魔境の試練 七

 レオニアスが駆け出していくのを見送りながら、ウヌ・キオラスはアルフェリムに手を貸して、テントの中に移動させた。

 取って来た卵をレオニアスに手渡し水を飲んでいたミラーノを招く。

「こっちへ来て! 魔障を受けたなら浄化しないと」


 キャノピーの日陰にミラーノを座らせ、ウヌ・キオラスは正面から傷口を診る。


 右頬から耳にかけて浅く線のような傷、血はほとんど出ていないが、周囲の皮膚が赤みを帯びている。掴まれて爪が刺さった左足首は、まだ血が流れていて、皮膚は赤く腫れ、水膨れのようになっている箇所もある。熱傷に近い見た目だ。

(オニゴロシに触った人の状態に似てるな)

 オニゴロシというのは、カエンダケの仲間と思われるきのこの一種で、大森林では多く見られる。周囲の村人は危険だと知っているので触らないが、魔獣を求めて別の地方からやってきた傭兵や、貧しさから食べ物を求めて森に入り採取してしまう貧民など、年に何度か中毒症状を起こした患者を神殿で治療する機会がある。触れるだけでも皮膚のただれを起こす危険なきのこで、食すればわずかな摂取量でも死亡例がある。

「これ、痛い?」

 ウヌ・キオラスが尋ねると、「このくらい大したことは……」と返って来たので、

いたことに答えて。治療の仕方が変わるの。これ痛む?」

ピシャリと言い放つ。

 痛みがあるという返答に、少しホッとする。それならばおそらく傷は神経には達していない。


 シアンが隣で治療薬を準備しているので、ウヌ・キオラスは、まず魔障ましょう(魔性の毒による傷病)を取り除くことにした。

 祝福シュエルテ「闇夜の抱擁」を使う際には、対象物に触れる必要があるので、左手を伸ばして右腕を掴む。

(一度に一ヶ所ずつ、力を集中させよう)


 午前中、アルフェリムの全身に対して祝福シュエルテを使用したので、疲労を感じるウヌ・キオラスだが、焦る気持ちもあった。

 近日中に全員を浄化しなくてはならないし、今後は定期的な施術が必要になる。もっと効率を考えなくてはならない。


(ついでだから状態だけ診ておこうかな)

 思いついて、彼の体の中にある「生命の器」に触れてみる。

「……えぇ?!」

 ゾッとして、反射的に手を離してしまった。


 仲間たちが驚いてウヌ・キオラスを見つめるが、それには気付かず、ミラーノに詰め寄る。

「なんで言わないの?! すごい紫色だよ。こんな状態で動き回るなんて正気じゃないよ!」

 彼の器は、濃い紫色の液体――魔性の毒による侵食が進んでいた。


 すぐに浄化が必要なので横になるよう告げると、あろうことかこんな返答を受ける。

「まぁ元気いっぱいとは言わないけど、動けないほどでもねぇし。お前、大活躍だったんだから、今日はよく休め。俺は後日で構わないよ」

 応急処置だけしておけば何とかなるだろう、とシアンから道具を受け取ろうとするミラーノ。

 ウヌ・キオラスは、過去こんなに腹が立ったことはないというくらいカァっと体が熱くなって、大声を出した。

「いいわけないでしょ!!」


 それって、40℃近い熱があるけどちょっと頭痛がするぐらいだから大丈夫、って言ってるのと同じことだよ。

 周りの人が心配しないと、本気で思ってるの?!

 辛さの感じ方も、表現の仕方も、個人差があるのは分かるよ。でも、それは辛くないわけじゃないんだよ。

 ちゃんと伝えてくれなきゃ、なにも助けてあげられないじゃないか!


 体は熱くてどんどん言葉があふれ出してくるのに、頭の芯は氷水に触れたようにシンと冷え込んで、一瞬、ふっと意識が飛んだ。


 ウヌ・キオラスは、アルナールに進軍の休止を提言する。

「自覚症状のない人も、今日、全員診ます。こんな問題児、二人もいたらマジギレする自信があるけどね」

 問題児、の部分を強調して、ミラーノを睨みつける。よほど意外だったのか、彼は間の抜けた顔でこちらを見つめていた。

「はい、ここに横になって。異論は認めないから」

 ミラーノは、今度は素直に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る