魔境の試練 六

 茶色っぽい塊は、躊躇ちゅうちょなく崖に張り付いた侵入者へと突き進む。鳥から見れば、巣に近づく生き物など危険因子でしかないのだから、殺意を覚えて当然だ。


 シアンは弓を構えて待っていた。

 はじめにミラーノに言われた注意を思い出す。

「空中で、人間が鳥に勝てると思うな。鳥が攻撃対象おれに接触しようとする瞬間、タイミングを合わせて射ろ」

 十字弓クロスボウは、貫通力は高いが装填に時間がかかるため乱発すれば隙を生む。

(動きに、合わせて……!)

 矢を放った。だが、この第一射は何なく回避された。

 鳥は短い距離を旋回すると滞空飛行し、

「キュイキュイキュイ……」

と警告音のような高い鳴き声を響かせた。 

 大きな鳥だ。人間と比較するとよく分かる。焦げ茶色の翼を広げた姿は、大人の男性を包み込めるほど。頭部と尾羽根は白く、くちばしと脚は鮮やかなオレンジ色をしている。


 レオニアスが叫んだ。

くちばしにも爪にも触れるな! 毒があるはずだ」

 後ろのアルフェリムたちとの会話を拾うと、神殿の魔獣関連の資料に記載があったそうだ。強い毒性があり、過去には失明者が出たこともあるという。


 鳥が急降下した。鋭いくちばしを、ミラーノは短剣で受ける。なるべくその瞬間を狙って第二射を放つが、やはり当たらない。

(ちゃんと狙って。鳥の動きが予測しづらいなら、ミラーノさんが反撃するタイミングを狙うのよ)

 シアンは、ほとんど崖の真下から戦いを見上げていた。そうでなくては、外れた矢がミラーノに当たってしまうからだ。おかけで動きはよく見えるのだが、いかんせん攻防が速すぎてタイミングが掴めない。

(自分に出来ないことは、出来る人に助けてもらえばいいの)

 同じく崖下、シアンからは少し離れた場所にいるアルナールに呼びかける。

「アルナール! 弓を引くタイミングを合図してくれない?!」

 実はアルナールも弓を装備している。古式ゆかしい木製の弓だ。

「分かった。声出す。もう少し待って」

 アルナールは、頭上の戦いから目を離さない。


 彼女は一本も射っていない。その間も、魔獣は旋回と攻撃を繰り返しており、片腕一本で体を支え、その攻撃をさばくミラーノの負担は想像以上のものだろう。それでも、アルナールが待てと言うからには意味があるはずだ。


 実際にはせいぜい数分なのだろうが、ずいぶん時間が経ったように思う。暑さと焦りから汗が幾筋も垂れてきた頃。

 魔獣の翼に払われて、ミラーノの手から剣が離れ――。

「今!」

アルナールの指示が飛ぶとほぼ同時に、二本の矢が飛ぶ。一本は鳥の右翼に刺さり、大きな羽根を撒き散らした。一本は足の付根近くに刺さる。


「キュイィィィ!」

 魔獣がもがく間に、ミラーノはくわえていた短剣を取り、首に突き刺した。羽根と血しぶきが舞う。

 明らかに空中でよろめいた魔獣だが、今一度力強く羽ばたいた。簡単に、侵入者を許すつもりはないようだ。

 大きな爪で、ミラーノの片足を掴む。岩壁から手を離せない彼は防御出来ない。


 その時、地上から一筋の光が飛んだ。

 それは、魔獣の胸に突き刺さり、致命傷を与える。アルナールが、先ほどミラーノが取り落とした短剣を投擲とうてきしたのだ。


 シアンも続けて第三射を放つ。真下から首を貫通、力を失った魔獣は20メートルの距離を落下し、大きな音を響かせ地面に衝突した。砂礫されきと幾本かの羽根が宙を舞い、やがて静まる。


「はぁ……っ、はぁ」

 大きく息を吐き出しながら、ぞっとした。

 予想以上に大きな衝撃。人間が落下したら、とても……。


 急いで上を見上げる。


 ミラーノはさっさと移動し、巣があると思しき出っ張りに腕をかけていた。そして地上に、「首尾よし」の合図をくれる。彼は白っぽい卵を網に入れて腰に下げると、登りよりは慎重な様子で、それでもかなりのスピードで降りてきた。およそ3メートルほどの高さに到達すると、ぐっと弾みをつけ、砂地めがけて飛び降りた。


「はぁ、あっつ。誰か、水くれ」

 彼は額や首筋の汗を袖で拭いつつ、無感動に動かなくなった魔獣を見る。本当に「ちょっと行ってきただけ」というつもりなのかもしれない。

 レオニアスが駆け寄ってくるのが見えた。

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