凄い・・・ウヌ・キオラスが大活躍だ。アルフェリムの症状を、当初、昔自分が海外(豪州中部の乾燥地帯で救急車で運ばれた時)の症状と全く同じでつい「脱水症状だ」と勘違いして読んでいた。
祈りの言葉を口に出すのが、女神への敬意を表す意味のほかに、精神統一の性質も持っているとのこと、これ好きですね。もうウヌ・キオラスが好きです。
前にアニメだったか漫画だったか忘れましたが、魔法を詠唱する必要はない、ということを言う登場人物がいました。自分は魔法のことをよく知らないので、何を言ってるのかな?と思い、聞いて(読んで)いましたが、結局こういうことなのだと思います!!
それと、聖水も、ドラクエの聖水の使い方しか知りませんが、(ドラクエといっしょにしてすみません!!)確かあれもあんまり大した効能はなかったかと。(いつも不安で沢山持ち歩くくせに、袋に聖水がいっぱい残ってしまってた笑)
こういう細かい設定を作れるところも合わせて、本当に頭下がります。
作者からの返信
え、海外で脱水症状!? すごい心配になってしまいました。なお、アルフェリムの症状は、先日の胃腸炎の体験をほぼそのまま書きました。役に立った(笑)
おぉ、ウヌ・キオラスの好感度が上がっている。ありがとうございます。彼は、今後も活躍しますよ!
魔法の詠唱に関しては、私は他の作品の世界観では「言葉に出して詠唱、もしくは記述式を書くこと」を必須としています。
本作では、祝福が魔法に近いと言えば近いですが、うーん、私の中では違うものです。でも言語化が難しいです。
聖水についてご説明します。
これは、公国にある女神の泉から汲み上げた水に、薬草をブレンドして、教皇の「気」を希釈した内服薬です。
うっすら女神の力が漂い、ほんのり教皇の「気」が混ざり、体にいい成分が入っていますが、目的がはっきりしていない(どの傷病に使うか決めていない)ため、汎用性は高いものの効果はそれなり、という代物です。
教皇しか作れないため、お値段はお高いです。
編集済
アルフェリムの体調、「ちょっと旅の疲れが出ている」ぐらいのものだと思っていたのですが、深刻に悪いんですね。
普通の旅と違って、補給もないし、具合の悪い人だけ、どこかの安全なところ(村とか)に置いていく、なんてことができない魔境の旅は、きついですね。アルナールの顔が険しくなるわけです。
けど、「花粉症」ですか!?
花粉症みたい、なだけで、もっと深刻だと思うんですが……。ウヌ・キオラス的には「花粉症」がしっくりくるんですね。
原因が分かれば、対処のしようが……ない!? え、ウヌ・キオラスの祝福がこぼれている!?
聖水でよくなるらしいのは救いですが、「花粉症」ということは、今はまだ症状の出てない他の人も、一定量の花粉を浴びたら発症するわけですよね。そして、花粉がなくなるまでは症状が出続けるはず。それじゃあ、すぐに聖水が底を尽きるということで、かなり、まずいのでは……と、最近、花粉が減ってきて、やっと症状がなくなってきた、花粉症の私は思います。
あの、余計なことかもしれませんが、「アルフェリム」の名前が、四箇所「アルフェリ【ウ】ム」になっています。
(前のページでも、一箇所「あれ?」と思ったのですが、ご報告を忘れました)
どっちも、カッコいい名前だと思うんですけど、正しくは「アルフェリム」ですよね。
(……実は、私もコメントで「アルフェリ【ウ】ム」と書いてしまったことがあって、こっそり、「編集」の機能で直しました)
作者からの返信
ふぁぁぁぁっ!
まずは誤字報告ありがとうございます。どうやらスマホで間違って変換した過去があるらしく、しつこく候補で出してくるんですよ。修正しました<(_ _)>
はい、単なる疲労ではありませんでした。エピソードタイトルどおり、みんなにはしばらく苦労してもらいます。
祝福があればどうにかなる、強いやつを集めたらどうにかなる、というのであれば、過去にも魔境踏破した人類がいると思います。その線を潰すために必要な章かなと思っています。
そして、聖水でなんでもかんでも治る、という状況も困りますので、ここはウヌ・キオラスに頑張ってもらいましょう!
なんだかすごく作者都合で苦労させてますね、申し訳なくなってきました^^;
教皇が「花粉症」にたとえたのは、ウヌ・キオラスに分かりやすく説明するためなのかな。
同じ状況下で、症状の出る人、軽い人重い人……個人差がある点ではいい例えかなと思いますが、緊張感はないですね。まぁ教皇に緊張感はないですもんね、仕方ないです。
前話からただの疲れだと思っていましたが、違ったのか……(´;ω;`)
聖水……万能じゃない、数に限りがあるっていう緊張感。
アルフェリムの症状も危うさを感じて仲間たちの焦りや心配がひしひしと伝わってきました。
作者からの返信
疲労と見せかけて、魔障です。
大砂漠編は、「食糧難、寒暖差、魔障」など、環境の厳しさによる生命の危険を多く描写しています。
聖水が万能では意味がないので、役割は補助的なものです。