第2話 共鳴

「香澄ちゃんは ? 」


「あいつも親が来るって」


「そうか……」


 重明が運転する軽トラの中、二人はぎこちない会話をしていた。


「……仏さん、見たのか ? 」


「たまたま通りかかったから」


 重明は自分の言いたいことが纏まらなかった。自身の子が人と違った嗜好を持っていたら…… ? 親は矯正するべきか。どう矯正するのかも分からない。無理に強制したら、隠れて、更にエスカレートする事も考えられる。

 そもそも蛍は、外では何もトラブルを起こしたことなどない。勉学も上の中。家業だって手伝っている。経理を任せても、金をくすねる事なども無かったし、それを面倒見ていた従業員からも好かれていた。

 口数少なく、遺族の前に出すには無愛想すぎるが、女性社員は皆口を揃えて「男の子はみんなそんなもの、今はそういう年なだけだ」と言う。


 一方、蛍は重明の重い会話にうんざりとした様子で車のテレビ音量をあげる。


『速報です。今朝方、西湊駅前の旅館の屋上から飛び降りた女性の身元が判明しま……』


 反射的に、重明は別のチャンネルに切り替える。


「どうせ朝見て知ってる事を、今更隠さなくても……」


「見る必要なんかない。

 いいか ? 負の死より美しい死をいつでもイメージするんだ。

御遺体がどんなでも、俺たちに求められるのは、いつでも美しい最後だ。それをプロデュースする事」


『今日は暑くなりそう〜。皆さん洗濯物は本日がオススメです〜。続いては全国ニュースでーす』


「俺たちは、いろいろな御遺体を相手にする。老人も、まだ喋れないような赤子の時もあれば、突然の事件で命を奪われた人、今日みたいな自ら命を絶つ人いろいろだ。

 だが、皆平等に送り出す。

 皆平等に、綺麗にして、最高の状態で人生の最後を任される誇りのある仕事なんだ」


 蛍にとっては聞き飽きた言葉だった。父親の仕事は尊敬している。職場環境も決して大きくない個人の葬儀屋。少ない従業員数でも皆が人生の最後に力を注ぐ素晴らしい仕事だ。

しかし重明の言葉には、やはり出てしまう。自分の中にある獣を恐れた言葉の切れ端。故に蛍も余計につっけんどんに返事をしてしまう。


「……皆平等と言うなら戒名も一律料金にすりゃいいのに」


「おめぇ、そんな話してる訳じゃねぇ ! 」


「北湊で降ろして。図書館で勉強してから帰るよ」


「……」


蛍には理解出来ている。

 だが「何かがおかしい」と勘づいた上で出てくる、重明の言葉の羅列が嫌で仕方がない。

 まるで自分の何もかもを否定された気分になるのであった。


『一昨日、南湊市に住む芸術大学二年、山本 美果さん二十歳が行方不明になった事件で、大学駐車場の防犯カメラが一部始終を……』


「夕方までに帰ってこいよ。明日の用意がある」


「分かってるよ」


 蛍は学生鞄を手に、重明とは目も合わせず降りて行く。


「はぁ……」


 重明は深く溜め息をつき、息子の背中を眺める。自分の口下手さが嫌になるのであった。


 □□□□


 蛍は図書館まで行くと、中には入らずに入口の芝生に入り、噴水に腰をかける。

 他には幼児を遊ばせている親子が一組いるだけだった。まだまだ初夏だ。少し暑くはあるが、この図書館の建築と噴水、それにはしゃぐ幼児も嫌いではなかった。ただし、「キャッキャ」と騒ぐ声だけは別だ。

