いたいけな少女、『カワイイ』といって魔王をペットにする~特典はもふもふ、最強、スローライフ。たまに悲鳴も上げさせられます

桃色金太郎

第1話 こんにちはウサギくん

「あっ、花火だわ。起きなきゃ」


 私の名前はカノン・アルフォートン。本日10才になりました。

 それと同時に今日は、住んでいる魔法都市で真夏の大運動会が行われるの。

 朝から打ち上げられる花火が、私の為みたいで嬉しいです。


 この運動会の良いところは、参加する種目の度にスタンプをもらえ、その数によって景品がもらえるのです。


 私が目指すのは、スタンプ7個でもらえるガリガリアイス。みんなが憧れるアイス界の王様です。


 何せウチは貧乏で、おやつなんて出た事がない。

 だから高級アイスなんて高嶺の花なので、こういう機会でしかお目にかかれないの。


 この一年間どれ程待ち望んでいたことやら、もうヨダレを我慢するので大変です。


 日中いっぱい頑張って、ポイントを貯めていく。そして日が暮れていよいよ交換の時間、みんな一斉に交換所に並びはじめたよ。


「しまった、出遅れちゃった。あわわわー」


 まるで戦場、みんな押し合いへし合いで必死だよ。

 私はみんなにトロいといわれるけど、自分ではそれ程だとは思わない。

 だって今回も後ろの方だけど最後尾じゃないし、去年までの経験がいきているよ。


 それにしても疲れて喉はカラカラだ。余計にあの味を思い出してしまう。

 シャクッとくる爽やかな甘さの先に、歯ごたえのある氷の粒。

 それに鼻から抜ける冷気とジンジンと残る余韻。


 はぁ、完ぺきな食べ物ってあるものだよね。

 暑さだけじゃなく、疲れもふっ飛ばしてくれるもの。

 みんなが争って並ぶのも分かるかな。


 列は進んでいき、ついに私の番となる。

 まだ残っていた青いガリガリアイスに喜び、盗られないよう素早く選んだ。


 みんなから離れた公園で包み紙から取り出すと、香りと冷気が漂ってくるの。

 すでに溶けかけているけど、その美しさに変わりはない。


 アイスくん、待っていてくれてありがとね。


「何をトロトロしているのよ!」


「あああっ!」


 ドンと後ろから押され前につんのめる。

 その衝撃でズルッと棒からアイスが落ちた。

 そのうえ、必死に出した足のせいで砂までかかってしまい、三秒ルールが通じないほど汚れてしまったの。


 ええ、そうですよ。この瞬間、わたしの夏は終わったのです。

 いや逆に、またアイスを想う一年が始まってしまったわ。長いよ、ながい、長すぎますよ。


「いやーねー、服が汚れるじゃないのよ。アナタいつからそんなに偉くなったの?」


 押してきた相手は悪びれる事もなく、ため息をつき自分の事だけを気にしている。


 彼女は市長の一人娘で、15才になるポッポー・ハトヤマさんだ。

 金髪碧眼のクールできれいなお嬢様。上背もあり、お胸も大人顔負けの体格である。


 でもその外見とは裏腹に、この人は近所でも有名な暴れん坊なの。

 相手が幼い子であっても容赦をしない、みんなが恐れる存在だ。


 だから何があっても目は合わせない。これ以上なにもされない事を祈るだけだ。


「ちびカノン、手負いのモンスターを見かけなかったかしら?」


「えっ?」


「はあー、理解が遅いわね。私が言っているのは、魔物のモンスターのことよ。かなりの大物だったけど、あと少しの所で逃げられたの。もし見つけたら知らせなさい」


「て、手負いですか?」


「あなた……いま横取りしようって考えたでしょ?」


「め、め、め、滅相もありません」


「なんて意地汚いの。いい事、勝手に討ち取ったら許しませんわよ。もしヤッたら、この百倍はおみまいしますからねっ!」


「痛っーーーーーーーいっ」


 ゲンコツを頭にもらいクラッとくる。

 それでも答えなければと顔をあげるが、すでにポッポーさんはいなくなったいた。

 もう遠くで誰かを怒鳴りつけていて、その犠牲者は宙に舞っている。いつも通り嵐のような人でした。


 色んな事がありすぎて、力が抜けてヘタリこむ。ほっとしたのが大半である。


「はあ~怖かったなー。……でもアイス、どうしよ」


 もちろん食べれないが、このままってのも汚ならしい。

 せっかくの楽しい運動会だし、人に迷惑をかけたくない。

 排水路に洗い流すかと拾い上げた。


「キュー……ン」


 すると何処からか、か細い鳴き声がしてきた。

 何かと茂みを分けてみると、すぐそこに白いウサギが横たわっていたの。

 白地の体に青い線が入っているので、はじめは人形かと思ったよ。


 でもそれは本物のウサギくんで、しかも死にそうな状態だった。

 バッサリと斬られていて血を流れている。

 ひと目で危ないって分かるほどだ。


「た、たいへん。はやく病院にっ! ……あっ、無理、だよね」


 この子を病院へなんて連れていけやしない。


 自分たちが病気の時でさえ、お金がもったいなくてガマンをしているのだ。

 ましてや動物病院だなんて、とてもじゃないが払えない。心と頭が冷たくなる。


 私はこの子をただ見守る事しか出来ないのだ。無力な自分に涙が溢れてくる。


「ごめんね、ごめんね。何もできなくてごめんなさい」


