第3話「剣聖の替え玉として召喚される(2)」

「無理です」


 即答だった。

 そりゃそうだ。俺に剣聖の替え玉がつとまるわけがない。


 俺はこの世界のことをなにも知らない。

 剣なんか振ったこともない。

 その俺に剣聖の替え玉なんか、できるわけがないだろ……。


「不可能です。どう考えても、無理」

「無茶を言っていることは承知している」


 勇者姫はまっすぐ、俺を見ていた。


「だが、他に方法がないのだ」

「……俺の世界では……一般人が剣を振ったり、魔物と戦ったりしないん、です」


 俺はつっかえながら、なんとか説明を試みる。


「だから無理、です」

「あなたに戦ってほしいとは言わない」


 勇者姫イングリットは、きっぱりと宣言した。


「バルガス・カイトは怪我の後遺症こういしょうで剣が振れなくなったことにする。それならば問題はあるまい」

「だったら……戦争に行く意味は?」

「前線に剣聖けんせいバルガス・カイトの姿があるだけで、人々はふるい立つ。あなたはそこにいるだけでいい。あなたのことは、兄の部下たちに守らせる」

「……部下の人たちに、事情は?」

「伝えない。あなたが替え玉であることは、国王陛下と私と、ここにいる3人の部下だけの秘密だ。秘密が漏れたら……王国軍は崩壊ほうかいしかねない」

「だけど……がほがぼげほっ!」

「ど、どうされたのだ!?」

「……しゃべりすぎたので、のどが」


 普段はほとんど人と話をしないからな。

 長く話をするとこうなっちゃうんだ。


 俺の職場は、とある地方の中小企業。

 そこでシステム保守とサーバー管理の仕事をしている。

 朝は始業1時間前に出勤。タイムカードを押したら、人のいない作業室へ。そこで黙々もくもくと仕事をして、他の社員とはチャットで打ち合わせ。定時になったらタイムカードを押して、それから残業して帰るのが普段の生活だ。


 だから、人と話す機会はほとんどない。

 久しぶりに長い時間しゃべったから、のどがカラカラになってしまった……。


「あなたには迷惑をかけることになる。それでも……我々には、他に方法がないのだ」


 勇者姫イングリットは、俺の前にひざをついた。

 そのまま深々と頭を垂れる。


「──姫さま!?」

「──王家の者が、軽々しく頭を下げてはいけません!!」

「──王家の権威が……」


「王家の権威けんいなど、世界の命運めいうんに比べればひとしい!」


 勇者姫イングリットは声をあげた。


 というか重い。

 俺に世界の命運を背負わせないでほしいんだが。重すぎるんだが!?


「あなたの望みはできる限り叶えて差し上げる。だから……どうか兄の代わりに王国軍の旗印はたじるしになって欲しい。王国と、そこに住む人々を守るために。どうか……」

「…………えっと」


 言葉が、出てこなかった。

 そりゃそうだ。

 いきなり『剣聖の替え玉になれ』と言われて、『はい』って答える方がどうかしている。


 勇者姫イングリットは必死の形相ぎょうそうだ。

 後ろにいる魔術師たちも床にひざをつき、じっと俺を見ている。


 これで断ったら……どうなる?

