第4話「転生サムライ、告知のドラゴンと出会う」

「間違いない。この場所だ」


 時刻は夜。湖面こめんには3つの月が映っている。

 この世界の空をまわる月だ。


 俺は指折り数えて、今日のこよみを確認する。


 王国暦おうこくれき134年。青の月の1日。

 20年に一度、青と赤と黄色の月が重なる日だ。日付は合ってる。

 ゲーム『NDO』で、とあるイベントが発生する日だ。


『NDO』の目的は8人の魔王を倒すこと。

 そのためにはあらゆる民族と種族が協力しなければいけない……というのがコンセプトだ。


 だから、魔王復活を告げるイベントがある。それも、何度も。

 オンラインゲームだからね。

 イベントが一度だけだと、見られない人がいるからな。


 王国暦134年、青の月の1日も、そのひとつだ。

 この日この場所で、世界の変化を告げるNPCが出現することになっているんだけど……。



 ゴォォォォォォォォ……。



 ……はじまった。


 水面が波打なみうちはじめる。

 湖全体にうずが生まれる。

 湖の底から、巨大なものが現れようとしている。


 渦は徐々に大きくなる。

 まるで、湖面に空いた穴のようだ。

 そこから巨大なものが浮かび上がってくる。



 そして、水しぶきとともに、巨大な竜が姿を現した。



「……でかいな」


 ゲーム画面で見るのとは迫力が違う。

 竜の頭だけでも、前世の世界の大型車くらいある。

 それが水しぶきを散らしながら、ゆっくりと姿を現す。


 長大な身体が天に向かって伸びていく。

 銀色のうろこかがやいている。

 身体についた水滴すいてきが月を映し、白く光っている。


 現れたのは、蛇のような胴体どうたいを持つ、東洋の竜だった。


 この世界にはいろいろな竜がいる。

 長い身体を持つ東洋の竜も、つばさの生えたドラゴンも。

 ゲームタイトルが『ネオ・ダイバーシティ多様性・オンライン』だからな。

 その辺はこだわっているらしい。


 やがて、竜が完全に姿を現す。

 巨大な身体を空中でくねらせて、竜は月を見つめている。

 3つの月が重なっているのを確かめてから、地上に視線を向ける。



「──この世界に住まう、あらゆる生命に告げる」



 魔力を宿した声がひびいた。



「この世界に存在する8人の魔王を討伐せよ。奴らを放置ほうちすれば、いずれ戦乱せんらんの世がおとずれる。魔物が地を埋め尽くし、人々は苦痛の叫びをもらすこととなろう」



 よし。イベント通りのセリフだ。


 まあ……戦乱の世は訪れないんだけど。

 オンラインゲームだから、基本的にタイムリミットとかないし。


 ただ、イベントで目的を告げておかないと、みんな目的を忘れるからな。

 魔王を放置してレベル上げに専念したり、ジーノたちのように家督かとく争いにいそしんだり。

 そういう連中に目的を再確認させるのが、この竜の役目なんだろう。


 そんなことを考えながら、俺は竜の話が終わるのを待った。

 その間は、ずっと正座していた。

 これから交渉する相手を前してるんだだからな。礼儀正しくしておかないと。



「言うべきことは言った。この世界の生命よ、せめて生きることを楽しむがよい。さらばだ……」



 そう言って、竜が天に視線を向ける。

 イベントの竜はこのまま天に昇っていく。二度とゲームには登場しない。


 だから、チャンスは今しかない。



「お待ちください!! 天翔あまかける竜よ!!」



 俺は正座したまま、声をあげた。

 それから、用意しておいたアイテムを地面に並べる。



 銀製ぎんせいはち

 そこにっているのは黒水晶くろすいしょう紫珊瑚むらさきさんごと、満月の夜に実った竜眼りゅうがんの実。

 ゲーム『NDOネオ・ダイバーシティ・オンライン』で、東洋竜に捧げるべきみつぎ物だ。


『NDO』には他にも東洋竜がいる。

 そういう竜に貢ぎ物をすれば、アイテムをもらったり、願いを叶えてもらうことができるんだ。

 貢ぎ物は『銀製の鉢』『黒水晶』『紫珊瑚』『竜眼』。

 ゲームだからな。イベントに必要なアイテムは決まっているんだ。


 もちろん、目の前にいる東洋竜は願いを叶える存在じゃない。

 でも、同じ東洋型の竜なら、貢ぎ物に反応するはずだ。


「人間? どうしてここにいる?」


 竜が、俺を見た。


われを待っていたのか? だが、どうして我が目覚める時期が……?」

「あなたにお願いがあります。竜よ」


 俺は貢ぎ物を捧げ持つ。

 サムライの『礼儀作法』スキルを発動させながら。

 

