『主人公』に挑み続けるかませ優等生の話

さくらます

第1話

「ここは……」



 ダイヤ=バーナム・ジェムケイブは医務室のベッドで目を覚ました。


 短く整えた銀髪を枕に沈め、心地よい睡眠から蒼い瞳を開いて天井を仰いで自分がどこにいるか把握して……飛び跳ねるようにシーツをはがして起き上がる。



「お目覚めですか、ダイヤ様。ですがお身体はまだ完全に回復なさっていないでしょう」


「……エトア」



 隣に居た同じくエクスデイ魔導学園の制服を着た猫の獣人の従者の少女、エトアがまだ寝ているように勧めたので、ダイヤはそれに応えるようにベッドに横になる。


 視界は明瞭で、肩に掛かる程度の金髪と大きく丸い碧眼が少女がエトアであることをしっかり確認できた。



「俺は……確か、魔法演習の授業で皆の手本を見せて……」


「ええ。今思い出しても満点の魔法でした」


「当然だ。俺はバーナム侯爵の長男だぞ。だが……その後……そうだ!」



 ダイヤは再び飛び上がるように起きて先ほどの授業のことを思い出した。



「リスタ・シエラ……!」



 それはエクスデイ魔導学園の特待生の名。容姿は実に地味な平民といった印象で、そばかすと丸眼鏡がそれを助長させていた。


 しかしそんな彼女は初めての魔法演習の授業にて、ダイヤを含めて歴代の生徒——ひいては教師連中にも為し得なかった的の破壊を成し遂げたのだ。しかも通常、演習で当てるハズの3つの的を全て、それも一発の巨大は魔法でだ。


 周囲の生徒がリスタのその実力に困惑と騒めきを隠せないでいるその時、ダイヤは『手本となった自分よりも目立った』という理由で怒り、その場で彼女に決闘を申し出たのだ。その場に居たエトアは特に彼を諫めようとはせず、彼の思うがままに行動させていた。


 リスタもまた彼の行動に困り果てるも、しかしダイヤは彼女がまだ一度しか魔法を唱えていないことを指摘し、残る2つの魔法を自分に浴びせるように告げたのだが——






「そんな……危険ですよ……!」


「危険? リスタ・シエラ、この俺ダイヤ=バーナムに対し、魔法を危険とのたまったのか?」



 ダイヤを憂うリスタ。しかしダイヤは小杖を振るって杖の先に魔法陣を展開する。黄色の2種類の魔法陣が表すのは土属性、第二階梯の魔法。



ラタシュルクウォレザポトスプレアドカベータ



 4節の詠唱の後、ダイヤの目の前に透き通るような鉱石の壁が現れる。



「《晶幕壁ショーカーテン》——この俺を舐めるなよ。俺が作り出したこの水晶は魔法に対して強大な耐性を誇る。我らが皇国軍が使用している魔導砲台の砲撃を受けてもヒビ一つ入らない強度だ。的を破壊する程度の魔法なぞ問題ない」



 ダイヤの宣戦布告に周囲の生徒から歓声が上がる。『流石バーナム家の長男!』『実際見たけどマジに何ともなかったぜ』『平民なのに侯爵に目を付けられてしまうなんてかわいそう』……とかく様々だ。



「貴様の残る魔法の使用権、2発以内に俺のこの《晶幕壁》を破れば貴様の勝ち。出来なければ俺の勝ち……シンプルだろう? 本気で来い。だとしても破れはしないがな」



 ダイヤは自分の魔法の強さを誇るように告げた。


 しかし事実、ダイヤが独自に作り上げたこの晶魔法は土属性の中でも対魔法を極めた代物だった。対魔法と言えど軽自動車が空から降ってきた程度ならば余裕で耐えられる物理耐性がある。それの何倍の耐性となると、その破壊力は計り知れない。



