保健室のヘディラマー その2

(なんで消毒液持って帰っちゃうかなぁ)


 片桐悠里は心の中でぼやく

 夕夏の天然にはいつも悩まされる。高校では彼女しか友達がいなくて人と話すのも苦手になってしまった悠里は保健室の先生すら話したいと思わない。

 悠里は陰陽で言えば今は陰の方の人間だ。

 隠して陰でこそこそしていたいとか、取り繕うのが面倒だとかそんな心のボヤキが止まらなかった。

 悠里は保健室に到着するやいなや


「失礼します失礼します」


 少し緊張して保健室のドアの前で小声で練習する。夕夏と話す時は普通に喋れるのにこういう時は普通に喋れる気がしない。


すると


<ガチャ>


「うわっ」


 保健室のドアが開き出てきた生徒が驚く


「えっあっ」


 そして悠里は第一声に躓く。

 目の前に立つ金髪の女子生徒にかけるべき言葉を探す。

 身長は悠里の身長が高い方と考えても低い。150もないくらい。金髪のショートボブで沢山のピアスが髪の隙間からチラチラ光る。


(こんな格好の人)


 悠里の通う高校は進学校だ。

 にも関わらず最初はとんでもないパンクな後輩がいるもんだと思ったけどよく考えたらこれだけ目立つのに学校でも見たことないどうしよう。


「あ、あの!これ!」


 そんなことを考え、結局悠里は顔を逸らして消毒液のボトルを突き出す。

 人見知りの頭の回転は速い。色々と思考を重ね二秒足らずでとりあえず渡して逃げてしまおうという結論に至った。


「え?あっうん」


 しかしながら驚いていたのは目の前の金髪の生徒も同じだった。悠里の顔をじっと見つめる。目を丸くして逸らした顔を覗きながらボトルを受け取る。


「あぁなるほど」


 そして視線を落とし足の絆創膏を見て彼女は1人納得する。


「そ、それじゃあ」

「待って!」


 どこかへ行こうとする悠里の手を掴む彼女には何か確信めいたものが内側にあった


「え?」


 ただそんなことは知ったこっちゃない悠里はビックリして固まってしまう。

 顔は向けるものの目を一向に合わせない

 怖いのか、どうしたらいいか分からないのか照れているのか、悠里自身も分かってない


「ちょっと来て!」

「えっ!あの!」


 無理やり腕を引っ張られ、悠里は強引に保健室に引きずり込まれた。


「座って」

「は、はい」


 悠里は少し怖かった。金髪でピアスを開けている私立の進学校には中々珍しい人種に詰められ密室に閉じ込められたのだ。

 もしかしたら後輩かも分からない人にシメられるかもと最低限の覚悟をしておいた。


「...」


 悠里は未だに目が見れない。見た目どうこう以前の話で単純に怖いのだ。


「あのさ」


 そう言いながら保健室のパイプ椅子に腰掛け、悠里のすぐ隣につける。


「な、なんですか」


 顔を下に向け声だけで反応すると彼女はイラついた様子で悠里の顎を掴む


「顔を見る」

「っ!」


 正面から、彼女の顔を初めて見た。

 整った顔立ち、鼻筋はしっかり通って目もぱっちり大きい。それなのに顔は小さくて肌がすべすべ。はっきり言って文句のつけようがない整った顔立ちだった。

 上から見ただけでもなんとなく分かっていたけど正面から見れば明らかだ。


「凄い」


 口をぽかんと開けてしまう悠里、その手を離し彼女は見兼ねたように口を開く。


「私は高杉 恋(たかすぎ こい)、昼間あなた達が言ってたいつも保健室にいる人間」


 分かったかのような答え合わせをする。


「…」

「あれ?昼間来てた子だよね?名前は?」


 高杉恋、噂の天才の先輩だった。固まった悠里に首を傾げてそう聞く

 悠里は少し物怖じして目をあちこちに泳がせながら答える


「片桐悠里..です」

「悠里...ね。あ、私のことは恋でいいよ」


 笑顔でそう言う恋に悠里は緊張する。相手が天才だからかは分からないが悠里は距離感を掴めてない。

恋は悠里のパーソナルスペースにそこまで踏み込んでいないのに、異様に距離を近く感じている。


「悠里はさ、何か好きなことある?読書とか」

「え...あーっ」


 唐突な沈黙してしまう。どう答えるべきか

 悠里は自分なんか捕まえて何をしたいのかと言う方が気になった。ただ人を見つけたからこんな風に保健室に連れ込んだのか、それとも悠里だから連れ込んだのか

 目的が分からなすぎた


「特に...ないですね」


 つい毒にも薬にもならない、少し毒寄りなことを言ってしまう


「そうなんだ」


 恋は自分から聞いておいてそう適当に流す。恋は悠里から受け取った消毒液のボトルを逆さまにしてその上にペンケースを乗せてバランスを取る遊びを1人でしている。

 悠里はそんな恋をみて困惑している

 何がしたいか分からない。天才と呼ばれる理由がなんとなく分かった気がしている。


「あ、あの!なんですか?」

「ん」


〈がたん〉


 バランスが乱れてタワーが崩壊する


「あの、わたし、もういいですか...」


 どうやったらこの場から逃げられるか、そんなことばかり考えていた。


「言葉...探してるね。それはなんで?」

「えっ!? あ、あの」

 

 悠里は固まってしまう。動いているのは視線だけ


「ほら今も、悠里は最適を探してる」

「えっと」


 何か言葉を、何を言いだすか分からない恋を言葉で制止してこの状況から抜け出したい。

 恋は何か自分の内側を見透かしてるような危うさがあると悠里は警戒して言葉を探す。


「やっぱり」

「っ!」


 顎クイ、通常男の人にされることを悠里は女の子にされている。

 椅子に座ってやっと対等に近い身長差での顎クイに悠里は心を乱される


「悠里」


 恋の綺麗な顔が悠里に近づく。2人の息遣いが感じる距離、恋は悠里の前髪をすっと指で分けて目を見つめる。


「ねぇ悠里、私、あなたが好きみたい」

「えっ」

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