終末の王国~原初のアルカンシェルを求めて魔境の旅路へ~

路地猫みのる

神託-0

 私は、虹の女神スピネル様を祀る中央神殿で助祭をしている者だ。

 私の仕事は、女神に祈りを捧げ、女神の代理人である聖教皇フォアスピネ様の身の回りのお世話をすること。特別な才能など持たない私だが、毎日忠実に女神の使徒としての役割を果たしている。


 洗顔用の水、洗濯したての清潔なタオル、あたたかなショールを持って、静かに聖教皇フォアスピネ様の寝室へ入る。ノックはしない。彼は静寂を好む人だから。


 いつも通り、彼はもう起き上がっていて、朝の光が差し込む窓辺に頬杖をついて、神殿の庭を眺めていた。

 その姿は、思わずほぅとため息をつきたくなるような美しさに満ちている。地面に届きそうな細い銀色の髪と、まるで蒼い宝石のような瞳。つんと上げた顎、そこに添える細い指まで、全身の隅々まで完璧であるかのような、まるで神の彫った彫刻ではないかと思えるような人。


 しかし、私は心の高揚を抑え、黙々と自分の仕事をする。聖教皇フォアスピネ様の朝を乱すなど恐れ多い真似はしない。それが私のちっぽけな忠誠心プライドだ。


 そんな私の視界の端で、薄い唇がうっすらと開き、神々の愛でる音楽のような音が私の鼓膜を震わせる。

「そろそろ誰かに伝えるべきかな。おそらく近い未来に滅亡しそうなんだよな、この国」


 美しい声は、今日も私の胸を打つ――。

 ――…………。

 ――……。

 ――今、なんと?


「ふ、ふぉ、ふぉ……」

 あぁ、激しい動悸が止まらない。


「ん? どうした、カーシュ。毎朝、私の美しさに感動するのも疲れるであろう。ご苦労なことだな」

 音楽のような声が私の名を呼ぶありがたき幸せ――いや、違う、そうではない。

 このままではダメだ、このままにしてはいけない。私よ、気力を奮い起こせ。言葉の真意を質すのだ。

 聖教皇フォアスピネ様の言葉は絶対だ。その唇から「国家の滅亡」などという不穏な言葉が滑り落ちるとは!


「ふぉ、フォアスピネ様。今の、今のお言葉はどういう……」

 ほとんどあえぐように尋ねる私に、彼は美しい微笑みを返した。

「言葉の通りだ。近い将来にこの王国は滅ぶと言ったのだ。ふむ、お前に一番に知らせるのも悪くないな」


 私は、もつれる足を叱咤して、寝室からよたよたと退出した。

 そして、肺いっぱいに空気を吸い込み、力の限り叫ぶ。


「し、神託だー! 非常に重大な神託が下された。聖侍者様にご報告を、高位神官は大至急集まってくれ!」


 ざわつく聖職者たちの間を、体力の限り駆けまわって神託を知らせた。その不吉な内容を共有することで、恐怖から逃れようとしたのかもしれない。


 神託とは、必ず起こるから神託なのだ。

 たとえ、今年の冬は緑のスカートが流行するだとか、ニンジンの値段が1モルト下がるだとか、そんな小さなことであっても、神託が外れることは決してない。


 額にじんわりとにじむ嫌な汗はいくら拭っても止まらず、冬の朝だというのに、私はじっとりと湿った衣服をあおいで風を送った。

  

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