迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~

悠戯

プロローグ

これまでのお話。これからのお話

 昔々あるところに……と言うほどではないけれど、もう十年以上も前のお話です。この世界は異世界から来た勇者によって救われました。


 人間世界の誰よりも強かった勇者は、しかし、物語の英雄のように武器を振るって悪しき魔王を退治したのではありません。

 その勇者は世の人々から恐ろしい怪物だと思われていた魔王と言葉を交わし、心を交わし、人間の世界と魔族の世界の仲を取り持ったのです。


 斯くして、二つの世界の争いは未然に防がれ、平和的な交流が始まりました。


 魔族の世界から入ってきた品物や技術によって、人間の世界の国々は大きな変化を遂げます。

 美味しい食事や、便利な道具。

 目的地まで素早く安全に移動できる乗り物。

 人間やエルフとは異なる理論体系による魔法。

 医療や衛生についての進んだ知識。

 多くの人々はそれらの変化を快く受け入れました。


 無論、与えられるだけではありません。

 魔族たちにとっても人間の世界の多様な文化は興味を惹かれるものでした。

 両世界の交流が始まってからしばらくの間は、民間人の異世界への移動は厳しくされていましたが、それも少しずつ緩和されていきました。昨今では観光や商売で訪れた魔族の姿を様々な国の街中で見ることができます。



 そんな世界に更なる変化があったのは、今からおよそ四年ほど前。

 とある国の、なんの変哲もない農村地帯に一つの迷宮が出現しました。


 迷宮の出現。

 珍しくはありますが、それ自体は大事件というほどの事ではありません。魔力や魔法が実在するこの世界では、迷宮が「生まれる」のは一種の自然現象みたいなものなのです。


 ですが、その迷宮は自然に発生したものではありませんでした。

 その証に迷宮が出現したその日の夜、全世界の人々が、人間も、エルフも、ドワーフも、魔族も、皆が同じ夢を見たのです。

 その夢とは、すなわち神託。

 この世界を司る神様が件の迷宮、神造迷宮の誕生を報せるものでした。


 曰く、此れは望みを叶える為の装置である。

 曰く、『いずれヒトが至る叡智』の全てが其処にある、と。


 夢、欲、希望、野心。

 老いも若きも、男も女も、様々な動機を持つ者が迷宮に集まりました。


 ヒトが集まる所にはカネも集まる。

 最初は寝泊りできるだけの簡素な宿や食堂が。

 次第に商店が増え始め、迷宮目当ての客や護衛の冒険者や傭兵も訪れるようになり、数年を経た現在では、迷宮を取り囲むようにして大きな都市が出来ていました。


 学都アカデミア。

 よく学び、よく鍛え、望みを叶える為の街。


 これは、そんな場所に生きた人々の記憶。

 もう一つの聖剣を持つ少女と勇者に憧れる少年にまつわる物語。


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