武勇で知られる無双剣聖の影武者になりました。それでも部下の七剣たちは、陰キャの俺の方がいいみたいです -陰キャの英雄、やたら人望を集める-

千月さかき

第1話「剣聖(偽物)、人望を集める」

 カクヨム様の企画として、オンライン企画会議をすることになりました。


 短編3本を掲載して、その中で人気の作品を長期連載にしようという企画です。

 詳しい内容は「カクヨムからのお知らせ」に掲載されています。

 よろしければ、そちらもご参照ください。


https://kakuyomu.jp/info/entry/next_kadobooks_sengetsu


 初日の今日は、6話まで更新しています。

 楽しんでいただけたら、うれしいです。

 


────────────────────── 




「我が兄バルガス・カイト・ミスラフィルは、死のふちよりよみがえった!!」

「「「うおおおおおおおおおっ!!」」」


 うわあああああああああっ。

 人おおっ!

 兵士たちが……ひとり残らずこっちを見てる。こわい。


「ミスラフィル王国の第一王女、イングリットの名においてげる!!」


 声をあげていた人々が、勇者姫ゆうしゃひめイングリットの言葉で静まり返る。


 勇者姫の権威けんいってすごいな。

 なんなんだ。この訓練された聴衆ちょうしゅうは……。


みなも知っての通り、剣聖けんせいバルガス・カイトは魔族軍との戦いで重傷じゅうしょうを負った!」


 ……重傷というか致命傷ちめいしょうだったんだけどな。


「兄バルガスは魔将軍ましょうぐんつために突撃とつげきし、伏兵ふくへい遭遇そうぐうした。それによって負傷したことを、兄は反省している。二度とこのようなことはしないと、心を入れ替えたそうだ」


 入れ替えたというか別人なんだけどね。

 ここにいる俺は、姿かたちがうりふたつなだけの、異世界人なんだけどね……。


「そして、傷をやした兄バルガスは、ふたたび我々のもとへと帰ってきた!! ともに戦い、おそるべき魔族をたすために!!」


 勇者姫は銀色の長い髪をきらめかせながら、さけんだ。


 彼女の名前はイングリット・サリア・ミスラフィル。

 戦士した兄のだまとして異世界人を──この俺、カイト・キリサメを召喚しょうかんした張本人だ。


 ここはミスラフィル王国の城の前。

 これから王国軍は、魔王軍との戦いに出向くことになる。

 だから出陣前に、勇者姫イングリットによる激励げきれいが行われているんだ。


 俺──剣聖の替え玉が同席しているのは、兵士たちを勇気づけるためだ。

 勇者姫イングリットの兄である剣聖バルガスは、伏兵の矢を受けて重傷を負ったことになっている。それを知った兵士たちの士気は下がっている。

 だから、剣聖バルガスが健在だということを示して、兵士たちを元気づける……それが、剣聖の替え玉として召喚された俺、カイト・キリサメの役目だ。


 もちろん、俺が替え玉だと知っているのは、勇者姫の他に数人だけ。

 ここにいる兵士たちは、俺を本物の剣聖バルガスだと思っている。

 勇者姫も彼らに向けて『剣聖バルガスここにあり』と宣言している。


 それが、俺にはめちゃくちゃ怖い。


 勇者姫は『おそるべき魔族』って言うけど、俺にとっては彼女の方が怖い。

 なんで兄が死んだばっかりなのに平然へいぜんとしてるんだよ……?


 そりゃまあ、生きてたという設定にしたのはわかる。

 だとすると、彼女は……回復したばかりの兄を戦争に出そうとしてることになるよな……。


 どっちにしても怖ぇよ!!

 やばすぎだろ! 異世界の勇者って。


 見た目は絶世ぜっせいの美少女なのが、さらに恐怖をかき立てる。

 元の世界にいたら、絶対に近づきたくないタイプだ。


 王国の事情については聞かされてる。

 敵……魔王軍との戦いが緊迫きんぱくしてるってのもわかる。

 だからこそ俺が異世界から召喚されたわけだし。

 実際に兵士たちの士気も上がってる。


 このまま無難に、出陣式が終われば問題ないわけで──



「最後に……我が兄バルガス・カイトよ。復帰宣言ふっきせんげんをお願いする!」



 と、思ったら、勇者姫イングリットが、この世界での俺の名前を呼んだ。 


 ……いや、なんでだよ!?

