第5話 神倉先輩からアドバイスをもらった!・・・うーん、そうかぁ・・・何事も努力が大事なのだ!

 神倉先輩は、相変わらず忙しそうに執務を行っていた。


「「「先輩!お邪魔しまーす!」」」


「あら?三人一緒って、珍しいわね。」


「はい!先輩に相談事があって参りましたっ!」


 三人を代表して紙織ちゃんが答えた。


「あら?相談事?Nコンに関してかしら?」


 流石先輩!良い勘をしておられる。


「はい!朗読原稿をどうように抽出すれば良いか、アドバイスしていただきたくて参りました!」


「なるほど・・・抽出箇所の選定は意外と難しいものね。初めてだと迷うのも無理はないわ・・・。栗須さんはアナウンスを選んだと言っていたから、朗読に参加するのは鵜殿さんと三輪崎さんね。二人とも作品の選定は終わったの?」


「はいっ!終わりましたぁ!私は芥川龍之介の『羅生門』、響子ちゃんは藤岡陽子の『金の角持つ子どもたち』です。」


「そう。では、アドバイスしましょう。まず、Nコンでは制限時間は絶対よ。一秒でも時間オーバーしたら、どれほど素晴らしい発表であっても失格になるの。かと言って、時間が余り過ぎるのも問題よ。朗読の制限時間は二分だから、理想は一分五十秒から五十五秒くらいで読み終えることね。四百字詰め原稿用紙一枚分の文章を一分間で読むのが、理想的なアナウンスの速度なんだけど、朗読はそうとは限らないわ。アナウンスと同じと考えるのなら八百字程度だけど、朗読の場合は台詞も入るし、臨場感を込めるため、間の取り方がアナウンスとは異なるわ。案外六百字程度で制限時間一杯になるんじゃないかしら。二人とも初めてのNコンだから、加減が分からないでしょう?取り合えず六百字程度の段落を読んでみて、一分三十秒以上の箇所を候補としてみなさい。」


 紙織ちゃんがすかさず手を挙げた。


「先輩!先ほど理想の発表時間は“一分五十秒から五十五秒くらいで読み終えること”とおっしゃいましたが、候補とする箇所はなぜ“一分三十秒以上の箇所”なんですか?」


「いい質問ね。きちんと私の話が聴けていたようで嬉しいわ。」


 神倉先輩は、何時もの惚れ惚れする笑顔を浮かべて満足そうに頷いた。


「初心者とベテランの違いは、ずばり言って読む速度なのよ。ベテランの読む速度は、初心者が思うよりもずっとゆっくりとしたものなのよ。」


 そう言うと先輩は席を立って、戸棚に立ててある一冊のファイル綴じを手に取り、その中から原稿用紙を一枚引っ張り出した。


「これは、昨年のNコン用に書いたアナウンス原稿よ。鵜殿さん、読んでみて。三輪崎さんはスマホで時間を計ってみて。ちなみにエントリーナンバーと自分の名前、それとタイトルを読み上げる時間も制限時間に入るから、名前とタイトルもきちんと言うのよ。」


 そう言うと、先輩は原稿用紙を紙織ちゃんに手渡した。


「はいっ、判りましたっ!えーと、先輩、ナンバーはどうしましょうか?」


「1番でいいわ。」


「はいっ、では読みます!『エントリーナンバー1番、鵜殿紙織、“コロナ禍の学校生活”・・・』」


 初めて読む原稿の割に、紙織ちゃんはほとんど詰まったり読み間違えたりすることなく読み進めていく。私はこの時、紙織ちゃん上手いなぁと思っていた。


 紙織ちゃんが読み終わると、先輩は響子ちゃんに読み上げるのに要した時間を聞いた。


「一分五秒です。」


「では、今度は私が読んでみるわね。鵜殿さん、原稿を頂戴。三輪崎さん、私のアナウンスの時間も計って頂戴。」


「はいっ、判りました。」


 正直、驚いた。紙織ちゃんのアナウンスを聴いた時、“上手い”と思ったけど、先輩のアナウンスは桁が違っていた。まるで本物のテレビのニュースを聞いているみたいだった。


「終わったわ。三輪崎さん、時間はどうだったかしら?」


「はいっ、いっ、一分二十九秒です!」


 ええぇぇ!?確かNコンのアナウンス部門の制限時間は一分三十秒のはず。先輩は時間をギリギリ一杯使い切っていたんだ!


「鵜殿さん、同じ原稿を読んだのに時間差が二十五秒ほどあったわね。私とどこが違ったのか判ったかしら?」


「はい、ええっと、読む速度が違いました。私の方が随分と早口でした。」


「それだけ?」


「ええっと・・・?」


「別に責めている訳じゃないんだから、そんなに緊張しなくてもいいわよ。もう一つは間のとり方が違ったのよ。貴方は殆ど間をとらずに読み進めたでしょ。まぁ、初めて見る原稿だから仕方ないのだけど。アナウンスも朗読も聞き手が意味を取り違えたりしないように、あるいは聞いていてより判り易いように、間をとらなくてはいけないのよ。」


 ほええええ!ただ上手く読めば良い訳じゃないんだ!まさに目から鱗だよ!


「アナウンスや朗読の速度は、普段私たちがしゃべっている速度よりもゆっくりなのよ。声だけで情報を伝達するのだから、早口だと十分に伝わらない。意識的にゆっくりと、相手が内容を咀嚼できる時間をかけなければいけないの。さらに、さっき言ったように間をとることも重要よ。間のとりようで聞く側の理解度は大きく変わってくるわ。」


「わ、判りました!」


「だから、責めている訳じゃないって。初めてなんだから仕方がないわよ。でも何時迄もこのままじゃ困るわよ。どんどん上手になってもらわないとね。・・・さて、その上で、最初の質問に対する答えに移りましょう。抽出箇所を選定するときに“一分三十秒以上の箇所”をって言った訳だけど、実際に練習を始めると、ゆっくり読んだり間をとったりすることで、自分の想定よりも読む時間が長くなるのよ。何度も言うように、制限時間をオーバーしたらお仕舞よ。だから余裕を持たせる意味で“一分三十秒”の範囲を選びなさいってこと。判った?」


「判りました!他に注意すべき点はありますか?」


「そうね・・・題材が小説なら、必ず台詞のある箇所を選びなさい。小説を選んでいるのに台詞が全くない箇所を抽出していると減点されるわよ。逆に台詞ばかりの箇所も駄目。台詞と文章をきちんと語り分けできているかどうかも審査の重要なポイントだから。あとは、原作の改変は絶対にやっては駄目。途中を省いたり、別の箇所を挿入したりしてはいけないことになっているわ。改変していないことを証明するために、朗読原稿とは別に原作の抽出箇所のコピーも提出することになっているから、ズルをしてもバレるわよ。その場合は失格になるから。」


「ほえぇ、意外と朗読の準備は大変なんですね。アナウンスよりも簡単だと思ってました。」


「そう考えて朗読部門にエントリーした人は、大概駄目ね。コンテストなんだから、楽して全国に行ける訳ないでしょ。」


 それもそうか。努力していない人が勝てる訳ないよね。そこんところは運動部も文化部も同じなんだなぁ。

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