美貌の令息は野獣令嬢に恋い焦がれる
ひよこ1号
美貌の令息は野獣令嬢に恋い焦がれる
「ゴリエンティーヌ嬢、私との婚約を解消して欲しい」
突然そう言われて、私は足を止めた。
彼は、公爵令息のアーサー、幼い頃からの許婚だ。
小さい頃から、私達は不仲というか、お互いに好き合ってはいない。
何せ、私の見た目は男と変わりない逞しさだからだ。
不憫な事に、彼には同性愛の疑いまでかかってしまっている。
些か哀れには思っているが、こればかりは仕方のない事だ。
私は辺境伯家出身の騎士として、女性らしさよりも騎士らしさを重視している。
年頃ともなればもっと華やかで可愛らしい女性を隣に迎えたいだろう。
いつ言い出すのか?と思っていた位だ。
政略結婚ではあるものの、情愛が全くないというわけでもない。
私には抗う理由も無かった。
「いつ申出るのかと待ちわびていたぞ。だが順序が違う」
私は彼の立ち尽くす壁に腕を突いた。
ヒッとアーサーの声が裏返る。
そしてその震える両頬を指で掴んだ。
「結婚とは当人の意思の埒外。まずは家と当主の意向が物を言う。貴様は父親に許可を得たのか?」
指で頬を押さえられただけで、彼は首を横に振る事は出来ない。
でも頷かないのなら、それは否定である。
「なれば、父親の許可を即刻取られよ。私の父に話を通すがいい。私の許諾は取ったと言って構わん」
今度こそ、アーサーは涙ながらに頷いて見せた。
口が歪んで蛸のようになっている。
端正な顔が台無しだ。
私が手を離すと、アーサーは転げるように走って逃げ出した。
吐息を吐いて、その情けない後姿を見送る。
「確かに、当人同士の意思は重要視されないけれど、大事だと思うよ」
後ろから声がかけられ振り返ると、眉目秀麗な男が立っている。
私に声をかける人間は、この学園でも限られているので、声だけでもすぐに分かった。
もう一つの辺境伯家バロウ家の令息、レイモンドである。
私の実家の辺境伯領と、領地の端で繋がっているのがこのレイモンドの家門だ。
北の地を守る家柄であり、魔獣討伐や稀に起こる蛮族との戦争で共に戦う事もある盟友。
「それが許される家門であるならば、構わんが」
「許されなくても、見合った家門ならば一考に価するのではないだろうか?」
女の様に中性的な美貌で、男女共に人気を集めるレイモンドが、憂いを含んだ眼差しで言えば、胸をときめかせる令嬢達が切なげな溜息を吐く。
廊下を行きかう他の生徒達も、思わず足を止めて見入るほどだ。
レイモンドはスッと左手を胸に当てながら言った。
「幼い頃から、ずっと、君だけを見つめてきた。美しい君」
「………」
美しい、とは私の真逆にある言葉だと思うのだが、この男は大真面目なのである。
後ろに居並ぶ令嬢達も、レイモンドの言葉を嫌味を言っているのだと思って、歪んだ笑みを見せているが、違うのだ。
この男の美的感覚は、その辺の男達と違う。
「この醜い僕で良ければ、君の横に並び立つ栄誉を与えてくれないか?」
「まだ、正式には婚約解消となっていないのだが?」
「だからだよ。また、君を横から攫われたりしたら、僕は生きていけないだろう」
予想外の展開だったらしく、ご令嬢達が悲鳴を上げて、次々に卒倒した。
まさか、私に向かって美しいと囁く言葉が本気だとは思っていなかったのだ。
……まあ、それは普通の感覚だろうが。
女性の容姿に嫌味を言うような令息の方が私は嫌だと思うが、令嬢達には許容範囲内らしい。
昨今の女性の好みは分らんな。
麗しの君、レイモンドが本気だと知って正気を保っていられなかったのだろう。
卒倒しないまでも、ふらついて壁に凭れ掛かっている令嬢達もいる。
だが、この時を逃さないというように、倒れた令嬢達に見向きもせずレイモンドは続けて力強く言った。
「僕と結婚してくれ!ゴリエンティーヌ」
決闘の間違いか?
