第14話 生徒会室と生徒会長

 なんてこった。


 そう思いながら入った生徒会室は、向かい合わせた長机と黒皮のソファーセット、それに書類戸棚が立ち並び、コピー機やPC二台があるという、けっこう広い部屋だった。


 私は憮然としながらソファーに腰掛けた。

 そんな私の横に腰掛けた式根くんは、お弁当を前に置く。


 包みの上からとはいえ、その大きさに、私は驚いた。

 かなり大きな――まさに高校二年のデカい男子が食べるに相応しい大きさのお弁当だったからだ。それが、二つあるのである。式根くんは、当然のように弁当箱の1つを私の前に置いた。……デカい。


 部屋の隅に電気ポットが置いてあって、そこで颯人はやとくんがお茶を淹れて、私たちの前に置いてくれた。


 もごもごと礼を言いつつ、お茶を一口すする。

 熱くてよく味が分からないが、多分、苦いんだと思った。


「会長、会長と大東さんってどういう関係なの?」


 お弁当の包みを開けながら、式根くんが颯人くんに聞く。

 すると颯人くんは意地悪そうにニヤリと笑った。この意地悪そうに笑うのが整った顔によく似合っていて、しかも格好いいところがムカつく。

 というか颯人くんも桜川高校の王子様枠だから、生徒会長選挙って結局王子様枠二人が当選してるってことになる。結局必要だったのは顔面偏差値か……と思う。私だって眼鏡外せば当選できたのかもしれない。……目が悪いから眼鏡外せないけど。


「気になるか」


 颯人くんの問いに、式根くんは大きく頷いた。


「そりゃ気になるよ、なんかやけに親しげでさ……」


「美咲とは、一緒に風呂に入る間柄だ」


「なっ……!?」


 颯人くんの問題発言に目を白黒させる式根くんの横で弁当の包みを開けながら、私ははぁっと溜め息をついた。


「……ちゃんと過去形にしろよ」


「この方が面白いだろ?」


「わざわざ誤解されること言ってなにが面白いんだよ、タチ悪いな」


「え……、あの……」


 泡を食ってる式根くんに、私は頷いてみせた。


「昔、颯人くんとは家が隣同士だったんだ。だからほんの小さい頃は、泥付き野菜洗うみたいに一緒にお風呂に入れられたりしてたんだよ」


「そうそう、それで中学校に入学するときになって美咲が引っ越していってな……」


「そういや颯人くん、まだフンドシ履いてるの?」


 あの頃彼は、お爺さんの影響でパンツ代わりに白いフンドシを履いていた。お風呂から上がる度に長い白い布をねじって腰に巻いているのが面白くて、よく観察していたっけ。あれ、かなり要領よく布を巻くんだよね。


「当然だ」


 颯人くんは私と式根くんの前に座りながら頷く。


「フンドシは決意の現れ。キリッとフンドシを締めた俺にお前が選挙で負けたのは、なんら恥ではない……と言っておこう」


「やっぱり教室に帰りたくなってきたな」


「それから美咲、フンドシは履くものじゃない、締めるものだ」


「それは失礼した、覚えておくよ」


「えっと……」


 式根くんが遠慮がちに口を挟んでくる。


「二人は幼馴染み……ってこと?」


 私は頷いた。


「そういうこと」


「それがいきなり生徒会長選挙でぶつかり合うことになってな……、前々から学年トップを競い合っていて名前は知っていたが、最初は我が目と耳を疑っていたよ。まさかあの美咲か……? と。眼鏡を掛けていて面影がなかったんでな。だが公約を知って確信した。これは確実にあの美咲だ、とな」


 私の公約。それは言わずもがな、『ストッキングは110デニール以上、男子も寒かったら履く』である。


「大東さんって、昔からストッキングが好きだったの?」


 と式根くんが私に顔を向けてくるが、颯人くんが首を振って応えた。


「変なところで逆張り的に個性を出そうとしてくるのが、美咲の昔からの悪癖なんだ」


「うるさいな、今どきフンドシ履いてる奴に言われたくないよ」


「フンドシは締めるものだっていっただろ」


「……」


 すっ、と式根くんがジト目になる。


「幼馴染み、手強い……」


「安心しろ、式根。俺はお前を邪魔しない」


 箸を親指の根元に挟んで手を合わせ、いただきます、をする颯人くん。


「まあ、よりにもよって美咲とは、お前正気か? とは思うが」


「いいんだ、一年間ずっと考えてたんだから」


「友人として忠告しておく。美咲は手に負えないかもしれないぞ」


「覚悟はしとくよ、けどここから先は俺の決めたことだから……」


「なんの話をしてるんだ?」


 私は彼らの会話に口を挟んだ。私のことを話題にしているのは分かるのだが、なんの話をしているのかまでは分からなかったからだ。

『一年間ずっと考えてた』? 式根くんて、もしかして一年間ずっと私に弟子入りしたかったのか?


 すると男二人は同時に首を振った。


「ううん、こっちの話」


「美咲、それより弁当を食べろ。見た感じ、式根に作らせたんだろ?」


「人聞きの悪いこと言うな、式根くんが自分から作ってくれたんだよ、ね、式根くん」


「そうそう、美味しいおかずばっかり詰め込んだからね、いっぱい食べてね」


「……そうだな」


 なんて喋りながら、意を決した私は、デカい弁当箱の蓋をパカリと開けた。


 美味しいおかずばかり詰め込んだ、という彼の言に嘘はなかった。

 厚焼き玉子、唐揚げ、ほうれん草のおひたし、プチトマト、ブロッコリーのおかか和え。ご飯にはごま塩が掛けてある。全体的にお弁当で人気のおかずばかりである。


 ただ、量が。やっぱり量が多いんだ……。



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