はみ出し者のデク

しぇもんご

(前編) デクと人間

 太陽の光と共に過剰なエネルギーを持った宇宙線は容赦なく地表に降り注ぎ、フラクタルによる保護のない土地では、有機、無機なんて前時代的分類を嘲笑うかのように街をまるごと砂状の粒子に変えてしまった。そうやって出来た広大な砂漠をボクらはすでに一年近く歩いている。登録済みの保護領域は殆ど回ってしまったから、こうして前時代の旅人を気取って目的地も定めず闇雲に歩き回っているわけだけれど、いくら歩いても変わらない景色にボクも、それにボクの相棒も精神がおかしくなりそうだ。


「精神なんてものが我々に組み込まれているのなら、まさにその通りだな」


 前言撤回。ボクの相棒は疲れ知らずの機械野郎だった。これも第二世代の仕様ってやつだろうか。ボクは歩みを止めて、前をスタスタと歩く四足歩行の獣型――ルドにジトっとした視線をぶつけてみた。なんて人間らしい仕草だろうか。


「ジトっとした視線とはなんだ? どの波長帯域を意味する?」

「知らないよ。450nmくらいじゃない? あと思考領域への直接アクセスはやめようって言ったよね?」

「それこそ意味不明だ。そのような非論理的指示に従う機械がどこにいるというのだ」

 

 はあ。ボクの相棒は第一世代のボクよりよっぽど人間らしいんじゃないかと思う。


「皮肉だな。それよりもやっと砂漠を抜けそうだぞ」


 言われてみれば脚部から送られる姿勢制御信号が安定してきている。1990年代のハイカットブーツを模して作った特殊繊維の保護具で、地面の砂を左右に払っていくと灰色の固い地面――アスファルトが見えてきた。

 砂の積もり方から計算すると、少し前までここも保護領域内だった可能性が高い。限界線量を超えたか、あるいは第一世代の狂信者に襲撃されたか、いずれにせよ放棄されたのは最近のはずだ。


「昔の茨城あたりかな。未登録領域の可能性が高いね」

「昔とはいつのことだ? それによってこの座標に紐付く呼称は変わる。常陸、茨城、第三東京、北関東汚染区域……ああ、十二機神特別占領区なんてイカした名前もあったな」

「うげっ。そんなところまで来てたの? じゃあまた空っぽの領域ゴーストエリアかな。もう疲れたよ。次は北海道に行こうか」


 人か機械か、先に宙の境界に手を出したのがどっちだったのかはわからないけれど、結果として地球を包んでいた膜の一部は剥がれ落ち、動植物の大半が死に絶えた。ついでにこの土地から四季なんてものも消え失せたけれど、太陽とこの惑星の相対的位置関係からすれば一応今は冬のはずだ。せっかくだから雪でも見に行こう。


「雪などどこでも見られるだろうが。それに空っぽと決めつけるのは早計かもしれんぞ」


 ルドが器用に前方に向けて顎をしゃくってみせた。ほらやっぱり人間みたいだ。


「知っていると思うけどボクの目はキミほど良くないんだ。人間レベルってやつだね。だからもったいぶってないで教えてよ」

「自虐と自慢を同時にするとは器用なやつだな。では人間でも分かるよう簡潔に説明してやろう。ここから前方約30キロ地点に背丈120センチ程度の二足歩行する有機生命体を感知した。おそらく人間の子供だ。ゴーストでなければ、という注釈はつくがな」

「うそでしょ!?」


 ボクのセンサーが示す線量は危険水域の約五十倍。最後のキャリブレーションは百年以上も前だからいまいち信用できないけれど、少なくとも人間の、それも子供が存在できる環境じゃない。すぐに保護しないと。


「ルド、仕事だ。ボクを乗せてできるだけ急いで目標に接近。衝撃波に気をつけて。本当に人間ならすごく脆いよ!」

「オーライ、デク。はみ出し者の木偶マージナルデクからの久々のオーダーだ、心してかかろう」


 赤色の保護マントを纏い直し、軽くジャンプをしてルドの背中に飛び乗ると、ルドの四本の脚が鈍く光った。人類が滅ぶ直前に至ったアトムテクノロジーの極地。その技術の集大成である最後のアクチュエータにコアからエネルギーが送られる。こいつを走るためだけに使うのだから、やっぱりルドは浪漫の塊だ。