 ウサギくんは虚ろな目で見てくる。

 苦しそうにあえぎ、少しだけ鼻をヒクつかせた。


 残った力を振り絞ったのか、なんとなくその意味が伝わってきた。


「何か飲みたいのね。でも何もないのよ、本当にごめんなさい」


 水筒の中身は既になくなっている。家へと取りに帰っていたら間に合わないだろう。

 困り果てていると、ウサギくんはまた鼻をヒクつかせ、私の手の平の方に顔を少し動かした。


「こ、これ?」


 私が持っている溶けかけたアイスを欲しているようだ。

 他にはないし、できる限り土をはらい口元に近づける。


「これでいいのね? うん、うん、冷たいからビックリしないでね」


 ツーッと伝う青い水。

 口にジワリと染み入った。


 飲み込めたかどうかは分からない。

 様子の変化をじっと待つ。


「あっ、動いた!」


 今度は口が少し開いた。

 もっと欲しいみたい。

 今ので渇きが強くなったのかな。

 小さな口でアイスをほんの少しかじったの。


 ーシャリッ


 そしてゆっくりとモグモグをし、軽く吐息を漏らす。


 更にひとくち、さっきよりも大きく開く。

 この子もアイスが気に入ったみたいだ。

 ふた口、三口みくちと途切れない。


 ーシャリ、シャリッ


 私も釣られて口が動いてしまう。

 あの冷たい感触が私の中で広がり、なんだか冷えてきた。


「良かったね、最後においしい物を食べられてさ」


 優しく撫でると目を細めてくる。


 でも、この子はじきに死ぬ。

 血がドクドクと流れていて打つ手はない。

 特に額と背中の傷がひどいもの。

 お母さんには怒られるかもしれないけど、その時まで一緒にいてあげよう。


 それが伝わったのか、星形の眉毛をフニャらせている。

 食べ方の要領をえたウサギくんは、そのリズムを上げていく。


 ーシャリ、シャリッ、シャリッ。ガリガリ、ごっくん。プハー、シャリッ。


「そ、そんなに焦らなくていいんだよ」


 ずいぶんとガッツイてくる怪我人だ。

 良い事なんだけど、その光景はだいぶ変でちょっと笑える。


 更にスピードが増してきて、なぜか精気がみなぎり起きあがってきた。

 とても死にかけとは思えないし、本当に食べさせ続けて良いのかと心配になってきた。


 あれよあれよ無くなるアイス。

 最後のひと口を飲み込んだ瞬間、ウサギくんに異変が起きました。


 ウサギくんがピカーッと光り輝き、ふぁーと宙に浮いたのです。

 まるで神様のように後光を背負い、周りに誰もいない空間で、私だけを照らしてくるよ。


「あわわわ。ど、ど、どうしよう。やっぱ動物にアイスは駄目だったんだ」


「キュー?」


 両手を広げる神々しいウサギくん。

 驚く私に『何か?』みたいな表情で、優しく微笑んでくる。

 でもそれよりも気になる事が起きているよ。


「あれれ、待って。きみ傷は?」


 何がどうなったのか、血が止まり傷口は塞がっており痕さえもない。

 信じられないがこのウサギくんは、死にかけて、治って、笑って、宙に浮いた。

 もう私は大パニックだ。


 これは魔法に詳しくない私でも分かる異常事態である。

 たかだかアイスひとつで起こる奇跡じゃないよ。


 なのにウサギくんは待ってくれない。

 ふんわりと降りてきて、固まる私の手の平にチョコンとあごを乗せてきたの。


「か、かわいいーーーー」


 これはズルい。

 フワフワな心溶けるこの感触に、誰が勝てるというのだろう。

 浮いただのとかの些細な事など、どうでもよくなるよ。

 心がトロケて、この感触をしばし楽しんでしまう。

 このまま家に連れて帰りたいよ。


 でも何か引っかかるものがある。大事なことを忘れているような気がするよ。

 しばらく考えていると、その答えを遠くに見える時計台が教えてくれた。


「きゃーーっ、こんな時間だ。帰んなきゃ!」


 もう八時を過ぎている。ヤバい、ママに怒られる。

 ウサギくんを地面におろし、別れのバイバイをする。


 大声のせいで光のおさまったウサギくん。

 ビックリはしているけどもう心配なさそうだし、挨拶もソコソコに私は駆け出した。


「きゅーーーーーーーーーーーーー!」


 後ろで騒いでいるけど仕方ないよ。

 ウチは貧乏、とてもじゃないが連れて帰れない。

 それに家でお手伝いをやらないといけないし、私の夏は待ったナシだ。


 でも、ここ何年かで久しぶりの楽しい思い出になったよ。最高の誕生日だ。

 ウサギくんとの出会いで足取りも軽くなり、思ったよりも早く家に着くことができたのだ。

 ママに話したら何て言うだろう、早く聞かせてあげたいよ。

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2024年12月13日 12:00
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いたいけな少女、『カワイイ』といって魔王をペットにする~特典はもふもふ、最強、スローライフ。たまに悲鳴も上げさせられます 桃色金太郎 @momoirokintaro

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