 そんなサプライズは望んでないんだけど!?

 いんキャの異世界人に、軍団の前でスピーチさせるって無茶ぶりすぎるんですが!? やめてもらえませんか!?


「さぁ兄上。皆の前へ」

「…………」


 あしが動かない。

 大勢の前に出るのなんて、小学校の時に自由研究でしょうを取って以来だ。


 確か6年生の始業式だったと思う。

 俺は突然、名前を呼ばれて、担任教師に、体育館のステージまで引っ張られていったんだ。

 その後の記憶はない。気がついたら保健室だった。


 あのときのことはトラウマになってる。

 おかげで今でも、人前に出るのは苦手だ。


 だから就職先しゅうしょくさきも、できるだけ人と会わない仕事を選んだのに……なんで俺は異世界に召喚されて、こんな大勢の前に立たされてるんだ?

 陰キャを剣聖だった兄の替え玉にって、勇者姫はなにを考えてるんだ……。


「どうされたのですか……兄上?」

「…………いや、その」

「ああ、そういうことですか」


 動かない俺を見て、勇者姫イングリットがうなずく。

 俺が人前に出るのを嫌ってることをわかってくれたらしい。

 それじゃ、俺はここで引っ込んで……。


「まだ傷が痛むのですね?」

「…………っ!?」

「では、その場で語ってください。私が風の魔術で声を増幅ぞうふくいたしましょう!!」


 あんたは────っ!!


「さあ、我が兄よ。お言葉を!」

「…………」


 俺の前には異世界の兵士たち。

 ミスラフィル王国軍の兵士たちだ。その数は2000人超。

 今、俺には2000人分の視線が突き刺さってる。怖い。


 この世界の人間たちは魔王との戦争をやっている。

 だから、ここにいる連中はみんな戦士だ。

 俺がバルガス・カイトの偽物だってばれたら、殺されるかもしれない。

 ……とにかく、なにか言わないと。えっと……。


「…………勝利を」

「「「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 大歓声だいかんせいが、俺の声をかき消した。

 なんであんたたちは剣のさやを鳴らすの!? 威嚇いかくしてるの!?

 なんで俺のところに押し寄せようとしてるの!?


「我らが英雄バルガス・カイトは健在である!!」


 勇者姫イングリットが剣をかかげた。


「ゆこう! 魔族に奪われた町を開放するのだ!! 勇者姫イングリットと、剣聖バルガス・カイトがいれば、恐れるものはなにもない!! 魔族を滅ぼし、人の世界を取り戻すのだ!!」

「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」


 頼むから勝手に話を進めるのはやめてくれ!

報連相ほうれんそう』はちゃんとしようよ!? 社会人の基本だろう!?


「……どうしてこんなことに」


 歓声がひびく中、俺はこの世界に召喚されたときのことを思い出していた。







 数日前。久しぶりの休日。

 俺は自宅でゲームを楽しんでいた。

 朝のコーヒーを飲みながらレベル上げをするのは至福の時間だ。


 レベル上げは作業だっていう人もいるけれど、俺には違う。

 ワールドを探索たんさくしながら魔物と戦うことには、世界を知るという意味がある。


 魔物と戦って相手の強さや、自分が今、どれくらいの強さなのかを知る。

 その戦いに必要なものを確認する。

 村人と話をして、情報を得る。

 そうやって世界のことを学んでいくのは、すごく楽しい。


 そして、万全の準備を整えてから、ボスを攻略する。

 セーブすればやり直せるからといって、キャラを死なせるのは嫌だからな。

 地道にレベル上げをしてると、キャラに愛着が出てくるから。


 そんなわけで、その日は朝からレベル上げをしていた。

 あとは素材集めとアイテム購入。

 目指すボスを倒せるのは夕方くらいだろう。

 夕食を食べたあとで、ゆっくりとシナリオを進めようと考えていたとき──



 周囲が光に包まれて、気がつくと俺は、異世界に召喚しょうかんされていたのだった。

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