第4話 襲来
この世界の少女たちは早熟だった。色々な意味で。
同年代のあの悪ガキ三人も、十一歳になるころにはもう観念して、『仲良くしたいだけなんです』というような告白をしてくる。なぜか、
そこで千尋は『それなら普通に好意を伝え、優しくしてやればよい』という大人なら誰でもできるようなアドバイスをしたところ、少女たちはそれを実践。
かくして悪ガキ三人と
ほんのわずかな
「千尋くん、木の実食べる?」
「ああいや、結構。みなで分けるといい」
村をうろついていると女たちが近寄ってきて、何かと構ってくる。
千尋は基本的に弟の白とともに、野良仕事をやらされない。
それはどうにもこの世界における『男』への当たり前の対応のようだった。
内職仕事などはそれなりに振られるものの、それも厳しくなく、何もせず外で遊んでいても、むしろニッコニコのお姉さま方に声をかけられたり、手を振られたり、囲まれてお世話されたりする。
「ところで誰か
千尋もすっかり鍛錬後に湯浴みを所望することに慣れてしまった。
湯浴みというのは千尋の前世だと屋敷持ちの人間ぐらいしか出来ないことだった。単純に、エネルギー効率が悪すぎる贅沢だからだ。
しかしここは神力なる不思議な力のある世界。
しかも汗だくの男の子が自分の出したお湯に浸かるというのが何かを刺激するようで、こうして要求するとこぞって「はい! はい! はい!」と志願してくる者が出る。
なので、むしろなるべく多くに順番を回さないといけない気配を察し、気を遣って湯浴み所望などしているぐらいだ。
(十二年この世界で生きた。だが、六十五年生きた前世の感覚がどうにも抜けぬ)
この世界はおかしい。
しかし、この世界はこれが普通なのだ。男の子は姫のごとく扱われる。
千尋が剣を振っていると、『そんな女の子みたいなことはやめなさい』と苦い声で言われる。弟の白が内職をしたり飯炊きをすると『男らしい子ね』と褒められる。
全員が情欲のこもった目を隠そうともしない。
全員というのは、村の、自分と弟以外の全員、すなわち女たちだ。母さえも、含む。
(いつか村の『共有財産』となることを望まれているのであろうなぁ)
そう感じる。
ゆえに千尋は迷っていた。母や村の人たちに親切にされている。その返礼として『そう』なってやるべきかどうか。
この世界の女性はこんな寒村の人々であっても、
また、神力というものが生活に役立つのでうっすらと全員に余裕があり、優しい。
こういった場所でただ求められるままに腰を振り、女たちに甘やかされて種を撒きながら暮らす──そういう人生を望む男も多いのではなかろうか?
(……『客観的には、いい人生』か)
湯浴みの用意ができたという声を聞き、村の浴場に足を運ぶ。
そこは木板の仕切りがなされた岩で湯殿を作られた広いスペースであり、ほぼ男専用、つまり千尋と白専用になっているらしかった。
ちなみに木板だが、わかりにくく覗き穴など空いている。
恐らく『男の子の裸を見る』という役得ありきの場所なのだろう。
白は恥ずかしがるので白がいる時には周囲に誰もいないよう気遣うが、千尋一人だと気にしないので、好きに覗かせてやっている。
本人は『減るものでもないし』と思っている。
しかし世界の価値観から言えば、たいていの男は女の肉食獣的視線にさらされて性に食傷気味になっているので、覗きなどという行為は一瞬で男からの好感度が駄々下がりする蛮行であった。
それを受け入れている(白がいる時には追い散らされるので、気付いているがあえて見せつけていると思われている)千尋は完全に性の対象となっており、山にこもって剣術ばかりしている千尋の村人気を支えているのだが、千尋本人には想像も及ばぬことであった。
今日もそのような『役得の時間』が始まる。
千尋は風呂スペースに入って着物を脱ぎ脱衣籠に入れると、木の枝を持ったまま湯殿に近付き、かけ流しもせずに入った。
