているというのに、それに比べてお前はなんだ。俺はこんなに努力しているのに何故報われないんだ」

「努力不足を棚に上げて、子供に捲し立てるなんてどうかしてるんじゃないのか?悔しければ仕事でもなんでもすればいいだろ」

そんな言葉は父親の逆鱗に触れて、その代償は拳一発と蹴り二発、母親が「お父さん!」

と抑制すると「尻ならアザは残らない」そう父親は口にした。

嵐がさった後、母親が僕に言ったのは「父親に謝りに行こう」母親はそう口にした。

母親は自分のために戦ってくれる、とそんな淡い期待をしていた自分は、父親に謝った後にはもう残っていなかった。

現状を変えるには自分が動くしかない、そう思った。

少年は悔しさを隠して謝る術を覚える。

世界の残酷さは少年に牙を剥き続け、事があるごとに僕はその男に謝り続けた。

14歳の誕生日自尊心が消滅しかけたのを本能が理解したのであろう。

家出を決行して、散々遠くへ逃げた。


雨天。その日は雨が降っていた。

散々遠くに逃げた挙句万引きで腹を満たし、それが4度目の時に警察のお世話になって家に引き戻される。

警官から逃げていく豪雨の中、怒りと悔しさの中で全力疾走しながらぬるい水滴は頬を伝う。

足を滑らせ派手に転げて、警察に馬乗りになられながら呻き声は次第に大きくなってゆき最後には咆哮へと変わっていた。

少年にとって自宅はまさに檻の中であった。

いつからであろうか悔しさはどこかへいってしまった。

「また人のせいかよ」

体育座りになりベランダで膝を抱えながら俯瞰的に自身を見つめて直した方が良いことを自分自身に指摘をするそれは父親のようにならないためだった。

楽観的に考える事は危険だ、それは今までの人生の失敗で身に染みついた考えである。

「生き辛い」

生きるのは辛いけれど死ぬのは怖い。

だから怠惰を貪って今日まで無為にいきてきた。

「生き辛い」

いつから死にたいって言葉を使わなくなったかな?

それだけでも前進してるって誰かにわかってほしかった。

感動しても手を叩けず、美しいものを見ても泣けなくなって、虚しさだけが心の中を支配する様になってしまった。

もういいじゃないか、終わりにしよう。

冬だというにも関わらず、サンダルをパタパタと鳴らしていく。

季節や人目などに気を使わなくなる程度には気をおかしくしていたためであるが、しかし生に固執するよりかは幾分マシな気がした。

病室のベットに縛られ変わり映えのしない部屋を眺め続ける人生は一瞬を謳歌する蝉達の生とは対照的な気がして、私はたとえ刹那でも自由を求めた。

「ひとりぼっちの人生だった」

ボソリと独り言を言い、友人から借りた金で買ったタバコに口をつける。

これから後何年自我を保っていられるか疑問に思う、それはきっと前世から考えている問いであろう。

青のピクトグラムは赤色に変わり灰色のコンクリートと私が挿してきた黒い傘、それら全てが白の雪に飲み込まれていく。

自殺を決意してからは随分とあっさりしていて、最初に遺書を書き、友人にそれとなく別れを告げた、私が死のうとしていることは最後まで悟らせなかった。

友人が悲しむかもと思うと、伝えずに正解だったと思う。

通りを抜けて河川敷。

緩やかに流れる川の水面に映る反対側の世界はおそらくあの世だ。

自宅には遺書を置いてきた、思い残すことはないはずだ。


先日お金が溜まりました。私の葬式代です。

入水自殺をすることにいたしました。

他人と会話をすれば煩わしく思われることは承知しております。

その小さな呟き、視線、指の動きを見逃すことを恐れておりました。

下手な相槌を打てば、目を逸らし、あぁ失敗した。

そう思い後悔したことを指折り数えれば、両手で足りず、脚を使っても足りずとやっているうちに途中で頭が足りないことに気づき、傷心するのです。

天寿を全うしなければならないのは分かっていますが、それは途方もなくわたしには耐えられそうもありません。

さようなら、お元気で。


我ながらよくできたウィットに富んだ遺書である。

足跡のついていない純白のアスファルトを汚しながら、橋の手摺りへとよじ登る。

激流なんかじゃない静かな水面に身を任せ僕の命は終わるのだ。

次の瞬間、逆さになって頭から冷水を浴びて、心臓を冷やしながら、僕が懇願したのは何故か生命への固執だった。

何に嘆いているのかも誰を恨んでいるのかも

忘れてしまいそうになる。

死にたい、「生きたい」死にたいだろ?