『仕方ないですね』と言われて解放される……わけがない。


 俺は勇者姫の兄、剣聖バルガス・カイトに瓜二うりふたつだ。

 味方からはバルガス・カイトとしてあつかわれるだろうし、魔族からは敵としてねらわれるだろう。


 別人だと言っても信じてもらない。

 バルガス・カイトがおかしくなったと思われるのがオチだ。


 別人だと証明できたら……それはそれで面倒なことになる。

 注目を浴びるだろうし、利用したがる者も現れるかもしれない。

 ……どっちにしても最悪だ。


「俺を元の世界に……」

「申し訳ない。それは無理なのだ」

召喚しょうかんはできるのに?」

「私たちは兄を触媒しょくばいとして、似た魂と姿かたちを持つ者を探し出した。兄の遺体が、あなたの世界への通路を作り出してくれたのだ。だが……」


 勇者姫の視線が、すぐ側にある棺を見た。

 つられてそっちを見ると……棺の中が、うっすらと光っていた。


 棺の中でバルガス・カイトの遺体が、くずれていく。

 光に包まれながら……まるで、空気に溶けていくように。


『兄の遺体のすべてが、召喚の触媒となったのだ』とイングリットがつぶやく。


 触媒しょくばいというよりも……これじゃにえだ。

 遺体はくずれて、残ったのは服と装身具そうしんぐだけ。


 遺体はなくなった。

 バルガス・カイトが死んだという証拠は、消えた。

 そして、俺はもう元の世界には戻れない。

 ……やばい、んだ。


「さようなら、兄さま」


 勇者姫イングリットは、誰もいない棺を見つめている。

 泣き出しそうな顔で。


 ……しょうがないか。

 俺に選択肢せんたくしはない。替え玉を……引き受けるしかない。

 替え玉を引き受けて……すきを見て逃げよう。

 戦争に影響がないタイミングで。

 バルガス・カイトがいなくても、大丈夫な状態になったら。


「…………わかりました」


 俺は言った。


「替え玉に……なります。でも、条件があります」

「う、うむ。なんでも言って欲しい」

「俺はこの世界のことを……なにも知りません。だから資料をください」


 替え玉になるのにも逃げるのにも、情報が必要だ。

 だから、資料が欲しいんだ。


「……替え玉になるなら」

「え?」

「……偽物にせものだってばれないように、知識を」

「承知した。それでは……メリダ」


 勇者姫イングリットは、魔術師の一人に声をかけた。

 名前を呼ばれた魔術師が、かぶっていたフードを外す。

 すると……少女の顔が現れた。


 水色の髪と、赤みがかった瞳。

 メリダと呼ばれた少女は、俺に向かってお辞儀じぎをした。


王国七剣おうこくしちけん、序列第七位のメリダ・カイントスよ」

「は、はい。イングリット殿下」

「お前をカイト・キリサメさまのお世話係に任命する」


 イングリットは魔術師メリダに向かって、告げた。


「カイト・キリサメさまを王宮の書庫へ案内しなさい。この世界の知識を得るために必要なものは、すべてそろえて差し上げるように」

御意ぎょい


 魔術師メリダの答えは短かった。

 小柄な少女だった。身長は俺の肩くらいまでしかない。

 赤みがかった大きな目で、じっと俺を見ている。


「カイトさまとお呼びすることをお許しいただけますか?」

「……あ、はい」

「理由は『カイト・キリサメさま』とお呼びした場合、あなたがバルガス・カイトさまの替え玉であることが周囲に知られる可能性があるからです。ですからカイトさまとお呼びいたします。よろしいですか?」

「では、カイトで」

「敬語はやめてください。どうか、部下にするような口調で」


 メリダは、ぺこり、と頭を下げた。


「……わかった」

「ありがとうございます!」

「あの」

「はい?」

「王国七剣……って?」

「ミスラフィル王国に所属する、7人の強き者のことです。勇者でいらっしゃるイングリットさまと、剣聖バルガス・カイトさまに次ぐ強さを持つ者たちが、国を守る『七剣』として選ばれております」

「……そうなんだ」

「わかりやすいように『七剣』とされていますが、剣士だけではございません。騎士や魔術師、神官を問わず、強き者たちが選ばれております。現在、私を除いた6人は、各地で魔王軍に対する警戒けいかいを行っております。私は、バルガス・カイトさまの護衛と秘書のような役目をしておりました」

「護衛と……秘書」

「これからはカイト・キリサメの元で、同じ役目を果たすことになります」

「……わかった。よろしく」

「ありがとうございます。それでは、書庫へご案内いたしましょう」


 こうして俺は剣聖バルガス・カイトの替え玉をすることになり──

 まずは情報収集のために、書庫へと向かったのだった。

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