と、今通りかかったなら皆が皆そう思うだろう。
私もそう思いたい。
でも彼は真剣なのだから、こちらも真剣に答えなくては。
「お前の気持は分かった。なれば家に申し出をしろ。断りはしない」
今度こそ耐えていたご令嬢達もイヤァァアァァと口々に叫んだ。
片や、レイモンドは感涙に咽んでいる。
阿鼻叫喚であった。
私は両親家族に溺愛されて育ったと思う。
見た目は貴族令嬢としては残念だが、逞しい祖父に似てしまった。
まるで山賊の頭目のようにも見える、祖父に瓜二つなのである。
少なくとも女性らしい見た目はしていないし、人間よりも野獣という方がしっくりくる。
幼い頃からそうだったので、普通の女性としての人生は元より興味を持たなかった。
祖父に言われるまま、己を鍛えて武を磨いてきたのだ。
下手に女性らしい心を持たなかったのが、幸いしたと思う。
もし、妹達のような可愛らしく、庇護欲をそそるような見た目だったら、何か違ったのかもしれないが。
いや、多分違わないな。
ただ、あるべき魂があるべき器にある事は救いだと思う。
レイモンドがまさにその真逆だ。
望まぬ器に入った魂。
彼とは友人として、何度も話をした事がある。
辺境伯家は、どうしても戦いとは縁の切れない家柄で、当主もまた強さを求められていた。
そんな家柄で、中性的な容姿、非力な身体に生まれついた彼は、自分を醜いと言う。
世間がどんなに美しいと言おうと、彼の考えが改まる事は無い。
レイモンドにとっての美しさは、圧倒的な強さと、それを為し得る筋力なのだ。
だから、私が美しく見えてしまうのである。
でも私は自分を美しいと思った事はない。
レイモンドを醜く思う事がないように。
私の美的感覚は一般人と、然程違いがないようだった。
自分を醜いと卑下する事は無いが、女性としては醜い部類であると。
だが、それを口にする事はない。
私にとってそれは弱さだ。
言われた方とて反応に困るだろう。
だから唯一、そこだけが私にとって彼の嫌いな部分でもあった。
自分を卑下せずにはいられなくても、彼はその恵まれた容姿に胡坐をかくことのない努力家なのだから。
それがたとえ花実を結ばなくとも、踏みにじられて良いものではない。
婚約破棄と新たな婚約について、暫く学園は騒然としていた。
本来なら、御令嬢達の嫌がらせなど始まるところなのかもしれないが、遠巻きに見つめてきても、私が視線を向けると、ヒッと悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「何も逃げなくても」
「逃げるでしょ」
「逃げるって」
数少ない女性の友人達、マリアとトレイシーが笑いながら言う。
一見すれば、私が女性二人を侍らす野獣に見える事だろう。
彼女達も美しい女性ながら騎士科に所属する猛者達である。
「小蝿が五月蝿いと面倒だろうと思いまして、僭越ながらわたくしが対応させて頂いたのでしてよ」
更に合流したのは、王子の婚約者の公爵令嬢アリアンローズだった。
将来は私の義理の姉妹になる方である。
私を彼女の近衛にしたいと言ってくれていたのだが、このままでは辺境に帰ることになりそうだ。
レイモンドと婚約するなら、嫡子のレイモンドに輿入れするという事になる。
王宮勤めよりも危険な、辺境の守りを固める騎士となるのだ。
「それはお気遣い痛み入る。だが宜しいのか?」
「ええ。貴女の力はあるべき場所に」
ゆったりと微笑むアリアンローズは、既に上に立つものの威厳と寛容さを備えている。
確かに王宮での護衛より、私は魔獣や蛮族との戦いの方が戦果を得られるだろう。
頷くと、傍らの友人、マリアが問いかけた。
「対応って何をなさったんです?」
ふふ、と悪戯っぽく笑ってから、アリアンローズは言った。
「レイモンド様を得るには、ゴリエンティーヌ嬢に決闘で勝たなくてはいけない、とお伝えしましたのよ。だって、レイモンド様が求めているのは強さですもの」
「ふむ。流石の差配です」
私は素直に感心した。
実際、あのレイモンドであっても、私に決闘で勝てる相手ならば少しは考えるだろう。
「まあ、それは、無理ですね」
「無理だと悟るでしょうね」
マリアとトレイシーが口々に言う。
「勝負という物はやってみるまで分かるまい」
絶対という物はないのだ。
だが、一介のご令嬢には無理だろうという事は流石に私にも分かるが。
