PSYCHO-w
神木セイユ
Game-1
第1話 目玉
海岸沿いの田舎町。
その小さな商店街の端にひっそり佇む個人葬儀屋。
まだ早朝だが、一人の少年が始発電車を目指して家を出た。
黒髪に白シャツ、濃紺のスラックス。どこにでもあるデザインの学生服。切れ長の眼差しが、既にギラついた太陽を眩しそうに見上げる。痩せ型で色白な印象の男子だ。
「おっはよう ! 」
待ち伏せしていたかの様に道の反対側から声を掛けられる。
「……なんだよ……眠いからほっといてくれ……」
「知ってるよ。昨日の夕方来た方でしょ ? 私も今日は帰ったら花の方やんないといけないんだ」
そういい、少女は振り返る。
葬儀屋の少年 涼川 蛍は、浮かない面持ちで歩き出す少女を見下ろす。
彼女は幼馴染の古川 香澄。生花店の一人娘で、蛍の斎場の契約生花店である。
同じ高校の制服で、ショートカットのくせ毛がふわふわと揺れる。
昨日の夕刻、御遺体を受け入れることになり、今は葬儀場の準備中だ。自宅と事務所は一緒だが、ホールは別に建ててある。
「おばさん困ってない ? かなり安くしてくれてるみたいだけど」
「う、ううん ? そんなことないと思う !
確かに流行りの花は高く売れるけど、こんな田舎じゃ何時でも売れるわけじゃないしね。安定してるのは蛍ちゃんの家のおかげだよ」
短髪の女子高生と長めの黒い前髪の蛍。
二人とも兄妹のように姿形が似ているが、性格は真逆だった。
「絶対違うと思う」
個人の葬儀屋はピンキリだが、やはり経営者の人柄次第で客数は変わる。値段と規模だけなら大手の方が強いだろうが、個人店はどれだけ希望を叶えられるかや、故人の家の事情にどれだけ足を使えるかがかかってくる。
故にクチコミや町の人間の利用者が多い。
特に涼川葬儀屋では、特殊な葬儀や奇抜な葬儀を請け負う事も増えてきた。
「流行りの花でお葬式をお願いしてくる人もいるし。葬式に菊を使ってる方が俺の家じゃ最早珍しいよ」
「えー ? まだまだ菊は現役だよ。でもほら、大きい葬儀屋さんは造花も増えてるしね。
まぁ……いいじゃん ? 持ちつ持たれつ〜みたいな ? そりゃあ、私だってお隣のチーズケーキ専門店のお姉さんとか、斜め向かいのマッチョ坦々麺のお店の子に生まれたかったですぅ〜。
ま、ま、ま ! お互い頑張ろうぜ〜 ! 」
「……あ〜……うるせぇって……」
二人、駅へ向かう。
三駅先は海が見える観光地だ。朝市場や甘味処、海鮮食堂、旅館が建ち並び、裏手は住宅地とショッピングモール。田舎特有の『土地だけはいくらでもあるので』という広い敷地区画。その中に、蛍と香澄が通う日々野高校もある。
「見て、蛍ちゃん。あの山も崩すんだってさ。裏の旅館がリニューアルするから土地を買ったって……海が見えないじゃない ? 新しくしたらオーシャンビューになるね」
「わざわざあった自然を崩すなら、移転すりゃいいのにな」
「うーん……。そうだけどさぁ。駅前のビルも古くなって来てるし……あれ ? 」
香澄が突然足を止める。
駅前の古ホテルの前。地元の人間や観光客、同じ高校の制服の人間が入り交じり、全員が上を見て騒いでいる。
「……え ? ……うぁ……あれ ! 」
視線の先にはホテルの屋上のフェンスを背に、下を見つめる女性が風に飛ばされそうになりながら立っていた。
「け、蛍ちゃん……やだ…… ! ど、どうしよう ! 」
「見ない方がいい。ここにいろよ」
蛍は香澄にそう言い残すと、すぐさま現場へかけつける。
通行人がバタバタと慌てふためく。
「警察に連絡は ? 」
「したけど、ありゃ間に合わんぞ ! 」
「駄目だ。あの姉ちゃん、本当に飛ぶぞ ! なんか、無いのか !? シーツとかマットとか !! 」
蟻の行列がパニックを起こすような騒ぎの中、蛍だけがジッと上を見つめる。
二十代前半ほどの女だ。気に入った服を最後に選んだのか、初夏にしては分厚い白のワンピース姿だ。左手の袖の一部が鮮血で染まっている。リストカットで死にきれず、貧血の中フラフラとやっとの思いで柵を乗り越えたという所だろう。
「おーい !! 早まるなぁ〜 ! 」
駅から駅員や警察官もようやく駆けつけたが、遅かった。
────ハラリと軽く、風に飛ばされるように────女はその身を投げた。
蛍はその瞬間手を広げて、触れるような仕草をする。
「蝶だ。白い蝶が飛んだ……綺麗だ……」
ゴッ !!