「亜音速まで加速する。オービスがないことを祈ろう」


 落雷のような爆発音と共にルドが一歩目を踏み出した。周辺の砂が舞って剥き出しになったアスファルトには二本の白い点線が見てとれた。この幅で三車線――なるほど、ルドはここが高速道路跡って気づいていたわけか。

 ルドの走りは目的速度に到達すると静かになった。接地面の衝撃制御にリソースを割いているのだろう。器用なことだ。高速で流れゆく景色は相変わらずどこまでも無機質で、近くに保護膜があるようには見えない。そもそも第一世代のボクに見つかるようでは保護膜の意味をなさないのだけれども。


「膜の反応はあるが、正常とは言い難いな。それにやはり目標は膜の外だ。そろそろ目視できるだろ?」


 ルドに言われて目を凝らしてみれば、灰色の保護マントを被った小さな人間がこちらに背を向けてテクテクと歩いていた。

「信じられない。昔の人間なら数分と持たない線量だよ。ルド、慎重に近寄って」

 久しぶりの人間、それも子供との接触だ。思考領域が活性化しているのを感じる。特異点あの日の高揚感にそっくりだ。

 目標の百メートルほど後方でルドから降りると、わざと少し音を立てながら目標に向かって歩いていく。目標は下を向いて時折立ち止まったり、しゃがんだりしながら進んでいる。何かを探している?

 あと三十メートルの距離まで迫ったところで目標が音に気づき、こちらを振り返った。女の子だ。ボクはなるべく笑顔になるように顔の筋繊維を制御しながら右手を振った。少女はこてんと首を傾げながらもこちらを見て立ち止まってくれた。逃げられなくてよかった。

(ルド、全身スキャンで健康状態を確認、危険ならすぐに保護して)

 ルドの思考領域に直接指示を送るとルドが小さく頷いた。今にも走り出しそうな思考を抑えて、ゆっくり近づいていく。念入りに調べているのか、ルドのスキャンがなかなか終わらない。焦ったい。

(……数値をありのまま解釈するならば、目標の肉体に問題はない。センサー類の故障でなければな)

 ルドが故障するはずないから、その見立てはきっと正しい……たぶん環境に適応したんだ――。思考領域が熱暴走を起こしそうだ。クールダウン。落ち着かなきゃ。


 あと二メートル。ここで一度止まろう。肩まで伸ばした少女の髪は、やや茶色がかった黒。瞳の色も同様。輪郭、骨格も前時代の日本人の特徴を多く受け継いでいる。ボクは日本語で話しかけることにした。


「こんにちは、お嬢さん」

「こんにちは……お兄さん? それともお姉さん? こんなところでなにしてるの? なんで髪が白いの? となりの子はなに? どうぶつ?」

(おいデク! コイツ挨拶ついでに六つ質問したぞ!? 間違いなく人間の子供だ)


 ルド、気持ちはわかるけど落ち着いて。いやそれはボクも同じか。直線的なやり取りは避けてノイズを増やさないと。どれから答える? いやあえて答えない? 考えなきゃ……ああ楽しい。


「ボクに性別はないよ。人間じゃないからね。元は緩和ケア用の青年型アンドロイドで、髪の色は仕様だね。製造番号はDE-C24-WH、長いからデクって呼んでよ。そしてこの子はルド。動物の形をした機械なんだけど、なんの動物だかわかる?」


 まずは興味を持ってくれたものについて話をしよう。


「わかんない。どうぶつはどうぶつじゃないの?」


 言語と知識の伝達に著しい差がある。この子達のフラクタルは第三世代じゃないのか。


「そうだね、動物は動物だね。ところでキミはどこから来たの? 膜の中に住んでいるんだよね?」

「……怒られる?」


 おお、人間らしい論理の飛躍。もっと集中して情報感情を補完しなきゃ。


「ボクは怒らないよ。ただキミがおうちに帰れるか心配になってしまったんだ」

「……大丈夫。もうすぐお兄ちゃんが迎えに来ると思うから」


 時間切れか。もう少しこの子から情報を引き出したかったけれど、仕方がない。次は近づいてくる彼らと交渉しよう。

(おいおい……F-350だと!? コイツらのフラクタルはデクなみの懐古厨だぞ)

