第13話 手作り弁当くれるってよ

 早朝の虐めに覚醒した私の頭は、しかしたったの数分でまたいつもの眠気モードに浸っていった。そんな感じでほぼ眠りながら午前中の授業を終え、昼休みになった。


 午前中は、あの女子たちからはあれ以上のアプローチは受けなかった。思うに、式根くんを巻き込んでしまったことが予想外で、動揺しているのだろう。


 さて、それじゃあ購買部行ってジャムパンでも買うか……と財布片手に立ち上がった私に話しかけてきたものがいた。式根航である。


「大東さん、お昼?」


 式根くんはにっこり笑いながら、見れば分かることを聞いてくる。


「ああ。購買部にパンを買いに行くところだ」


 それから私は、ハッとして彼の整った顔を熱心に見上げた。


「まさか、また奢ってくれるのか!?」


 きのうの奢りカツ丼、おいしかったからなぁ。またありつけたらいいな。とはいえ毎日カツ丼ってのも飽きるから、今日は焼きそば定食あたりにしたいところだ。


 だが式根くんはへにゃっとした顔で苦笑した。


「そんな毎日奢ってたら俺も財布がもたないよ。だから、今日はね」


 と、彼は手に持っている包みに入ったお弁当箱をひょいと持ち上げた。二つを重ねて持っているやつを。


「お弁当、作ってきたんだ。もしよかったらでいいけど、一緒にどうかな」


「え、私の分も?」


「うん。あっ、アレルギーとかあったりする? 聞かなくてごめんね」


「いや、アレルギーはないから大丈夫。なんでも食べられるよ……嫌いなものはあるけどな」


「ちなみに、その嫌いなものって何?」


「こんにゃくだ」


「あはは、そうか」


 なにが面白いのか彼は笑うと、にっこり微笑んだ。


「大丈夫だよ、今日はこんにゃく使ってないから。でも次からは気をつけるね、きんぴら作るときにでもこんにゃくは使わないようにする。あ、ちなみに糸こんにゃくとかは平気?」


「糸こんにゃくもちょっと……」


「そっか、分かった分かった」


 真面目な顔で――それでもどこか嬉しそうに頷くと、彼は手を差し出してきた。


「じゃ、行こう。いい場所あるから、そこで食べよう?」


「ああ……」


 なんで手を繋ぐことになってるんだ? っていうか、別に手を繋ぐような仲じゃないし……。私と彼の関係は、彼が一方的に弟子入りしてきたって関係である。それを許す条件といて、遅刻癖を治す約束をしてくれた、それだけだ。

 師弟関係って、別に手なんか繋がないよね?


 しばらく彼の手を見つめていると、式根くんは笑って私の手をとった。

 彼の大きくてひんやりした手が、ここちよい――が、触れた瞬間胸がドキッとして、手汗が出ていないかどうか心配になってしまう。


「あ――」


「行こ、大東さん」


「……うん」


 一瞬にして喉がカラカラしてきた。


 で、彼は私の手を離さず――。行き交う人に奇異の目を向けられ、私は顔を真っ赤にして俯きながら、式根くんに連れられて教室を出た。


 心臓がドックンドックンいっていた。廊下の周囲の人々の会話が耳に入ってくる。


「式根くんだ」とか、「あの女子誰?」とか。そんなヒソヒソ話が、まるで耳元でしているみたいに聞こえてくる。

 いやそこは生徒会長選挙に立候補していたのだから、私の顔と名前くらい覚えていてほしいものだが……。


 もう、目を上げられなくて、ずっと上履きの先だけを見ていた。


 で、これがよくなかった。誰かにどこかに連れていかれるときは、ちゃんと前を向いて、どこに向かっているのか確認しなければならなかったのだ。


「……ここだよ」


 式根くんの声に、顔を上げると。

 そこはなんと。


『生徒会執行部』


 だった。


 私は声もなく唖然として、ドアに書かれた無機質な表札を見ていた。


「ここなら静かに食べられるよ」


「いや、生徒会室って」


 私は彼の手を解き、ちょっと涙目になった。


「か、帰る」


「え、どうして? ここ、いい場所だよ。お茶も淹れられるし……」


「入れるか! 私は生徒会長選挙でボロ負けした女だぞ。どんな顔して入ればいいっていうんだ」


「いや普通に、ごめんくださーい、って」


「だってここ、あの生徒会長もいるんだろ? あのフンドシ野郎と顔を合わせるとか……」


「フンドシの何が悪い」


 背後から男子の声がした。


 ビクッ、と身をすくめてしまう私。生徒会長選挙の演説会で聞いたから知ってる。とはいえ声質自体は昔とそんなに変わってなかったけど。この声は、この声は……!


 振り返ったそこにいたのは。

 黒髪に引き締まった顔立ちの生徒会長、我がライバル……二木ふたき颯人はやとだった。


 颯人くんは私を見下ろして口の端をニヤリと上げる。


「演説会以来だな。あのときは碌な挨拶も出来ず、失礼した」


「あの時はお互い忙しかったしな、しょうがないさ」


 精一杯虚勢を張る私に、颯人くんはなんでもないことのように微笑んだ。


「さて、よくもオメオメと我が生徒会室に来れたものだな美咲、歓迎してやろう」


「やっぱり帰る」


「え、ちょっと待って」


 そんな私たちに目を白黒させている式根くんである。

 彼は私たちを交互に指差しながら、混乱しているようだった。


「知り合いなの? え? フンドシ野郎って……、なんで名前呼び? 俺だってまだ大東さんって呼んでるのに?」


 私は苦虫を噛み潰したような顔で彼に言った。


「帰らせてもらう」


「せっかくここまで来たんだ、旧交を温めついでに先の生徒会長選の感想戦でもしようじゃないか」


「傷をえぐってくるじゃないか。相変わらず悪趣味だな、颯人くんは」


「美咲相手に趣味のいいところを見せても旨味はないんでな」


「え? え? ちょっと説明してよ……ねえ、会長!?」


 混乱する式根くんを尻目にさっさと生徒会室に入っていく颯人くん。


 式根くんは、妙に据わった眼で私を見て、そして私の肩に手を置いた。


「ねぇ、大東さん。俺も名前で呼んでいい?」


「は?」


「早く入ってこい、茶を淹れてやる」


 生徒会室のなかから、私たちを呼ぶ颯人くんの声がした。


「名前で呼んでもいいよね?」


「ああ……? 好きにしたらいいんじゃない?」


 適当にあしらいながら、私は颯人くんについて生徒会執行部に入ることにした。

 ここまできたら仕方がない。奴の挑戦を受けてやろうじゃないか。


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