「……本気で、いいんですか?」



 リスタは眼鏡を整えながら、恐る恐るといった風に口を開く。ダイヤは何を言ってるのかと鼻息を吐いて小杖をリスタに勢いよく向けて見せた。



「先ほどの的破壊が貴様の本気だろう。それで構わん。撃ってみろ」


「えっと……あれは本気じゃないです」


「…………なんだと?」



 恐るべきリスタの発言に、さしものダイヤの眉がピクリと歪に歪む。



「むしろ力を抑えていたというか……でもでもっ、本気でやっていいのなら、ホント、本気でやりますね……?」


「そっ、そうだ! 本気で来いとも! このダイヤ=バーナムの実力以上であると心の底から言えるのならな!」


「言えるかどうかはわかんないですけど……ともかく、本気で――」



 リスタは深呼吸を1つ挟んでから、右手をダイヤの方へ、《晶幕壁》の方へと向ける。



「杖無しだと……?」



 ダイヤがそれに気づいてから更に、リスタの掌に火の玉が現れる。



「おいおい……まさか、無詠唱かつ無陣だと……!? 先ほどの魔法といい馬鹿なのか……!?」


「あの、すいません……詠唱しなくても精霊のみんなが応えてくれちゃって……」



 魔法というものは通常、魔力を1点に集中させるために杖などの得物を必要とする。非金属であると望ましい。


 そしてそれに生命エネルギーである魔力と属性を付与する魔素を反応させて魔法を発現するのだが、その際に詠唱によって魔力を、魔法陣によって魔素を精霊から受け取ることでより効率的に強い魔法を唱えることができる。


 精霊は魔の領域に住まう生命と魔の狭間にある存在。現代でも解明できていない神秘の領域である。



(精霊が……応える……? 未だかつて精霊の声を聴いた、というより意志があることを解明できた学者はいないというのに……いや、諸々の話は後だ。今の俺がするべきことは——)


「えっと、ホントに本気でぶつけますね?」


 リスタが心配する声でダイヤに問いかけるが、彼女の掌の炎はどれだけの熱量が渦巻いているのだろう、白く銀色に、しかし深淵のように黒くよどんだものが混ざり合っていた。


 端的に言って、この世の現象とは思えない。



「か、かかか構わぬ! さっきも言った通り俺の防御は最高峰で——」


「では、喰らってください!」



 その一声に合わせ、リスタが地獄の炎めいた業火をダイヤに放つのだった。











「で、俺は意識を失ったのか……むしろ、生きていたのか……俺」



 ダイヤはあの瞬間、本気で死を覚悟して、しかも実際に走馬灯を見たので死んだと思ったのだが、今こうしてベッドに横たわって従者と話をしている……もしかしたらここは死後の世界で、エトアもろともあの場に居た全員が死んだのか……そっちの方が真実味がある。



「学園のシステムによるものかと。生徒が致命傷を負うとその一定空間の魔力が霧散し、その魔力を利用して治癒魔法が唱えられる……というのを先生方から教えてもらいました」


「ハイテクだな。魔導機の発展もそこまで来たか」



 理由はともかくとして、こうして生きているというのはめでたいことだ。これで1週間後の妹の誕生会に出席できるし、なにより家族を悲しませることがなくなった……このニュースを聞いてお叱りを受けるかもしれないが、訃報よりかはいいだろう。



「さて……俺が眠ってからどのくらい経った? 窓の外の様子からして放課後だろうが」


「2時間ほどですね。その後の授業については私がノートを取っておりますのでそれを利用して教えることができれば幸いです」


「では今夜にでも取り返そうか……だが、その前にやるべきことがある」



 医務室に設置されたアロマの匂いに含まれる回復成分によって完全に回復しきったダイヤは、そう告げながら立ち上がり、傍に置いてあった白手袋を装着する。



「なんでしょうか?」


「決まっているだろう……宣戦布告だ」


「……はい?」



 主人の突拍子もないその発言に、無表情で有名なエトアな顔が怪訝なものとなる。完膚なきまでに叩きのめされたというのにすぐさまこのようなセリフが吐けるという肝の太さは感心を越えて辟易する部分があったが。



「リスタ・シエラ……奴の魔法は強力だ。だがしかし! それならば対魔法性能のこの俺はなんだというのだ! 奴にかかされたこの恥! 再び決闘をして取り返さねば収まりがきかん!」


「…………」



 エトアは無表情だが感情自体は人並みにある。よって主人のこのいつもの負けず嫌いには手を焼いて溜め息を吐いてしまうのだった。まあ、こういった負けず嫌いなところは好きであるのだが。



「なに、同じような手は使わんさ。魔法比べならば他にも様々ある。そのうちのどれかでも勝利すれば俺の方が優れていると言えるだろう?」


「はあ……」



 あまりにも自信をもって告げるので、エトアは『そんなわけねえでしょうが』などと告げることはできなかった。



「まずは……おっと、もう放課後なんだったな。奴の居場所も分からんのに探すのは手間だ……それではまず部活動に勤しむとしよう! 俺に続けエトア!」


「はい、なんなりと」



 そういうわけでダイヤの決闘の日々が始まった。

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