「分からないけど、私には分かります。だって、この学園で貴女に勝てる男も女もいませんよ」
「騎士団との模擬戦でも、一人勝ちしましたよね?この前」
確かに。
だが、中央の騎士団と比べられても。
辺境の騎士団の方が猛者は多い。
「いや、他にも強い人がいるのは分かるけど、あくまで学園内の話にしておいて」
「自分より強い奴探しに旅に出そうな顔しないで」
二人に止められて、私は溜息を吐く。
「分かった。それに、これから実家で一騒動ありそうだからな」
一騒動?と三人の女性達が可愛らしく目を丸くする。
そう。
今からでも予想が付くくらいには、我儘で可愛い妹が待っているのだ。
結局、手紙でのやり取りの結果、正式にレイモンドとの婚約が整った。
彼はまめにエスコートをしてくれるのだが、見た目が男女逆とも見え、珍妙な恋人同士に思えるだろう。
美女はレイモンドで野獣は私だ。
騎馬が基本なので、馬車は使わないが、レイモンドも同じく騎馬で迎えに来て、並んで登校する。
先に降りたレイモンドが手を差し伸べるので、さすがの私も飛び降りるわけにいかず、その手に手を重ねて降りるのだが、まるで姫が騎士の下馬の手助けをしているように見えるのではないだろうか。
残念ながら、その事を指摘しようという猛者はこの学園にはいなかった。
嫌味なご令嬢が、扇を片手に罵ってくることもない。
ただ、何か違うな、と私を含め、多くの者が思っていたに違いないが。
当のレイモンドはにこにこと幸せそうにしている。
長い休みに入るという事で、共に馬車で辺境へと向かう事になった。
一騒動ある、実家参りだ。
旅の途中で魔獣や賊を狩りながら、無事辺境伯領へ辿り着く。
一昔前に、妹のコランティーヌが家で大暴れをした事がある。
といっても、たかが令嬢の勘気なので、些事ではあるのだが。
上の妹のシャルリーヌはアリアンローズの兄と婚約して、将来公爵夫人となる事が決まっている。
その頃は私も別の公爵家の令息アーサーと婚約していた。
更に、兄のアダンが、レイモンドの妹シャルティエと婚約した事で、アヤゴン家とバロウ家の縁は結ばれたのだ。
下の妹のコランティーヌが、どれだけレイモンドと結婚したいとごねても無理だった。
当時からレイモンドは婚約者は決めないと意思を曲げていなかったので、空席のままだったのだが。
既に婚姻によって結ばれている家同士だからというのもあり、三女のコランティーヌが泣いても叫んでも、暴れても、両親は首を縦に振らなかったのは当然といえよう。
それが、覆ってしまったのである。
レイモンドの求婚によって。
実家に帰れば、当然の如く、妹は暴れていた。
「ずるいわずるいわ!お姉様だってわたくしが、レイモンド様をお慕いしてると知っていたでしょう!!」
「ああ」
こんな女の欠片もない私をお姉様と呼んでくれるなんて、何ていい子なのだろうか。
思わず涙腺が緩みそうになって、顔を引き締めた。
「そんなに怖い顔なさっても無駄です!わたくしは見慣れておりますもの!」
「うむ、偉いな」
学園のご令嬢達より肝が据わっているじゃないか。
私は妹の頭を撫でた。
だが、妹はきゃんきゃんと吠えまくる。
「優しくして下さるなら、婚約解消してくださいまし!わたくしがレイモンド様と結婚いたします!」
「え?それは僕が困るんだけど」
見守っていたレイモンドが口を挟んだ。
漸く、コランティーヌの目にもレイモンドが映ったらしく、あわわわと慌てている。
一応、恥という概念があった事には安堵した。
私の巨体で背の高い筈のレイモンドも背後に隠れてしまっていたのだ。
レイモンドは隣に並び立ち、コランティーヌに真摯に語り掛ける。
「僕は小さい頃からずっと、ゴリエンティーヌを好きだったんだ。でも他に婚約者がいたから、気持を伝えられずにいたけど、やっと、僕はゴリエンティーヌに求婚出来たんだ」
それを聞いて、妹がきっとレイモンドを見る。
卒倒しないだけ、学園の令嬢達よりはやはり肝が据わっている。
「でも、わたくしの方がお姉様より美しいですし、レイモンド様に釣り合うはずですわ!」
「僕から見たら……その……君は美しくない……」
「………えっ?」
聞き返したくなる気持ちは分かる。
使用人達も、同じ顔をしているからな。
私は腕組みをしたまま、見守り続けた。
「僕にとって、世界で一番美しいのはゴリエンティーヌなんだ……」
