第5話「異世界の神の使徒と出会う」

「『神クエスト』にようこそ。予備枠での参加を認める」


 俺とハツホさまは、きりに包まれた草原に立っていた。

 目の前には羽の生えた人間……天使のようなものがいる。


 この姿は……本で見たことがある。

 この世界の神話に登場する神の従者に似てる。


「初参加の人間だな。質問を許可する」


 天使は言った。

 口調はおだやかだけど、まったくの無表情だ。


「なんじゃこの者は? 烏天狗からすてんぐみたいな姿をしておるが」

烏天狗からすてんぐと来ましたか」


 烏天狗は日本の伝説に登場する天狗てんぐの一種だ。

 稲荷神いなりしんのハツホさまには、天使の姿が烏天狗そっくりに見えるらしい。


「この人は天狗てんぐじゃないです。たぶん、この世界の神の従者です」

「ほほぅ。興味きょうみ深いのぅ」

「まずは俺が話をします。ハツホさまは様子を見ていてください」

了解りょうかいじゃ」

「それでは……高貴なお方にごあいさつします」


 俺は天使の前に出た。

 それから、貴族の作法でお辞儀じぎをして、


「お言葉に甘えて質問します。さっきまで俺たちは王都の冒険者ギルドにいたんですけど……気づいたら、ここに来ていました。理由を教えてもらえますか?」

「お前たちは上級神アーカルトさまのお力により、クエストの会場に召喚しょうかんされた」

「じゃあ、本当にこれは『神に選ばれし者』のクエストなんですか?」

しかりり。王族や貴族は『神クエスト』と呼んでいるが」

「……『神クエスト』」

「上級神アーカルトさまは、人間を愛していらっしゃる」


 歌うような口調で、天使は語り続ける。


「アーカルトさまは私たち『使徒しと』に人間世界の調査をさせている。看過かんかできない問題が見つかると、それを解決するために『神クエスト』が計画される。その後、資格を持つ人間を派遣はけんし、その問題を解決をさせるのだ」

「それが『神クエスト』ですか」

「いや、おかしいのではないか? トウヤはこれまで、そんなもののことを知らなかったのじゃろ?」


 ハツホさまが俺の耳にささやく。


「『ぎるど』とやらの女性も、あの光る紙を認識できておらなかった。なのに……」

「『神クエスト』を認識できるのは、参加資格を持つ者だけ」


 ハツホさまの言葉が聞こえたのか、使徒しとが説明をはじめる。

 彼女の言葉を要約ようやくすると、次のような感じだ。



『神クエスト』には、主に王族や高位の貴族が招待される。

 それ以外の者はクエストの存在を知らない。

『神クエスト』の存在は基本的に秘密とされている。


 クエストの参加者が足りない場合にのみ、町中に依頼書が貼られる。

 依頼書を認識にんしきできるのは、参加資格を持つ者だけ。

 その者が依頼書に触れると、クエストの現場に召喚しょうかんされる。


『民はなにも知る必要はない。世界を改善するのは、選ばれし者の役目』


 それが、上級神アーカルトの方針だそうだ。


『神クエスト』の運営には、この国の王家も協力している。

 だから目の前の天使──使徒しとは、人間界ではとある大公家に所属しょぞくする貴族ということになっている。

 その名は『ゴーズ大公家』。王家に近い最上位の貴族だ。

 使徒しとに人間としての身分があった方が都合がいいからだろう。


 王家に近い大公家の者が、民のために冒険者をやとい、クエストを行う。

 公式には、そういうことになっているそうだ。


「もうひとつ質問、いいですか?」


 使徒の説明が一段落したのをみて、俺は手をげた。


報酬ほうしゅうの『G−POINT』ってなんなんですか?」

「神の加護かごを得るためのものだ。人間にもたらされる神の力を、わかりやすく『ポイント』としている。『ポイント』を数多くめれば、人を超えることもできる。もちろん、金銭にえることも……」


 使徒しとがさらに説明を続けようとしたとき── 


「いつまで使徒の方々に時間を取らせるつもりだ!? 庶民しょみんが!!」


 不意に、声がした。


 いつの間にかきりは晴れていた。

 俺たちがいるのは、街道の近くにある草原だ。

 街道の先には柵で囲まれた村がある。

 あれがクエストの目的地『ルパウト村』だろう。


 街道に数人の人間が集まっている。

 そこにいた青年が、俺たちの方に向かってくる。

 まわりには剣士が2人。それと、魔法使いと神官らしき人物がいる。


 冒険者パーティのようだけど……青年の服装ふくそうが立派すぎた。

 装飾そうしょくがほどこされたよろいに、宝石がついた剣を持っている。

 どう見ても貴族、それも高位の人間だ。


「ダルム侯爵家こうしゃくけのゲイルンを待たせるとはいい度胸どきょうだな!」

「説明は重要」


 青年の言葉に返答したのは、使徒の女性だった。


「クエスト参加者は、説明を求める権利がある。これは、上級神アーカルトさまが定めたこと」

「あなたに言っているわけではありません」


 ゲイルンと名乗った青年は、使徒に頭を下げた。

 それから、俺をにらみつけて、


「ぼくが許せないのは、庶民しょみんが『神クエスト』に割り込んできたことです」

「そんなこと言われても」

「口答えするな。庶民!!」


 ゲイルンは吐き捨てた。


「上級神アーカルトさまのクエストは王家や上位貴族が参加するものだ。ぼくたちは人知れず世界を救っている。なのに、どうしてそれに庶民しょみんが首を突っ込んでくる!?」

