制服デート

連休

制服デート

 夕暮れ時のスーパーマーケット。妻に頼まれた、牛乳とコンソメブイヨンを買いに寄る。夕飯のシチューで使い切ってしまった明日の朝用牛乳と、買い置きが見つからないコンソメ…………コンソメブイヨンとやらは、どこにあるんだ?





 店内をウロウロして、牛乳はすぐに見つけてカゴに入れた。コンソメブイヨン…………調味料だよな? 通りがかりの惣菜コーナーに、制服姿の高校生。

りん

 娘だ。

「あ、お父さん」

「何してんだ? 買い物か?」

 制服のまま。

「お父さんこそ何? 牛乳……お母さんのお使い?」

「まぁな。凛、コンソメブイヨンて、どこにあるか知ってるか?」

 うちの子は、何寄り道しているんだ。

「コンソメ〜〜? えーとねー、多分こっち」

「凛」

「何よ」

「どれが欲しいんだ」

 お父さんはそのハムカツが気になる。

「今日はシチューらしいから、お父さん、もう一品買う。凛も自分のとお母さんの、選びなさい」

「勝手におかず増やす気〜〜?」

「凛は要らんのか」

「要〜り〜ま〜す〜! 凛とお母さんはコロッケね」

 二個入り牛肉コロッケをカゴへ入れる。惣菜コーナーのバックヤードから、店員が出てきた。揚げ物のパックを並べている。

「……七沢ななさわさん?」

 二人で店員に振り向いた。

はやしくん!」

 林くん?

「七沢さん、買い物?」

「うん。林くんは……バイト、だよね。大変?」

 凛がニコニコになっとる。林くん、誰だ。

「凛の友だちか? 林くん」

「クラスメイトの林蓮はやしれんです」

 一礼した少年は、見るからに好青年。しかもバイト、うんうん、働いているのか。偉いなぁ。

「揚げたての唐揚げ、いかがですか?」

 にこっとした林くんの手には、『午後四時以降に揚げました!』シールの貼られた唐揚げのパック。

「買います! お父さん、買って」

 はいはい。

「一つ、いただこう」

 言われるな、これは。『又頼んでないもの買って〜』……しょうがない。

「商売上手だな、林くん。さ、凛、コンソメだ」

「バイバイ、林くん。お仕事頑張ってね」

 お仕事頑張ってね……凛、お仕事頑張ったお父さんが、ここに居るんだが。





「お父さん、クレイジーソルトー」

 要らん。

「ガラムマサラってシチューに入れたら美味しくなると思うー?」

「ガラムマサラはカレーだろう」

 じゃなくて、なんだか凛がウキウキしている。

「林くん…………凛の好きな人か?」

「はぁ?! …………ノンデリにも程がある」

 …………沈黙が刺さる。話が早くて何がノンデリだ。てゆーか、ノンデリって何だ?

「凛、ノンデリって」

「林くんは…………そう、見えたの?」

 そうも何も。ごきげんになったろ、一瞬で。

「…………やめとけ」

「なっ…………何故に?! さっき知ったばっかで」

 あらゆる可能性を考慮すべきだ。

「あいつと結婚してみろ…………おまえ、パンダみたいな名前になるぞ?」

 鳩尾みぞおちにでも喰らったような怪訝けげんうめき声で、凛がうずくまる。

「…………リンリン」

「…………追い討ちは、やめ……て」

 凛が縮こまって頭抱えとる。

「結婚式で泣く前に笑いそうではあるよな」

「想像力豊か過ぎぃ〜〜。女児じゃあるまいし、そこまで考えたことないって」

 凛は知らんかもしれんが、お父さんはな、すぐそういうの考えるからな〜

「ところで凛、ノンデリって何だ」

「お父さんのことだよ」





 帰り道。買い物帰りや学校帰り、いろんな人とすれ違う。凛が時々近所の人に挨拶してる。鞄と買い物と、夕方五時の音楽が流れてる。小学校の校庭で遊んでいる子どもたちが、やけに小さく見える。

「どしたの? お父さん」

「小学生って、小さいな。ものすごく子どもだ」

「何言ってるの〜、不審者〜」

 笑ってる。

「凛は大きくなったよなぁ。お父さん、うれしいよ」

「人を盆栽みたいに」

 凛は、私の趣味の盆栽を『じじむさい』と言いつつ、時々写真に撮ってはインスタに投稿している。

「そういや凛、週末クラスメイトと皆で遊びに行くと言ってたな。林くんは面子に入っているのか?」

 凛がジッと見てくる。

「男子も居るけど〜〜」

「けど〜〜?」

 黙ってしまった。

「今の子は……礼儀正しくて、ちょっとおとなしい感じもするけど、良い子たちがほとんどだよな」

「何〜?」

「ディズニーランドだろ? 大人数の方が楽しいんじゃないのか?」

「そ〜だね〜〜」

 千葉市の学校は、春の遠足でランドへ行くところが多い。私は他県育ちで、二十代になってから初めてディズニーランドへ行った。十代で行くのは、きっと楽しいことだと思う。

「あのさ、お父さん」

「なんだ、凛」

 凛が……続きを言わない。

「なんて言って誘ったら……変に思わないと思う? こう、友だちみたいにさ」

「…………林くん、か」

 ほんとは一緒に行きたいんだな。

「凛は友だちに、なんて言って誘ったんだ? 同じで大丈夫だろう」

「行こうよ、って? ほんと? 大丈夫だと思う?」

「ハムカツ賭けてもいい」

 バシと背中を叩かれた。

「てゆーか、甘酸っぱくてお父さん死にそう」

 凛に無言で蹴られた。

「明日…………言ってみようかな」

 そう言って、凛は私を置いて、先にスタスタ歩いていく。

「凛! 先帰るなら、買い物持っていってくれ」

 戻ってきて、腕を組まれて、凛は言う。

「何着て行こうかなぁ」

「ミニスカはやめなさい」

「なんでよ?」

 お父さんは心配だ。

「待ち時間で冷えるぞ?」

「なーにがいーかなーー」

 凛が腕にぶら下がってくる。やめてくれ。さすがに高校生は重い。

「……あ」

「何何何?」

 いや。

「何よ? なんかいいの、思い付いたんじゃないのーー? 言ってよ、お父さん」

「いや、別に」

「言ってよ」

 別にも何も、凛は春の遠足で一度やってることだし。

「言わなきゃお父さん、置いて帰るーー」

「えぇ」













 京葉線、舞浜駅。改札を出ると、皆もう居る。

「凛、おはよー」

「なんか、既視感」

「人数も人数だしね。班行動みたい」

「でも、いいかも」

「おはよう、七沢さん」

 お父さんの提案は珍しく『良いもの』だった。多分。だって、ほら、春の遠足で遠かった林くんが、近くに居る。





 お父さんはあの日、『制服で行けば?』って言ったの。最初は『えぇ?』って言っちゃった。でもね、やっぱいいかもって思い始めて、友だちに言ってみたの。林くんにも言ってみた。皆、『いいよ』って言ってくれたんだ。





「何? 七沢さん、どうかしたの?」

 林くんが隣を歩いてる。

「うううん、なんでもなーーい」

 制服の林くん。ランド。入場前のドキドキ。友だちもいっしょだけど、なんか、ちょっと、デートみたい。…………なぁんてね。

「行こう!」













 きっと今日のことを、何十年経っても、思い出すかもしれない。忘れてしまうかもしれない。どっちになるのかな?





 どっちでもね、いいの。でもね。もし、思い出したら…………こっそり、教えてね。どんな思い出になったか。


【終】

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