第9話 一緒に帰ろう

 一日の授業が終わり、帰り支度をしていると、式根くんが近寄ってきた。


「帰るの? 家どこ?」


「そんなプライベートなこと教えられるか」


「えー、教えてよ。でないと朝迎えに行けないじゃん」


 栗色の髪にくりっとした瞳で、人なつっこく笑うイケメン。……背がデカいくせに、やっぱり可愛い。

 っていうかこいつ今なんて言った?


「朝迎えに行く、だと?」


「そうだよ、なに驚いてんの。そういう約束でしょ?」


「……そういえばそんな話もしたな。そうか、あれはこういうことだったのか……」


 生活サイクルをサポートするために一緒に登校する――とかなんとか、学食で言っていたこと。

 あのときは遅刻しないっていう約束に目がくらんでいたけど、結局はこういう泥臭いことなんだよな……。


 それにしても。


「よく考えたら、高校生にもなってそんな小学生みたいなことしてもらわなくてもいいんじゃないか? ちょっと夜中に電話してくれるくらいでも私は変われると思うよ」


「そういう言葉は小学生に負けないくらいちゃんと学校来れるようになってからいいなね」


「うっ」


 小さく呻く私。そりゃ大部分の小学生は、私よりちゃんと決められた登校時間を守っているだろうからな……。

 まったく、返す言葉もないとはこのことである。


「ていうかなぁ……、ほぼ初対面のデケえイケメンに家教えるのはちょっと怖いな」


 すると彼は嬉しそうに相貌を崩した。


「大東さんにイケメンっていってもらえて嬉しいよ。あ、でも初対面じゃないからね、実は去年君と会ってるんだよ」


「ああ、一年の時は学年一位に何回かなったことあるからな、そのときに物見遊山で私のこと見に来たとかか?」


「そういうことじゃなくてぇ……」


 なにか言いたげに語尾を濁す式根くんだったが、「まあいいか」と息をついた。


「とにかくさ、大丈夫だよ。俺、大東さんの家の場所は他の誰にも言わないから」


「だから式根くんに教えるのが怖いんだってば」


「そこは……信用してもらうしかないな」


 困ったように、彼は眉尻を下げた。


「俺、ぜったい大東さんには手を出さないから。あっ……、手を出さないって、そういう意味じゃなくて。犯罪行為をしないって意味だよ?」


「念を押すな、かえって怖い」


 うーん、どうしよう。この人に私の家教えていいのか……?

 でもなぁ、朝、遅刻しないためには必要なことだよなぁ……っていうか改めて考えるとやっぱり情けない、誰かに付き添ってもらわないと学校にもちゃんと行けないとは。他の生徒はみんな、一人で間に合うように登校してるってのに……。


「お願いします、大東さん」


 パン! と私に向かって手を合わせ、彼は頭を下げた。


「大東さんを遅刻から救いたい。それだけ。ほんと。他意は無いから!」


「……分かった」


 私にとって遅刻癖は死活問題だし、それをなんとかするためには、身バレというリスクを犯すことも必要なのだろう。


「あんたは私の命綱だ、救命胴衣だ、セーフティーネットだ。信じよう」


「やった!」


 くりっとした目を輝かせる式根くん。……やっぱりこいつ、イケメンっていうよりは可愛い系だな……。いやイケメンではあるんだけどさ。


 まあいいや、そうと決まれば、とっとと帰ろう。

 私は鞄を持つと、彼に先んじて歩き出した。


「じゃ、行こうか。案内する」


「行こう行こう!」


 教室を出るとき、昼間、私のことを悪く言っていたクラスの女子数名が私を睨み付けてきた。

 なかには泣きそうに目を潤ませている女子もいる。

 私は、それを無視して歩いて行く。


 隣を歩くデカいイケメンは、そんな視線にも気がついていないようだった。っていうか、なんかこいつ、すごいウキウキしてるんだけど……。


「で、大東さんって何で学校来てるの?」


「自転車」


「そうなんだ、近所?」


「ああ、10分くらいのところだ」


「……え」


 彼は廊下で足を止める。数歩先に歩いた私は、デカいイケメンを振り返った。


「なんだよ」


「そ、その距離で毎日遅刻してるんだ……」


「距離は関係ない」


 私が言うと、彼はまた歩き出した。


「遅刻したくて遅刻しているわけじゃない。したくないのにしてしまう……距離とか関係なく……それが遅刻だ」


「でも登校時間が短いのは羨ましいな。俺、電車通学でさ、学校来るのにトータルで30分くらい掛かるんだ」


「それは大変そうだな」


「あ、でもこれからは毎日もっと早く家を出ないといけないから……、ちゃんと電車の時間調べないとな」


「なんだよ、生徒会って朝練あるのか?」


「違うよ、これから毎朝大東さんのこと家まで迎えに行かなきゃいけないでしょ」


「……」


 その瞬間、凄まじい劣等感が私を襲った。胸がきゅうっと締め付けられるような……、切ないような感覚だ。

 朝30分の登校時間の人に、私は余計な時間を掛けさせて、迎えに来てもらうのだ。

 誰かにこれだけの負担をかけないと、まともに登校時間もできないような出来損ないなのだ、私は……。


 ……でも、彼は乗り気だし、私は遅刻をなくしたいし……。


 私は視線を逸らした。


「ま、まあ、よろしくお願いします」


 すまない式根くん、私のために苦労してくれ。その代わり、私はあんたが求める個性とやらを教えてあげるから。どうやったらいいか分からないけど……。


「うん、任せて」


 彼は明るく請け負ったのだった。


 ――こうして、式根くんは私の生活に介入してきた。




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