「申し遅れました。俺はケイジ・サトムラ。王都で冒険者をやっているサムライです」

「……うむ」

「あなたに会いに来たのは他でもありません。竜は4つの貢ぎ物により、人の願いを叶えるものだと聞いております。そこで、俺の願いを叶えていただきたく……」

「待て、待て待て待て!!」


 竜がゆっくりと降りてくる。

 それから、俺の前に顔を近づけて、


「質問に答えておらぬぞ。お前は、どうしてわれが目覚める時期がわかったのだ?」

「夢のお告げです」


 俺は用意しておいたセリフを口にした。

 ゲームの知識とは言えないからな。

 竜が『我は架空かくうの存在だというのか!』って怒るかもしれないし。


「この地に竜が現れて世の乱れを告げるという夢を見ました。だから俺はここに来て、あなたにお願いをしようと思ったのです」

「う、うむ」


 竜が長い息を吐いた。

 それから、竜は牙を見せて、笑った。


「確かに、貢ぎ物は揃っておるな」

「はい」

「我も……竜として願いを叶えなければならぬような気がしてきた」

「よかったです」

「ならば問う。お前は竜になにを望む?」

「『シドウフカクゴ士道不覚悟』と『ハラキリ・ペナルティ』からの解放を」


『NDO』に登場する竜は、プレイヤーにアイテムを与えたり、プレイヤーのパラメータを変化させたりすることができる。 

 そういう存在なら、サムライにかかった強制力を消せるかもしれない。


「『シドウフカクゴ』『ハラキリ・ペナルティ』からの解放か」


 竜は考え込むように首をかしげてから、


「すまぬが、我はそのような方法を知らぬ」

「では、俺をあなたの臣下しんかにしてください」


 これは次善じぜんさくだ。

 俺は、竜に仕官しかんする。


 竜は王や貴族よりも高い地位にいる。

 竜の臣下になれば、王や貴族からの干渉かんしょうを防げるはずだ。


「いや、そう言われても。我、これから天に昇っていくことになっとるし」

「なってるんですか?」

「なんかそういうことになっておるらしいよ?」


 たぶん、それがゲームの設定だからだ。

 竜はこのまま天に昇って、別の世界にでも行ってしまうんだろう。


「……お主」

「はい?」

「お主は……面白い人間じゃな」


 竜は牙を鳴らした。

 なんだか、笑ったようだった。


「面白いな。この世を去る前に、お前のような人間に出会うとは」

「ありがとうございます」

「よかろう。お主、我の養子ようしになれ」

「養子ですか?」

「我は天に昇らねばならぬ。されど、地上に家族がおらぬのはさみしい。お主は人間にしては見所があるからの。我の養子にしてやろう。ほれ」


 からん、と、音がした。

 俺の目の前に、竜のうろこが一枚、落ちていた。


「我の一部をくれてやる。手に取るがいい」

「は、はい」


 俺は、竜の鱗を手に取った。

 触れると……すぅ、と、皮膚の中に溶けていく。


 やがて、俺の右手首に、銀色に輝く鱗が生まれた。


「これでお前と我の間はえにしができた。お前は竜の養子となったのだ。竜の養子なのだから、王や貴族よりも立場は上だ。もはや奴らの干渉は受けまいよ」

「……ここまでしてもらえるとは思いませんでした」

「我も、待ち構えている人間がいるとは思わななんだ」


 また、竜は笑った。


「天に昇る前に、よき思い出ができた。これからどこに行くのかはわからぬが、地上に縁者えんじゃを残しておくことができたのじゃ。それもまた、楽しいことではないか」

「ありがとうございます。竜さま」

「うむ」

「最後に、お名前を教えてもらえますか?」

「名前?」

「はい」

「我に名前があったかのぅ」


 竜は首をかしげた。

 それから──


「思い出した。我は銀竜ぎんりゅう黒血乃怒羅魂こくちのドラゴンと言うらしいよ?」

「……ぎんりゅうこくちのどらごん」


 なるほど。

 イベント開始を告げる告知のドラゴンだからそういう名前なんだね。


 ……開発者さぁ。

『ぎんりゅう』で『こくちのドラゴン』ってなんだよ。 

 竜とドラゴンがかぶってるじゃねぇか。


「さらばだ。わが眷属けんぞくよ」

「ありがとうございました。銀竜さま」


黒血乃怒羅魂こくちのドラゴン』とは呼べなかった。


 そうして俺は天に昇っていく竜に向かってお辞儀じぎを続け──

 頭を上げたとき、竜は姿を消していたのだった。

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