うっとりと、頬を染めてレイモンドは語る。
傍から見たら、気が狂ってると思われるかもしれないが、彼にとっての真実なのだ。
妹は、ぽかんと口を開けてレイモンドをまじまじと見つめてから、呆然と私に問いかける。
「お姉様、レイモンド様に何をしましたの……」
「何も。レイは昔からこうだぞ」
私は端的に事実を伝えた。
気持ちを伝えられずにいた、と本人は言っていたが、事あるごとに私を褒めたたえていたのである。
コランティーヌは信じられないというように、両親を見るが、両親は私の言葉に頷く。
両親も祖父も知っているし、向こうのご両親も知っている。
私が婚約してしまった時に、死ぬほど嘆き悲しんだからだ。
相手が私でないならば、結婚しないと言うほどには重症で、それからもずっと彼の気持ちは変わらなかった。
だが、納得がいかないようでコランティーヌは、お姉様ずるい、と泣き出した。
「分かった。じゃあ、こうしよう」
私が言うと、ぱっとコランティーヌが涙を引っ込めてこちらを期待するように見る。
現金な奴だが、可愛いと思えるのは姉馬鹿だからだろうか。
「高名な魔術師殿なら、魂を入れ替える事が出来ると聞く。お前の魂と私の魂を入れ替えればいい。それならレイモンドと結婚できるぞ。私もここまで育てた筋肉と別れるのは辛いが、お前の涙を見るのも辛い」
そう言うと、妹の顔が面白いように真っ青になった。
「え……わたくしが、お姉様に、なるの?」
「それしかあるまい」
しみじみと妹は私を上から下まで眺める。
何処をとっても丸太の様に逞しい筋肉に覆われている、自慢の肉体美だ。
だが、淑女としての人生は過酷な物となるだろう。
蝶よ花よと育てられた妹達にとっては、地獄としか言いようがない。
「それに、そうなれば魔獣討伐も義務となるぞ?守られるだけの存在になる事は許されない。レイモンドが望む伴侶は、強く猛き者。共に並び立ち、敵を討つ者だ。お前にその覚悟はあるか?」
腕組みをしたまま問いかけると、コランティーヌはへなへなと床にへたり込んだ。
「……申し訳、ありませんでした」
「納得したのならばいい」
騒動が終わったな、と思ったが、レイモンドに強く手を引かれる。
そのままテラスへと連れて行かれた。
「納得させる為だって分かってはいるけど、君の魂じゃなきゃ意味が無い。僕は君の魂ごと、君の美しさを愛しているんだ。だから、二度と言わないでくれ」
泣きそうになりながら言うレイモンドに、ふむ、と私も考えた。
確かに、説得するためとはいえ、レイモンドにとっては蔑ろにされていると思える言葉だったかもしれない。
だが、折角だから、交換条件を出そう。
「ならば、お前も二度と自分を醜いと言うな。お前は醜くなんてない。騎士として立派に戦えるよう、自分なりに工夫してのし上ったお前は弱くは無い。私の伴侶となるのなら、私に選ばれたのだと胸を張れ」
「ああ……選んでくれたんだな……愛してる、ゴリエンティーヌ」
「私も愛している。共に生きていこう」
私は知っていた。
弱音を吐きながらも、もがく姿をずっと見てきた。
恵まれた才能なんてものを得られるのはごく僅かな人間だ。
それが望んだ能力だというのなら、もっと少ないだろう。
私は望めば望むだけ、鍛えれば肉体が応えてくれた。
でも彼は、私の何倍もの努力をしても、私の何分の一にも満たない見返りしかない。
それなのに心を折ることなく、自分の弱さを分かりながら、弱いゆえの戦い方を見出したのだ。
早さであり、器用さであり、技術そのものを磨いて。
私が力で全てを凌駕してしまえるとは知っていても、きっと彼は諦めない。
その強さが私は好ましい。
卒業と共に結婚し、バロウ辺境伯家への嫁入りをしたゴリエンティーヌは瞬く間に騎士団を掌握して、目覚しい活躍を見せ付けた。
子宝にも恵まれ、二年後には蛮族の撃退だけでなく平定まで成し遂げたのだ。
その後勝ち取った土地はバロウ辺境伯領となり、蛮族は奴隷とすることなく、領民として迎え入れられたのである。
ゴリエンティーヌの強さと寛大さに心酔した蛮族が魔獣討伐にも武威を示し、辺境での魔獣被害も激減した。
そして、沢山の子供達に囲まれて、ゴリエンティーヌとレイモンドは末永く幸せに暮らしたのである。
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