序章

駅の南口からでて少し歩くと、右手に大きなビルが見えてくる。  そのビルの手前から右に曲がり、そのまましばらく歩くと古い商店街に出る。

 そこは戦前からある商店街だったが、街の中心は駅の北口の方に移ってしまい、今は見る影もないほどに寂れていた。  どの店もシャッターが閉まっており、まるでそこは廃墟のようなありさまだった。  ただ、商店街を抜ける道は国道への近道になるせいか、やたらと車の通行量だけは多かった。  車はまるで生き物のようにスピードを上げて、人の気配のない商店街を通り過ぎていく。

 ホテル・マスカレードはその商店街の一番奥まったところにあった。  もちろんホテルとはいっても名ばかりで、七部屋しかなく、どちらかといえば長期滞在型の下宿屋のようなものだった。  二階建ての木造で、裏手には細い川が流れており、その川沿いに細長く建っていた。  ホテルは、建てられて半世紀以上経つせいか、昭和の雰囲気を残している。  大きな看板もなく、ただ、正面玄関のドアの上に、「ホテル・マスカレード」と英語で記されていた。  今のオーナーは三代目で、十年前に前のオーナーからこのホテルを譲り受けたらしい。  それ以前の経歴は不明だ。

 僕はホテルのドアの前に立つと、小さく気合いを入れた。  ホテルの中から微かにジャズの音が聞こえている。  その曲は僕でも知っているような有名な曲だった。  僕は、木でできた重厚なドアをゆっくりと開けたのだった。

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