第2話「剣聖の替え玉として召喚される(1)」
目の前には銀色の髪の少女がいた。
瞳の緑色。頭にはティアラを着けている。
身にまとっているのは、純白の
どう見ても、俺の知る世界の人間じゃなかった。
「私はミスラフィル王国の第一王女、イングリット・サリア・ミスラフィルである」
銀髪の少女は言った。
「異世界のお方よ。まずは、あなたのお名前を聞かせていただけないだろうか」
「…………えっと」
俺がいるのは白い柱が立ち並ぶ大広間。
地面には巨大な魔法陣が
俺の目の前には、銀色の髪の少女──王女イングリットがいる。
まわりには、ローブを着た者が立っている。数は3人。みんな杖を手にしている。
杖の先がほんのりと光っているのは……どういう仕組みなんだろう。
天井の高さは十数メートルもある。
俺……さっきまで部屋にいたよな?
手にはコントローラーと、お茶のペットボトルを持っていたはずだ。
今はそれもなくなってるけど、間違いない。ちゃんと覚えてる。
俺が着ているのは、休日の普段着にしていたジャージ。
その他はなにも持っていない。文字通り身ひとつだ。
一瞬、
俺はさっきまで部屋でゲームをしていた。
キャラのレベルが上がったから
そして……気がついたらここにいた。
床に座り込んでいるのは、椅子が消えたからだ。
全部、覚えている。記憶は連続してる。意識を失ったりはしていない。
薬で眠らされて、その間に移動させられたのかと思ったけど……違う。
俺は未知の方法でここに転移させられたんだ。
そして……まわりにいる人々は、まったく知らない服装をしている。
やっぱりここは、俺の知る世界じゃないのか……?
「あなたを異世界から
イングリットと名乗った少女は言った。
「今、私たちは
「…………かい」
「かい?」
「………………」
……今日一日引きこもってたせいで、うまく声が出ない。
俺はゆっくりと深呼吸。
相手の顔を見る……のは苦手だから、少し目を
「俺の名前はカイト・キリサメ、です」
「やはり!?」
「「「うぉおおおおおおおっ!?」」」
なんで
いや、いきなり拍手されても困るんだが!?
なんなの!? この世界は名前を聞いたあとは歓声を上げる習慣でもあるの!?
「やはり異世界にも、我が兄と似た
「──我らのバルガスどのが帰ってきてくださった!!」
「──あの方の遺体を
「──これで魔王軍との戦線を
だから大声を出すな。怖いから!
あと、説明して!
俺にはさっぱり話が見えないんだが!?
「……俺の名前が、どうかしたん、ですか」
「そちらを見ていただけるだろうか?」
イングリットと名乗った少女が、魔法陣の外側にあるものを指さした。
石で造られた
棺の中にいるのは……。
「…………俺?」
うわ。なんだこれ。
俺とまったく同じ顔の人間が棺の中にいる!?
まるで……
顔も体型も、ほくろの位置も同じ。
違うのは棺の中にいる人間に、まったく血の気がないことだ。
棺の中に横たわる人物は
呼吸もしていない。
死んでる……いや、棺の中にいるから死んでるんだろうけど。
頭がクラクラしてきた。なんだこれ……。
自分の死体を見てるような気分だ。
「これは私の兄、剣聖バルガス・カイト・ミスラフィルである」
気づくと、少女イングリットが俺の近くに来ていた。
彼女は棺の中の男性を見つめながら、
「兄は剣聖として軍を率い、魔王との戦いを
「魔王との戦い……とは?」
「この世界では人間と魔王の戦争が行われているのだよ」
魔王の正体は誰も知らない。
その魔王は
現に魔将軍と魔物によって、多数の町が
魔王軍と戦っているのが、ミスラフィル王国軍。
国王の長女であるイングリットは
そのイングリットは、勇者のみがあつかえる『聖剣』の力を引き出すことができる。
魔族は聖剣を苦手としている。
魔族が聖剣に
勇者と聖剣は魔王と魔族の天敵らしい。
けれど、勇者がひとりで魔王の軍勢と戦うことはできない。
だから兄のバルガス・カイトが、勇者姫のイングリットを支えてきた。
バルガス・カイトは
聖剣を使うこともできないし、魔術を使うこともできない。
ただ、彼には剣の才能があった。
バルガス・カイトはそれを
勇者と、剣聖。
ふたりの存在は、魔王に
人々は兵士に志願するようになり、ミスラフィル王国軍は軍事力を拡大させた。
戦力が
剣聖バルガス・カイトは、敵の待ち伏せに
そして、胸に毒矢を受け、死んでしまったんだそうだ。
「魔王軍への
それは……なんとなくわかる。
勇者と剣聖を
その
事情はわかる。わかるんだけど……。
「…………あの」
「なんだろうか。カイト・キリサメさま」
「………………こんなことを聞いていいか、わからないんですが」
「あなたにはその権利がある」
「……………………はい」
正面から俺をじーっと見るのやめてもらえませんかね?
勇者の眼光ってプレッシャーなんですが。
あと、絶世の美少女に見つめられると緊張するんですが。うまく声が出なくなるんですが。隠れたくなるんですが。
「俺が
「魔術師たちは異世界の存在を予測していた。異世界は無数にあり、この世界と似たものもあると言われていたのだ。似た世界があるのなら、似た人間もいるだろうというのが魔術師たちの
「俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて──」
「勝手に召喚してしまったことは、
「……えー」
高位の貴族になって、名家の人と結婚。
領地をもらって、そこを治める。
……俺にとっては
俺はあまり人と会わずに生活したいんだが。領主なんて無理なんだが……。
いや、王家からお金をもらえば、普通に引きこもって生活できるのか?
違う。問題はそこじゃない。
目の前にいる勇者イングリットは
それは──
「俺に、なにをさせたいんですか」
「剣聖バルガス・カイトの替え玉になっていただきたい」
勇者イングリットはきっぱりと、そんなことを宣言したのだった。
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