「うちは一応貴族いちおうきぞくなんだけど」

「お前のことなど知るものか! どうせ名もなき没落貴族ぼつらくきぞくだろう!?」


 すごいな。正解だ。


「そのような者が聖なるクエストに参加するなど……ん? なんだ、その女は? どうしてぼくをじっと見ている?」

「そろそろだまった方がよいのじゃないかえ」


 ハツホさまは腕組うでぐみをして、不敵ふてきな笑みを浮かべていた。


「これからクエストとやらをするのじゃろう? 邪魔をするべきではないと思うのじゃが?」

没落貴族ぼつらくきぞくの仲間がえらそうな口を!! 貴様になにか言われたところで、このゲイルン・ダルムは──」

「怒っておるのはわらわたちではなく、使徒どのなんじゃが?」


 ハツホさまの言う通りだった。

 羽の生えた天使──使徒が、じっとゲイルン・ダルムを見ていた。

 表情はほとんど変わっていない。

 ただ、まゆを軽くつり上げて、ひとみを赤く光らせただけ。

 それだけで怒っていることが、わかった。


「クエスト参加者の選定は、アーカルトさまの名において行われるもの」


 使徒は淡々たんたんとした口調くちょうでつぶやいた。


「参加者の選定に異論を述べるのは、アーカルトさまを批判するのも同じ。ダルム侯爵家こうしゃくけのゲイルンは、その覚悟かくごがあって言っているのか?」

「も、申し訳ありません!!」


 ゲイルン・ダルムはあわてて頭を下げた。


「上級神アーカルトさまを批判ひはんするつもりはありません! 名もない貴族が参加しては『神クエスト』がけがれてしまうと思っただけで──」

「その判断を人間がするのは、不遜ふそん

「ひいっ!?」

「すべての判断はアーカルトさまがなされる。人が踏み込むべきではない」

「申し訳ありませんでした! お許しください!!」


 地面に座って頭を下げるゲイルン・ダルム。

 その姿を見下ろしながら、使徒は、


「また『神クエスト』に参加する者同士の争いは禁止されている。このクエストは好戦的な人間による争いを避けるためのものでもある。参加者は、意図いとを理解するべき」

「承知しております。申し訳ありませんでした」

「許す。ただし、次はない」

「は、はい!」


『許す』と言われて、ゲイルン・ダルムが立ち上がる。

 奴は俺をにらんでから、仲間の方へと歩き去っていった。


「村に入る前に、言っておくことがある」


 使徒はまた、俺たちに視線を向けた。

 ゲイルン・ダルムとのやりとりなどなかったかのような、冷静な表情だった。


「このクエストが神によるものであるは、村人には秘密である。クエストを運営するのは『ゴーズ大公家』ということになっている。神が関わっていることを、村人に明かすことは許されない。これは神による、人への干渉かんしょうを最小限にするためのものである」

了解りょうかいしました」

承知しょうちなのじゃ」

「村の中では、我らは人の姿を取る。管理者として同行する。ついてまいれ」


 使徒しとがくるりと一回転すると、背中のつばさが消える。

 彼女は神官っぽいローブを着た、背の高い女性の姿になる。

 使徒は『私は、ゴーズ大公家の管理者ツヴァイである』と言って、歩き出す。


 街道かいどうを進むと村が見えてきた。

 山間にある、小さな村だ。北の方に見えるのは国境の山脈だろうか。

 ということは……使徒は王都から一瞬で、俺たちを国境まで移動させたのか……。


 すごいな。

 さすがは上級神の力ってところだ。


 俺とハツホさまは管理者ツヴァイの後について、村に入った。

 村の入り口にはゲイルンのパーティがいた。

 その側には、ツヴァイとまったく同じ姿かたちの女性がいる。

 彼女は「管理者アイン」と、短い名乗りをあげる。


 ゲイルンたちの後ろには、やっぱり貴族っぽい少年に率いられたパーティが立っていた。

 側にアインやツヴァイと同じ顔の管理者がいる。

 彼らもクエストの参加者なのだろう。



「「「『ゴーズ大公家』の名のもとに、クエストの説明をはじめる」」」



 3人の管理者はそんなことを宣言したのだった。



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