第32話 葛西和也(かさい かずや)

―葛西和也視点―


 


 クラスの女子連中が、また今日も星華の陰口を言っている。


 いや、あれはもう陰口ではない。


 だって、わざと本人にも聞こえるように大声で話しているのだ。


 もはやこれは、いじめと言ってもいいのでは?


 

 その大声での陰口を聞かされるたび、腹立たしく思うとともに、自分の無力さを感じる。


 いますぐ、女子連中の所に行って、ひどいことを言うのをやめろと言ってやりたい。


 でも、そんなことをすれば、「お前、星華の事好きなんだろ?」なんてクラス中からからかわれて、ぼくも3年間いじめの標的になってしまうだろう。


 そう、ぼくは臆病だ。


 小さなころから兄妹のように育った幼馴染のことを守ることもできない。


 

 せめて、教師にでも相談してみようかと思ったこともあった。


 だけど、もしかしたら、そのことが星華に迷惑になるかもしれない。

 

 星華は優等生だ。


 もし、ぼくが事を荒立てたことで、星華の内申書みたいなものに悪影響を与えてしまったら大変だ。


 なので、本人の知らないところでなんやかんやするのもはばかられた。




 そうやって無力感を感じていると、だんだん女子連中の陰口はヒートアップしていく。


 星華は何も反応しない。


 まるで、そんな罵詈雑言など聞こえていないかのように、気高く孤高を保っている。


 そして、そんな悪口を意にも介さない星華にしびれを切らしたのか、女子連中の言葉はとうとうある一線を越えた。



 このコロニーを魔物から守った英雄ともいえる星華のご両親。

 

 そして、まだ16歳なのに、進学せずに家族を支えるために命がけの探索者になった藍星兄ちゃん。


 さすがに、この人たちを貶めるようなことを言い放つのは許せなかった。


 ぼくは思わず立ち上がり、感情の任せるままにその女子連中を糾弾していた。





 

 しまった。


 やってしまった。


 女子連中は、相変わらずへらへらとして本気で怒ったぼくのことを馬鹿にする。


 たぶん、これから先はぼくも悪口を言われたりするんだろう。


 その時、ぼくは後悔していた。



 でも、その後すぐに、


 ボクは後悔したことを後悔した。


 なぜなら――





 星華が、泣いていた。


 誰にも見られないように。


 確かに、涙を流していた。




 誰かが――


 ぼくが。


 ぼくが星華の味方をしないでどうするんだ。


 星華も、藍星兄ちゃんも、家族同然じゃないか。


 ぼくが星華の味方をしないでどうするんだ!



 そんなことを考えていたら、あっという間にその日の授業は終わっていた。


 星華に声を掛けるべく、校門を抜けて帰路につく星華の後を追う。


 運よく人気のないタイミングで星華に追いつき話しかけると、逆に星華にお礼を言われる。


 そしてまた、星華の目からこぼれ出る涙。



 ダメだ。


 星華が泣いている姿だけは、


 あの連中に見せてはいけない。


 誰にも見せてはならない。


 星華はいつも気高くなくてはならないのだ。



 そう思ったオレは、とっさに近くにあるカラオケ店に星華を連れて駆け込んだ。


 あとから考えても、なんて大胆なことをしてしまったんだと思うが、その時はそれしかとり得る行動が無かったのだから仕方がない。


 まさか、顔を隠すように抱きしめるなど、ぼくにはできない。



 

 カラオケの部屋の中で、嗚咽する星華がぼくの目を気にしなくてもいいようにと。ぼくは歌いまくった。


 正直、度胸のないぼくは人前でカラオケを歌ったことなどない。いや、人前どころか一人で歌ったことすらないのだ。


 ひたすら歌い、声が枯れてしまったころにようやく星華は泣き止んで、普段どおりの表情を取り繕えるようになっていたので家に帰ることに。


 会計を済ませ、別々にカラオケ店を出たあとは、打合せ通り一度も会話することもなくそれぞれ自宅に戻る。


 もし、一緒にカラオケから出てくるところや一緒に帰っている所を他の誰かに見られたらとんでもないことになる。


 



 家に帰り、部屋のベッドに突っ伏すようにダイブする。


 ぼくは今日、決意した。


 もう、臆病な自分のままではいられない。


 星華の味方で居続けるんだと。



 藍星兄ちゃんのチカラにもなりたい。


 だから、これまでは三上家におかずを届けるのは姉の役目だったけれど、今度からはぼくもその役目を担おうと思う。


 まずは、出来ることから始めて行こう。


 そう思って台所に降りていくと、そこにはなにやら黒い煙と焦る姉の声。


「かあさんは?」


「お友達と女子会だって」



「姉ちゃん何してるの?」


「あいせーんちに持っていくおかず! おかあさんの代わりに私が作るの!」



「で、その黒い物体は?」


「‥‥‥卵焼き」



「‥‥‥」


 その後、姉は冷蔵庫から何点かお惣菜を持って三上家に行ってしまった。


 しまった、今日はぼくが持って行こうと思ったのに。


 仕方ない。明日からでもいいか。




 卵が原料の黒焦げになった物体の廃棄と、黒焦げになったフライパンを洗い、しばらくすると姉が帰ってきた。



「くさっ!」


 姉からは、ニラとニンニクの香り。



 うん、今日は三上家に行かなくて正解だったみたいだ。



 


















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