 スマートフォンを手に取りイヤフォンをすると、すぐにサブスクリプションで映画を再生する。

 台詞を覚える程観た映画。公開当時は数々の賞を何冠も受賞したスリラー映画。

 殺人鬼のセリフを先取りして呟く。


「お前を殺せる日が来て光栄だ」

『お前を殺せる日が来て光栄だ』

「一目見た時から心に決めていた」

『一目見た時から心に決めていた』

「最後に言いたいことはあるか ? 」

『最後に言いたいことはあるか ? 』


「頼む……早く殺してくれ……」


 その後、イヤフォンに響く強烈な俳優の叫び声。

 目の前の溢れる噴水の水を見ながら。

吹き上がり、重力に任せて思い思いの方向へびちゃびちゃと落ちる水玉。噴水の枠に時折はみ出てべちゃりと落ちる水も、激しい水の吹上がりの産物。

 蛍はその様子を見ながら、何度も浄化するように深呼吸をした。

 劇中の男は息絶えた。

 殺人鬼は手を大きく広げ、最後のセリフの為小さなブレス音がイヤフォンに入る。


『……ッ……──』


 そのストーリーの佳境、突然のバイブレーション。

 メッセージアプリのポップアップで映像が隠れ、セリフの音量も掻き消された。


「チッ……ったく……」


 蛍は大きな邪魔に溜め息をついて、仕方なくメッセージを確認する。


 表示される『香澄』の文字。

 香澄も今日は親が駅まで迎えに来たはずだ。

 しかし、そんなことは何一つ書かれていなかった。


『けいたすけて』


 ──蛍 助けて──


 ドッと疲労感が押し寄せる。

 香澄は今日の事故現場でさえ近付きも出来ないほど怖がりだ。遠足の時、遊園地のお化け屋敷に入れず、一人入れずモジモジしていた事もある。

 こんな他人を不安にさせるメッセージを送って来るわけが無い。何かがあったのかもしれない。

 それとも。

 自分だからそう思ったのかもしれないと、蛍は香澄のスマホにコールする。

 今日の朝の出来事で心的外傷を負った可能性の方が大きい。フラッシュバックでパニックにでもなっていると考えた方が普通か、と。


 prrrrr.prrrrrr.prrrrrr……


 プツッと音がしてなにかの騒音が聞こえる。


「香澄 ? 」


『蛍ちゃん ! 助けて !! いやぁぁ !! 』


 ブツッ…… !


 耳に残る現実の悲鳴。

 確かに香澄の声だった。

 そして走行中と思われるノイズ。

 最後のチャンスの通話だったのかもしれない。しかしそれは自分ではなく、警察に掛けるべきと、大きなため息が出る。


「や、こんにちは ! 」


「 !? 」


 いつの間にか、蛍の背後に一人の男がやって来た。

 クセのあるフワッとした金髪に、柔和な顔をしている男だが、なんと言うべきか纏う空気が恐ろしく冷たい奴だ。背は170の蛍より少し高い。


「香澄ちゃん ? だっけ ? 安心して。別に乱暴したりしないから」


「あんたがこんな事を ?

 香澄をどこに連れていった ? 」


「酷っ ! 落ち着きすぎだよ。

山間部の廃校に行ったんだ。

 勿論、君も来るだろ ? 招待するよ」


「興味ないかな。……断ったら ? 」


「あははは !! 本当に酷いね ! 君は香澄ちゃんに興味を持たず、自宅へ帰るって選択肢……その様子だとするかもね、はは !

 普通の人間は熱くなってそんな事しないから、考えて無かったなぁ〜」


「香澄を家に帰してください」


「それぇ、本気で心配してる ? 本当に君、興味深いね。今すぐ俺も行く、連れて行け ! ……とか言わないんだ ?

 ま、俺も拉致った人間を、はいどうぞって逃がすわけは無いけど。

君の言葉は実に淡白だね 」


「暴行が目的で無ければ……なんですか ?

 金が目当てならあんな寂れた商店街の住人を拐いません」


「うん。賢い賢い 。

 まぁ、来れば分かるよ。君も招待するし……ちょっと教室の掃除をして欲しいんだ。ボランティアだと思ってさ。

 それに俺、君に興味があるんだよね。涼川 蛍くん」


「……」


「俺、ルキ。ケイって呼んでいい ?

 さ、車はあれだよ。行こう」


「本気で断ったら ? 」


「断ったらかぁ。

断ったら君は何をする ? 少なくとも香澄ちゃんを見殺しにはしないだろうからぁ。なるほど ! 帰るふりして、警察に通報かな ? その方が確実だ。

 でも、警察は介入出来ないんだ。俺もなんのコネクションも持たずにこんな事したら無能な犯罪者だよ。

 残念ながら、俺の言うことを聞くしか、君も他の子も生き残る方法が無い」


「そりゃあ……大掛かりなイベントですね。同窓会でもするんですか ? 」


「ぷくく !! それもいいね !

 親睦会がしたいなら取り入れよう。ケイ、香澄ちゃんを他の人にも紹介してよ。彼女、多分騒ぐから口塞がれてると思うし」


「……」


 結局、蛍はルキと名乗る不審者へついて行くことにした。

 そう、拉致では無い。蛍に限っては。


 蛍は幼なじみの香澄を人質に取られている。

 だから行くしかない。


 ──表向きには。


 蛍は感じていた。


『ルキ──この男は全て自分を理解している素振りでいる。

 それが鼻につく』


 蛍にとって幼なじみの香澄は、友人であってもあくまで他人。

 たまたま同じ商店街に生まれただけの同級生。親同士が仲がいい為、仲良くしろと言われて育った。

それだけだ。性別も、趣味も、趣向も……何もかもが蛍とは正反対。

 蛍にとって、香澄は他になんの感情も無かった。


 それよりもルキと名乗った男は強烈に自分を刺激した。


 この男は知っている。

 自分の渇望を。

 しかしそれは許されない。

 ただ単純に思う。

 この男こそ本当の自分を受け入れられる人間だと。



 そして──いつかルキを自分の手でバラしてみたい。

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