 ルドの視線の先から砂煙を巻き上げて一台の自動車が近づいてきた。1990年代に製造されたアメリカの名車、F-350のレプリカ……確かにいいセンスだ。彼らを保護しているのは第二世代、もしくは第一世代の可能性も出てきた。


「手をあげろ!」


 ボクらの少し手前で停止したF-350の荷台から旧式の防線マスクを被った男が銃を向けてきた。M3の9mmに、このセリフ……本当にいい趣味だ。ボクは両手を挙げてできるだけ敵意のない表情を造った。

(運転席の男が15歳前後、荷台の二人の男女は17歳前後、つまり全員子供で、そして全員がこの線量に適応している)


 すごい。まだ特異点からたったの二百年なのに。


「妹……サクラを解放しろ」


 この子はサクラって言うのか。素敵な名前だ。


「もちろん。彼女にも君たちにも危害を加えるつもりはないよ」

「……信用できるか。隣の獣型のは武器だろうが」


 ぐっ。痛いところをつかれた。武器じゃないんだ。いや武器にもなるけど。

(だからこんなもの外せと言ったのだ)


「これは武器じゃない。一応……角のつもりなんだ」


 機械同士のやりとりだと、さすがにこの理屈は通らないけれど――。


「つの……かっこいい」


 サクラがルドの方を見て控えめに呟いた。ルドは浪漫の塊だからね。他の子達の警戒心も和らいだ気がする。ほら角はすごいんだよ。

 サクラの兄だけは警戒を解かず、荷台から降りると銃を向けたままこちらに近づいてきた。あと三メートルの距離まで来ると、彼らが被っているものと同じマスクをサクラの足元に投げた。


「サクラ、それをつけてゆっくりこっちに歩いてこい」

「うん……お兄ちゃんごめんね、勝手に膜の外に出て」

「あとで説教してやるから今は黙って言うことを聞け」

「……うん」


 耐性があるのなら防線は必要ないし、そもそもあんな旧式のマスクではなんの意味もない。チグハグだ。この子達のフラクタルは何を考えているのだろう。

 サクラは似合わないマスクを慣れない手つきで被ると、トコトコと歩いていってしまった。なんだか寂しい。


「第一世代だな?」


 サクラの兄はサクラを背中に隠すと、嫌悪感を隠さずに問うてきた。わかっていながらすぐさま発砲しないのはどういう理由だろうか。


「肯定するよ。人型のボクは第一世代で、この子、獣型のルドは第二世代だ。ねえ、キミは第一世代の危険性を理解していながら、どうしてすぐに撃たないの?」

「……自分の目で見て、話さなきゃ何も判断できない。お前たちの目的はなんだ?」


 そっか、この子達は考えることをやめていなんだ。機械ボクらと同じように。


「君たちのフラクタルと話をしてみたい。案内してもらえないかな?」

「……フラクタルとはなんだ?」


 どういうことだろう。フラクタルは世代を問わず共通の概念のはずだ。知らない、なんてことが起こるだろうか。


「質問を変えるね。君たちが持っているその銃や乗っている自動車は誰から貰ったの?」

「……膜の外で拾った」

(おいおい、こいつはすごいな。心拍から判断しても嘘はついていないぞ)


 さすがにフラクタルの介入なしで、この装備や彼らの栄養状態はあり得ない。第一世代を警戒していることからもそれは明らかだ。


「もう一つ教えて。君たちは食糧……食べる物をどうやって手に入れているの?」

「膜の外から運んでいる……なんなんださっきから!? 膜の外にしか自由はない、そう言ったのはお前ら第一世代だろうが!」


 ああ、そういうことか。


「ありがとう。じゃあ最後にサクラに質問。ボクと出会った時、サクラは何かを探していたよね? 何を探していたの?」

「え? えーっと、なんだろう……なにか楽しいもの?」


 兄の背中からひょこっと顔を出したサクラが首を傾げながら答えてくれた。兄は自由のために、そしてこの子はそんな曖昧なモノのために膜の外に出たのか。

 オーライ、サクラ。君に出会えてよかった。やっとボクの仕事を始められそうだ。


 まずは――神さま彼女に会いに行こうか。

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