温度は千尋の好む少しばかり熱いもの。年明けの寒い村に湯気が立ち上るのを見上げながら、空へと視線を映した。
昼日中から露店風呂で息をつく。
(どこの殿様かお大尽かという贅沢よなぁ)
鈍ってもいい。
ここでの安住を望んでもいい。
女どもが抱かれたがっているのもわかる。千尋としては抱いてやってもいいと考えている。そこを避ける理由は特になかった。
取り立てて女好きではないが、千尋は『返礼』を信条としている。好意には好意で返すし、性欲には性欲で返す。幸いにもこの村の女たちはみな見目麗しい。
男にとって夢のような生活──
(鈍っていい。剣を捨てて生きてもいい。というより、男が剣をとるのは異端。この世界の常識において、俺のやっていることは……『女みたい』なのだったか)
湯に
そうすることを望まれている。
……だが。
(……だが。……十二年も生きてみたが。俺は……)
すぐそこには、木の枝がある。
できれば真剣、そうでなくとも木刀が欲しかった。
村には野盗から身を守るための武装がある。それを使わせて欲しかった。
だが、そういうのは『女が使う物』だ。危険で、重くて、傷を負う──女の役割のためのものだ。だから千尋は木の枝で我慢するしかなかった。
今もこの手は、剣を求めているというのに。
(……俺は、人斬りのままだ)
だが、そうは言っても。
ここでの十二年はどうやら、千尋をしっかり鈍らせ、蕩けさせていたらしい。
なぜなら──
カンカンカンカンカン──
「!?」
村に危機が迫っていることを知らせる半鐘が鳴り響く。
それもすぐさま消えた。……半鐘を鳴らしていた者が殺されたのだ。
家屋もまばらで広くもない村だ。
そこになんらかの脅威が迫っている。
だというのに、千尋はその脅威が『何か』をするまで……
「ち、千尋くん、逃げ──」
今日の『風呂番』が駆けて来て、その胸から刃の切っ先を生やして絶命するまで、『その気配』に気付けなかったのだから。
『その気配』は、女だった。
背の高い、片目を眼帯で塞いだ、見事に鍛え上げられた肢体を惜しげもなくさらした女。
毛皮を肩からかけた様子などはいかにも山賊的だが、その女が持つ刃と立ち姿が蛮族的な印象を強烈に消し去っている。
手練れ。
とてつもない、手練れ。正規の武術を身に着け、誰か尊いお方の命を受けている者特有の気配を発する、手練れ。
その手練れが……
左肩に、弟の白を担いでいる。
手練れは眼帯に隠れていない方の目を千尋に向けて、ぽつりとこぼす。
「なんだ、男を二人も隠していたのか。村人皆殺しでは足りんな」
優美な刃を持つ、陰惨な目つきの女は、千尋に語る。
「大人しくついて来い。悪いようにはしない」
千尋は──
目の前で殺された、湯浴み役の少女の亡骸を見ていた。
そして、思ったのだ。
(ああ──『大義名分』が転がっている)
『世話になった村が危機に陥っている』から──斬りたい。
『よくしてくれた少女が
『弟がさらわれようとしている』から──斬りたい。
『この村への返礼』のため──斬りたい。
目の前の女。
気配のとぼけ方、立ち姿、持っている剣。すべてが『手練れ』であると示している。
だから、斬りたい。
千尋は裸のまま湯殿から飛び出すと、近場にある枝を取った。
手練れが不可解そうな顔をする。
「私はお前と争うつもりは……」
「問答無用。
斬りかかる。
たまらなく、心が沸き立っている。
村の惨状。弟の身の安全。目の前で死んだ、よくしてくれた少女。
すべてが頭から消え失せて、剣を交える喜びに心が支配されていく。
……こうして。
ずっとずっとずっとずっと待ち望んでいた……
『強者との殺し合い』が、ようやく、ここに、始まる。
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