鈍い音がして、同時にズチャーッ !! っと脳漿がアスファルト一面に弾け飛ぶ。
「ひっ ! 」
「うぎゃぁぁぁっ !! 」
「うぉえぇえ !! 」
完全即死の割れ脳の女体。四肢は有り得ぬ方向へ関節が曲がっている。
蛍は飛び散った脳を見下ろしながら、静かに過去を思い出していた 。
□□□□□□□
今から十二年前。
「蛍。怖がらずに来てご覧」
父親の重明が幼い蛍を呼ぶ。
「……」
「大丈夫。血なんか出てないよ。
お母さんは明日、納棺だ」
父親の泣き腫らした分厚い瞼が、妻をジッと見つめる。
蛍はゆっくりと近付く。
「手を握ってあげて」
蛍が母親の額に手を当てると、驚く程冷たかった。
その日は三十度を越える猛暑だったし、エアコンも効いていたが、想像とは全く別の感触だった。
しかし、あまりの心地良さに蛍は母親の頬に自らの頬を擦り寄せる。
父親は泣いていた。
だが、すぐに異変を感じた。
息子の蛍はなんの悲しみも感じていないように見えて……。
蛍が布団を捲り、ほかの部位も同じかと確認しようとする。
その蛍の手を重明はグッと握る。
「支度は済んでるんだ。荒らしては駄目だよ。それに事故の傷跡をお前に見せたくない」
「なんで ? なんでママの傷を見ちゃいけないの ? 」
蛍は手を引いたが、この時わずか四歳。
重明はこの瞬間から、普段大人しく何にも興味を持たない大人しい性格の蛍の、なにか良くない片鱗を垣間見た気がした。
「もう綺麗にしてあるからだ。お化粧もしてあるし、母さんだってお前に傷なんか見て欲しくないさ」
自分の子供に限ってそんなことは無い。
だが家業とはいえ幼い頃から人の生死を見せるのは……教育として不味かったのだろうか、と悩んでしまった。
それからも他の御遺体が来る度、蛍の奇行は続いた。極めつけは飼い犬が居なくなった事だ。
父 重明は未だ蛍をどうすればいいのか悩んでいた。蛍に隠れて育児の専門書を初めて読んだが、妻の本棚には趣味嗜好の変わった子供を躾ける方法と言うのは……役に立つようなものはなかった。
父親の観察。それを蛍も気付いていた。
自分の内にある、なにか得体の知れないモノはどんどん大きくなっていく。
だが父親の目が鬱陶しい。高校に入学してからは、葬儀があっても、直接遺体と関わらない仕事の手伝いをしていた。自分でも何故自分が人と違うのか分からなかった。
□□□
数分すると、到着した反対線の電車から沢山の人間が降りて駅から出て、騒ぎを聞き付け向かってきた。
そして蛍の周囲に来ると、スマホを取り出し、全員が遺体にカメラを向ける。
「やべー !! 本物 ! 」
「うわぁ〜 ! クラスのやつに送ろ〜」
蛍は不愉快に感じ、その場を後にした。
「え……け、蛍ちゃん ! 大丈夫だったの !? 」
「くだらないよな」
「な、何が ? 」
動揺する香澄に対して、蛍はぶっきらぼうに答えて高校へ続く坂へ向かう。
「あぁやってスマホで御遺体を撮ってさ。
何が楽しいんだろうな」
「あ、ああ。そうだね。それは本当にそう思うよ」
だが、蛍は自ら現場を見に行った。
つまり野次馬だ。
問題はその動機。
今来た野次馬達と蛍が野次馬しに行ったのは、確実に理由が違う。
それを蛍は自分で感じたくない。
父の仕事を継ぐ上で、これは絶対に許されないと理解している。
しかしそれは誘惑するように蛍の脳裏にフォトシャットのように焼き付く。
綺麗な肉片。
薔薇のような赤い鮮血と、キャンディのように転がる眼球。
蛍の中の魔物がズクズクと蠢くのだった。その日はホームルームが全体集会に変わり、事件現場方面の通学路の子供達は早退となった。
□□□□□
同刻。
女が飛び降りた旅館の監視カメラ。
ハッキングされたそのカメラと、群衆に紛れてスマホ撮影をしていた人間の中に、女の死に関わった者がいた。
「では、我々は撤退します」
『はぁい……ご苦労さま』
小さな通信機の相手は、港のクルーザーマリーナの中でシャンパンを口に悪態をつく。
『あのさぁ。同じ人間がいつまでもウロウロしちゃ目立つよ。怪しまれないでくれよ。変に目を付けられちゃ……困るのは君だよ ? 』
「は、はい」
数分後、変装した服装の男達がクルーザーに戻って来た。五人ほどの男達で、すぐに黒服に着替える。
「今回の映像をご覧になりますか ? 」
黒服の一人がジャグジーに移動したボス格の男に声をかけた。
「ん〜そうだね。タブレットちょうだい」
黒服からタブレットを受け取り事の顛末を確認する。
女はこの者たちに誘拐されただけで、自害の意図など無かった。確実に殺人だった。
旅館の中居に扮した男二人に殴られ、強い鎮静剤を打たれ、やっとこそっとこ屋上のフェンスへ女を連れていく。
その後は、皆が見た通りだ。
脅迫されて飛び降りたにしても、それ以上に辛い思いをしたことで女性はショック状態だった。
飛び降りるその瞬間を、ボス格の男はズームで女の顔をニヤニヤと眺める。
この男の名はルキ。少なくともそう呼ばれている。
金髪に緩いパーマヘア。ふわりとした長い髪とは対照的に、顔は恐ろしい程に冷酷な雰囲気の男だ。
ふと、群衆の中にいる違和感に気付く。
「へぇ」
戸惑い、逃げ惑う群衆。または急いで救援を求める心優しき通行人。
それに混ざる、蛍の姿に目を止めた。
「くく……酷いなぁ〜。君、何しに見に来たの ? それに……野次馬がする顔じゃないよなぁ〜……」
事実、野次馬の中で蛍は一番異質に見えたのだ。
ジッと遺体を見下ろし、その体を観賞するように──楽しんでいる。
「あ〜。ちょっとさ」
「お呼びでしょうか ? 」
「この画面の子、調べてくれる ? 」
「かしこまりました」
ルキは一口、残りのシャンパンを流し込むと、蛍の動きを追う
「コイツは……臭いねぇ〜。な〜んの臭いだろ ? ん、わかった ! 俺と同じ匂いかぁ〜 ! なんちゃってねぇ〜。はは ! 」
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