「生きたいに決まっている」

「生き...........」


目の前から光が消えて闇に支配された世界。

そんな世界から見えた一途の光に手を伸ばすと、無神経な機械音がピッピっと鳴る中で目が覚めた。ここは病室であった。

近くのナースが俺が目覚めたのに気づいて、「お子さん目が覚めました!」と言いながら、部屋を出ていき、次にズカズカと部屋に入ってきたのはあの男だった。

「馬鹿野郎!お前は人に心配かけさせやがって」

襟を掴んでグラグラと譲られて気分が悪くなった。

「大した心配もしてないくせに心配したふりすんなよ」

そう言いながら男の手首を握り返す。

「馬鹿野郎!」

男は僕を殴って、

「命を粗末にするやつがいるか、もう知らんぞ、俺は!」

と言って部屋を出ていった。

そいつと入れ違いで入ってきたのは、母親だった。

「ごめんね何も気づいてやれなくて」

「謝るくらいなら助けてくれよ」

「お父さん。不器用なだけでいい人なんだよ?」

「どこがだよ、自分の体裁保つことしか考えてねぇじゃん」


「おまえのこと助けたの父さんなんだよ?」

「は?」

理解が追いつかない、なんで、そんな。

「お父さんがおまえが書いた遺書見つけて、雪の中、足跡が残ってたんだって、その足跡めがけて走ってたら、おまえが溺れてるって電話越しにいってきたからびっくりして、救急車にも連絡を取ったらしいよ」

「いっそ殺してくれた方が楽だったかもな」

「そんな事、言わないでよぉ」

母親はそのまま泣き出してしまった。

つられて俺も泣いていた。

母親は言った。

「父さんに謝りに行こう」、と


___だいぶ昔のことを思い出していた。

ここ最近は嫌なことばかり続いて精神的にまいっているのだろう。

人との関わりがうまくいかず、社交的側面を捨てて将来の不安が増えたことを筆頭に人生嫌なことばかりだ。

バケツを被っていた幼少期のあざだらけの青春も今にして思えば滑稽な笑い話、色々あった人生の中で一番初めのジャンクションだ。右に曲がれば真っ逆様に頭から転落していたが、あの時に左ウィンカーを出したおかげでなんとか生きている。

それが幸か不幸かはさておき今年で22歳の僕は黄昏時に飯を食って一息ついた後、ネットの掲示板にスレを立て世の中の有る事無い事論議して、俯瞰的に他人様の人生貪りながら顔も知らない烏合の衆達の神様演じてる。

そんな神様の正体は親の脛を齧りながら生活しているダメなやつってね、そんな投稿を今日はしてみる。

「そんな人生楽しいか」

「楽しいかどうかはさておき楽だよ」

「そうか...まだ若いんだからいくらでもやり直せるだろ?」

「余計なお世話」だって途中まで書き込んで文章を変更する。

「心配してくれてありがとうでもこれが僕の身の丈にあった生活だからさ」

「本当に?」

「本当に」

本当にそうだろうか?咄嗟に返したメールを指でなぞっても当然答えなんて返ってくるはずもなくどことなく空虚な気持ちになった。

「今日はここまでかな」

集会をお開きにして眠りにつこうとする、漠然とした不安を残したまま毎日が過ぎてゆくこのままじゃダメなんだろうな、世界には俺と同じ歳で活躍している人がたくさんいるのに、なんて神様は平等に不平等なんだろうか?

______ここは夢の中?ポタポタと滴る水滴が切羽詰まった心の内を余計に加速させている。

己には人間としての価値がない。

風呂場にてナイフを握り締める自分の姿がそこにはあった。手首を擦る勇気がなく膝から崩れて、己の不甲斐なさにただただ辟易としていた。

本当は分かっていた、親のせいにするこの自分自身が最も愚かであることも、恨むくらいならこの悔しさをバネにしてどこか遠くへ飛び立てば良かったことも、弱い自分が何よりも許せなかった。

自己嫌悪と他責の葛藤を繰り返して、大人になった私には、社会で生きていくことが難しく感じた。

それは何故かと聞かれたら。

周りの人の方が自分よりもいくつも大人であることに気ずかされたからである。

染みついた卑屈な考えは拭えないけど、それでも少し、ほんの少しだけ生きているのが当たり前と思う事がなくなった。

良いことばかりではないがただ昔より死ぬのが怖くなった。それはおそらく進歩である。

「幸福に浸かり過ぎて、慢性的な死の病にかかってしまったんだよ」

蒙昧を許したのは俺自身じゃないか、いつまで自分自身を許し続ける気だ?

仕事を辞めたのは何故?今働いていないのは何故?恋愛から目を背けるのは何故?死にたいという問いを続けるのは何故か?

この世界に生きた証を何も残せない事に対する諦めでしかない。

「ッ!はぁ、はぁ、はぁ!」

惨憺たる夢から覚めた。

長い前髪を掻き上げながら、でかいため息を一つ吐き出す。

「勘弁してくれよ」

夢の中だけはいつも幸福でいられたのに、現実の嫌な妄想癖がついにはここまで追ってきた。

「眠りたくねぇ」

暗い夜が明けるのを待ち続けた。

窓から忍び寄る日光に照らされながら、椅子にもたれて雪崩れている姿を、母親に見られた。

「何してるの?」

「文字通り何もできないんだよ」

「何がしたいの?」

「温情など捨て去るこの世を救いたい」

「具体的にどうするの?」

「社会に助けを求めよう」

ナイフを握って街に出た。

相手は誰でもいい。

特に理由もいらなかった。

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